イイダさんのおすすめの人
私は結婚はおろか、結婚に発展しそうなパートナーもいない。このような年齢層の人に「結婚はまだ?」と聞かれるのには大まかに二パターンがある。それは「早く結婚した方がいいよ」と助言をしてくるパターンと、「良かったらいい人紹介しようか?」と仲人をしようとするパターンである。どちらにせよ聞かれた方は困るのだ。しかし、ここで嘘をつくのも気が引ける。一度きりの付き合いならまだしも、また顔を合わせる可能性があるなら嘘がばれた方が厄介だ。結局ここは正直に言うしかないのである。
「結婚は……まだですね」
「そうなの?実はうちの息子もまだ結婚してないのよ!」
「そ、そうなんですね」
ああ、これは一番面倒な「ぜひうちの息子の嫁に」というパターンだろうか。断るにしても一度会ってみるにしても厄介だ。どう断ろうか必死にシミュレートしてみる。彼氏がいるということにするのが一番楽だろうか。そんなことを考えてみるが、イイダさんの言葉は予想外のものだった。
「うちの息子ももっとしっかりしてくれると良いのだけど!あなたはきっといい人が見つかるわね!うちの息子は本当にだめなのよ!」
結局その後はイイダさんの息子さんがいかにダメ人間であるかを延々と聞かされた。イイダさんの面白おかしく話す様子を聞くと「むしろ一度会ってみたい」とすら思ってしまった。それはイイダさんには黙っておこうと思ったのだった。
「今日はホシノさんが来てないから残念よね!」
「ホシノさん?」
「そうよ!あなたより少し年上くらいの好青年よ!うちの息子なんかより全然いいわよ!」
どうやらイイダさんのおすすめはホシノさんらしい。もしかしてこれはホシノさんという人と私を引き合わせようとしているのだろうか。こういうのは拗れる前に断っておいた方がいいだろう。
「でも、そんなにいい人ならお付き合いしている人でもいるんじゃないですかね?」
「それがね!彼女はいないらしいのよ!今度ホシノさんが来たら紹介してあげるわよ!」
しまった、なんかさらにややこしくなってしまった。まあでも、ホシノさんにその気がなければ平気だろう。こういう時、人はいつもいい方向にばかり考えるものだ。
ゴミ拾いのコースをほぼ歩き終わり、そろそろ公民館にたどり着く気配だった。袋の中には集めたゴミが入っている。同じように歩いていたはずなのに、イイダさんより集めたゴミが少ない。これは日頃のゴミ拾いの慣れの差なのだろうか。それともイイダさんが歩いた場所にたまたまゴミが多かったのだろうか。
「なんだか、イイダさんよりゴミが少なくて……もうちょっと頑張って探したほうが良かったですかね」
「あら!そう?ゴミなんて落ちてないならそれに越したことはないのよ!」
確かにそうだ。目的を見誤っていた。本来ゴミ拾いなんてやらなくて済むならそれが一番いいのだ。そういえばこのボランティア部は町内の清掃を主に活動をしているようだが、ゴミ拾い以外にもすることはあるのだろうか。
「このボランティア部って、ゴミ拾い以外も何か活動しているんですか?」
「花壇の手入れもあるわよ!季節によっては落ち葉とか桜の花びらをホウキで掃いて掃除するわ!」
「なるほど。来週は何をするか決まっているんですか?」
「あら!来週も来てくれるの?来週は溝掃除みたいよ!でもこれは男たちが主にやってるから、私たちはそんなにやることないわよ!」
どうやら溝掃除は汚れるし大変だからと、主に男性が担っているらしい。その時にイイダさんおすすめの「ホシノさん」も来るそうだ。忘れかけていたホシノさんの存在を思い出してしまい、少し憂鬱になる。
公民館に到着し、集めたゴミを分別していく。ゴミが少ない私はあっという間に終わってしまったが、みんなは集まって何やら談笑している。この後はどうするのだろうか。あの輪に混じった方がいいのだろうか。イイダさんがこちらに気付き、私に話しかける。
「終わったら道具を片付けて帰ってもいいわよ!みんな井戸端会議をするのが好きだからね!そのためにこうやって集まっているようなものだから!あそこに捕まるとなかなか帰れないわよ!」
確かにあの集団に混ざると帰るに帰れなくなりそうだ。ここはイイダさんの忠告を素直に聞くことにした。
「じゃあ……お疲れ様でした」
「ヨシダさん!また来週ね!」
ボランティア部はけっこう楽しかった。ボランティア部と言うよりイイダさんが面白かった。とりあえず来週も行ってみようと私は考えた。