閑話 少女改編 sideツバキ
「これでよし……と」
布団や洗濯物を干し終え、治療院の中に入り旦那様の部屋の前を通る。
旦那様――エリラル様が眠りはじめて二日が経過した。
二日前、貴族街の方に行っていた旦那様は突如として現れた熊の魔物と蜘蛛の魔物の戦いに巻き込まれ、負傷した。今は眠る事で傷が治るのを促進させているのだ。
「ツバキちゃん、またエリラルさんの部屋の前にいるの?」
「メルティさん……」
扉に手を当てため息をついているとダークエルフの少女に話しかけられる。
メルティさんは旦那様――に頼まれた老人が連れてきた患者の一人で、事情を把握して手伝いをしてくれている【悪魔種】の少女だ。体調もすっかり良くなったらしく、手伝いもそつなくこなしてくれている。
旦那様を除いて殆んど同年代がいないため、私にとっては友人と呼べる存在だ。
「そういえば、ツバキちゃんはエリラルさんどどういう関係なの?」
「主従……とは違いますね。友人とも違いますし……恋人はもってのほかです。友達以上、恋人未満と言ったところです」
主従にしては旦那様は私が仕えさせるのを否定している。
友人にしては私は旦那様を愛し過ぎている。
恋人は……旦那様に対する愛情は好きや惚れると言った俗物的なものではなく敬愛と言った感情だ。間違っても、恋愛感情ではない。
「ふーん……ここまでエリラルさんを慕っているのだから恋人かと思ってたけど違うんだ」
「はい。……どうかしましたか?そんな含んだような笑顔をして」
「いや、ツバキちゃんは美人なんだしエリラルさんを押し倒してしまえば良いのに」
「なっ!?」
は、はしたない!それに破廉恥過ぎる!!
顔を真っ赤にして小悪魔のような笑顔をしながら爆弾発言をするメルティさんに驚く。
確かに、顔立ちや肉付きは良い方だと自信がありますけど……流石に旦那様を押し倒す何て行為は出来ません。
まあ……何度もイメージをして部屋の中で悶絶していますけど。
「実行には移せないと思いますよ?」
「と、言うと?」
「旦那様は非常に強いからです。……それこそ、本気を出せばこの帝都を火の海に変えることも出来るでしょう」
【悪魔種】にして【精霊種】、本来あり得ない二つの特性は規格外の力を生む。二つ以上の特性を保有できるのは……あの『大罪』の方々だけ。
『大罪』、世界各地にある『秘境』、その中でも危険度が極めて高い場所に住まう最強の魔物たち。一部を除き非常に排他的で人間が治める国家間での協力関係は皆無に等しい。
だが、その実力は規格外の一言で、たった一匹で国家を滅ぼすことも救うこともある。また、全員が非常に気紛れの快楽主義的な部分があり、人を救うも殺すのもそのときの気分次第である事が多い。
その被害に反して彼らを崇拝する人たち――『信者』は多い。
それこそ……私の家のような。
私の家……ココノエ家は極東の島国においてかなりの名家で王家付きの神官を数多く輩出していた。そして、王家が崇拝しているのは――『不死山』の『大罪』だ。
『憂鬱の大罪』朱雀。『死という概念が消失に生きることが【憂鬱】となった者』であり完全な不死者であり、島国において古くから崇拝される現人神だ。
私も幼い頃に一度だけお会いしたことがある。……あれを生きていると言って良いのか分からない。
そんなこともあって、私は『大罪』には良い印象がない。
「そこまで……はあ、私としてはエリラルさんは貴女の事を無下に出来ないからそんなことしないと思うけど」
「そうでしょうか……」
「無愛想らしいけど、私からしたら奴隷と主の関係だからね、案外ドライな関係。身を差し出せと言われれば差し出すだけ」
「そ、それは……」
流石に、それは旦那様は言わないと思う。
「男は基本的に下半身で生きている連中が多かったからね、少なくとも、私を拐った連中は」
「なっ……!?」
「それと、カームさんの話だと『あの感じなら子供を作る事に躊躇いはないと思うよ~、敷居は高いけど~』と言ってた」
「ふえっ!?」
そ、そう言えばカームさんは旦那様の事をかなり気に入っていた筈……!
