ホシノさんとイイダさん
「ヨシダさん!こっちこっち!」
ボランティア部の集まりで公民館に行くと、イイダさんが私を呼んでいる。隣には私より十歳くらいは年上に見える男性が立っている。
「こちらがホシノさんね!ホシノさん、さっき話してたヨシダさんよ!」
私とホシノさんはお互い自己紹介をした。ホシノさんは物腰が柔らかく、優しそうな雰囲気だった。
「じゃああとはお若いもの同士で!あ、掃除のやり方はホシノさんが詳しいから聞いてね!じゃあ私はこれで!」
イイダさんはそう言うと他のグループに行ってしまった。
「すみません。イイダさん、ちょっとお節介なところがあるので。気にしないでくださいね」
「は、はぁ……」
「溝掃除は主に男がやってるので、ヨシダさんは少し手伝ってもらうだけで大丈夫ですよ。行きましょうか」
「分かりました」
私たちはゴミ袋や軍手などの道具を持って担当になったエリアまで向かった。
「イイダさんね、若い人が入るとすぐ『若い者同士だから』とくっつけようとしてくるんですよ。いい人なんですけどちょっと困っちゃいますよね」
「そうなんですね。イイダさん、『ホシノさんには彼女がいない』と言ってましたよ」
「ははっ、確かにそうなんですけどね」
溝にはまっている蓋をホシノさんが開け、ゴミを取っていく。私は特にやることがなく、手持ち無沙汰になってしまった。
「あの、何かできることはありますか?」
「ほとんど僕だけで終わらせちゃうんで気にしなくていいですよ」
「でも……」
申し訳なさで震え、泣きそうになってしまった。その様子を見て、ホシノさんが私に声をかける。
「なるほど、イイダさんが言っていた通りだ」
その言葉の意味が分からず必死に頭を働かせる。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。やはり自分は役に立たないのだろうか、そんなことを考えていた。
「ヨシダさん、ボランティアはもっと気楽にやっていいんですよ。仕事で何を言われてたか分からないですけど、使えない上司ほど部下を委縮させて恐怖を植え付けていくんです。ヨシダさんは今、そうやって仕事で受けた恐怖を引きずっているんですよ」
「そ、そうなんですかね……」
確かに仕事で受けたパワハラの数々は相当なストレスだった。それでも、仕事を辞めた今はもう自由になれたと思っていた。ホシノさんが話し始める。
「イイダさんがね、『ヨシダさんが心配よ!私の旦那が仕事辞めた時にそっくりだもん!』と言ってたんです。あれでもイイダさんはけっこう人の気持ちを読み取るのが上手なんですよ」
イイダさんがホシノさんを褒めていたのがなんとなく分かったような気がする。とても気遣いができて間違いなく良い人だ。
「ホシノさん、ありがとうございます。確かに自分で思っていたよりも、心の負担が大きかったのかもしれないです」
「いいんですよ。それに、最初に気付いたのはイイダさんだし」
イイダさんにもお礼を言おうと思った。掃除が終わって、私たちは雑談をしながら公民館に戻っていく。ホシノさんは実は恋人がいて、今度相手のご両親に挨拶に行くのだと言っていた。イイダさんが私の元にやってきて、小声なのにやけにテンションの高い口調で話しかけてきた。
「どう?ホシノさんいい人でしょ!今なら狙い目よ!」
「イイダさん、ホシノさん恋人がいるらしいですよ。今度相手の両親に挨拶しに行くと言ってました」
そのことを伝えると、イイダさんは驚いてホシノさんの元へ向かった。
「ちょっとホシノさん!いつの間に恋人ができたの!そういうのは早く言ってもらわないと!」
「すみません。言いそびれちゃって」
ホシノさんはニコニコ笑っていた。
翌週。イイダさんが私の元にやってきてこんなことを言い始めた。
「ちょっと聞いてヨシダさん!うちの息子が恋人連れてくるって言うからやっと結婚してくれるのかと思ったら、相手がホシノさんだったのよ!」
その言葉に驚きはしなかった。実は先週ホシノさんが話してくれたのだ。「彼女はいないけど彼がいるんだよね」と。
「相手がホシノさんなら安心じゃないですか?いい人ですし」
「いやね!うちの息子にホシノさんは不釣り合いよ!『絶対他の人にした方がいい!』ってホシノさんには言ったんだけどね!うちの息子じゃないとダメなんだって!困っちゃうわね!」
そう言いつつも、イイダさんはなんだか嬉しそうだった。
「世間って狭いですよね」
私が前に進み始めるまで、もう少しボランティア部でお世話になろうと思ったのだった。