「後、何て言ってい――」
「えっ……?」
何かを言おうとしたところでメルティの身体が跳ね、気絶する。
「メルティさん!?」
「あら、眠らせただけよ?」
倒れるメルティの身体を咄嗟に持つと背後から声がしたため跳んで間合いを開ける。
メルティさんを一瞬で気絶させたんだ、私に勝てるかどうか……。
「避けられちゃったか。まあ、かなり適当にやったこっちのミスだし、許してやる」
「……誰ですか、貴女は」
見たことのない女だった。
ウェーブがかった水色の髪にビキニのような露出度の高い服を着ており、マントを着ているせいで露出している大きな胸や臀部が良く目立つ。それでいて品性を損なっていない。
それに、両腕にヒレのような物があるし耳もヒレがある。裸足の脚には鱗がびっしりとある。
間違いなく、人間ではない。それでいてどこか旦那様と同じような匂いがする。
「あら、妾のこと?妾はヴィーエン。それとも『嫉妬の大罪』と言った方が良いか?」
「なっ……!?」
『嫉妬の大罪』……!?海の女帝とも呼ばれるマーメイドの女帝が何故ここに……!?
「うーん、あの熊さんにも興味はあったけど貴女、中々良い筋をしてるわね」
「ひうっ!?」
耳元で甘く笑いながら女帝は私の背中の骨をなぞる。
また、後ろに……!?
「『後処理はしないから』って伝えてくれる?それじゃあ、妾は去らせてももらう」
「――待ってください!」
「ふむ?」
どこかに去ろうとする女帝に待ったをかける。
本物の『大罪』であるのなら、一つ、聞きたい事がある。
「『大罪』とは……一体何なんですか?」
「ふむ……」
私の問いかけに女帝は押し黙り深く考える。
『憂鬱』と『嫉妬』、二つの『大罪』を見た事がある私には二つとの生きている実感に差がある。故に、『大罪』が何なのか分からない。
「『大罪』というのは罪の証だよ」
暫くすると、女帝はどこか神妙な顔立ちで呟く。
「罪の……証?」
「そう。妾も他の連中も何処までいっても魔物。貴女たちとは相容れない。故に、人を殺すことに躊躇いはない」
「それは……」
「故に、法にも縛られない妾たちは自らを悪だとし、他の悪を食らう事を是としている。そうやって区別をしている」
「そうなんですか?」
「うむ。『大罪』とは謂わば『悪ゆえに悪を区別し殺す者』たちなのだ。『神龍』や『大聖霊』、『大公』と区別しているのは種ではない。『何をもって人を区別し殺すのか』なのだ」
そうやって区切ると女帝は私の顔を両手で押さえ、唇を奪う。
「む!?」
舌と舌を交じりあう。力一杯女帝を押して何とか離れる。
は、初めての接吻を奪われた……!旦那様に捧げようとしていたのに……!
「な、何を……」
「何、少しばかり改造しただけよ」
「かい……ぞう……?」
「ええ、そうよ。……本来の力を解放させなさい?」
女帝が甘く囁くと同時に、私の身体が跳ねる。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ふふふふふふふふふ!!いい、凄く良いわ!気に入ったわ、もっともっと、『改造』してあげる!」
身体が全体が痛い。女帝の笑い声が今にも割れそうな程に痛い頭の中に響いてく。
それでいて意識は飛ばず、五感が過敏に動いているため情報だけがはっきりと分かる。
「まず、魔力の流れを調整と量の拡張。これで魔法の精度が上がる」
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「あと、筋肉も見た目では分からないけどかなり強くしておいた方が良いわね。素手でSランクの魔物を殺せるくらいにしとこうかしら」
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「見た目は……流石に変えたら熊さんに殺されるから止めておこう。あと五感を底上げして」
「や、やめて!もうやめて!!」
「因子を込めても良いけど他の『大罪』総出で殺されるから止めて……よし、こんな感じかな」
女帝は私の絶叫をものともせずに進めていく。
女帝が臀部、胸、腹、背中を手で触っていくと同時に雷が走るような激痛と心地よさが頭を溶かす。
一体……何を……。
「後は熊さんの血をこうして……」
女帝が私の下腹部に何かを描く。その瞬間、先程以上の激痛と快楽が押し寄せる。
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「血族の呪い。貴女は一生あの熊さんを殺す事が出来ない。……熊さんからしたら不愉快だろうけど、殺されたら困るもの」
「う、うう……」
「それじゃあ、眠りなさい、『怠惰の巫女』。……よい夢を」
そういって女帝が私の額に手を当てる。その刹那、私の意識は落ちるのだった。
旦那様……助けて……。




