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ボランティア部とイイダさんとの出会い

 私は激怒した。上司のパワハラについにブチギレた。上司は狐につままれたような顔をし、私はその上司よりさらに上の上司に、今日をもって仕事を辞めることを告げた。タイムカードを押し、会社のユニフォームである制服を脱ぐ。もう我慢ならない。これでもずっと我慢していた。それでも最後に言われた「どうしてそんなこともできないの?親の育て方が悪いんじゃない?」の言葉は許せなかった。百歩譲って私が仕事ができなかったのが悪いとしても、親は関係ない。決して完璧な親ではないが、私にとっては大切な両親だ。大切な家族を馬鹿にしてくる上司や会社にこれ以上身をささげるのは無理だと判断した。

 帰宅後、会社から電話がかかってくるが無視をする。スマホの電源を切る。会社のユニフォームを洗濯した。普段は会社にいるはずの平日の昼間にこうして家にいるのは背徳感と爽快感があり、ようやくあの仕事から解放されたと考えるとなぜだか喪失感もあった。

 仕事自体は嫌いではなかった。少しずつ新しいことを覚えて、以前より早く仕事がこなせるようになると楽しかった。お客さんも良い人たちばかりだった。それでも上司は私の少しのミスで人格を否定するような叱責を繰り返し、私はどんどん萎縮していった。上司は私が言い返さないと判断するとパワハラがエスカレートしていった。だからこそ私があのように激怒したのがさぞ驚いたのだろう。

 そういえば急に会社を辞めて問題はなかったのだろうか。私は今になって不安になってしまった。そこでスマホの電源をつけ、会社からの着信は見なかったことにして検索をすることにした。『会社 急に辞める 損害賠償』と入力する。何やら損害賠償請求される場合とできない場合があるらしく、もう細かいことを考えるのをやめてしまった。その時が来たらその時だろう。


 翌日、会社の事務所に行った。私が来たことでみんな少し動揺しているように見えた。なんだかんだ辞めずに続けるつもりなのだろうか、と思われたのかもしれない。人事関係の仕事をしている社員に声をかける。

「昨日付けで辞めたのでユニフォームと健康保険証を返しに来ました。他に必要な手続きはありますか?」

 その言葉を言うと、事務所全体が「あ、本当に辞めちゃうんだ」という空気が漂っていた。結局引き留められることもなく無事に辞めることができたのだった。


 今月の働いた分は給料として貰えるのだろうか。そんなことより損害賠償請求はされないのだろうか。そんなことを考えても、なるようにしかならない。私は深く考えるのはやめてしまった。

 次の仕事を探すために求人情報を見る。ハローワークに行った方がいいのだろうか。そんなことを考えてみるものの、今は少し休みたい気分だった。


 燃えるゴミを出すためにゴミ捨て場にやってきた。そこの掲示板に貼られていたあるチラシが目に入る。

「〇×町ボランティア部……」

 町内の清掃活動などを主にしているボランティア団体らしい。そういえば子供の頃はボランティアでゴミ拾いをするのが結構好きだった。ポイ捨てをする人が多いことに子供ながら怒っていた一方で、ゴミ袋が膨らんでいくのがなんだか楽しかった。そんな子供の頃を思い出してしまい、少し興味が出た。毎週水曜、参加したい人は公民館に集まるらしい。新規の人も歓迎だそうだ。私は水曜になりさっそく行ってみることにした。


 公民館には、数人のご年配の方々が集まっていた。確かに水曜日という曜日の関係上、こういう年齢層になっても無理はないだろうと納得した。誰かに声をかけた方がいいかと迷っていると、とあるご婦人から声をかけられた。

「あらー!あなた、もしかしてボランティア部に参加するの?」

 年齢は六十代くらいだろうか、元気な女性である。まあこういうのに参加する人は元気な人しかいないだろう。その女性は「イイダ」と名乗った。

「私はヨシダです。ゴミ捨て場の掲示板を見て、ボランティアに興味があって来たんですけど……」

「あらー!そうなのね!今日はゴミ拾いをするのよ!道具はこっちにあるから!」

 イイダさんの喋り方は、文字に起こすなら語尾にすべて「!」が付きそうだと感じた。それくらい元気なイイダさんに私は圧倒されてしまった。

 物置に連れていかれ、火バサミと袋を渡される。何が何だか分からないうちに準備万端にされてしまった。

「今日は私と一緒でいいかしら?こっちに行きましょう!」

 そうしてイイダさんに連れられるまま、道端のゴミ拾いをすることになったのだ。他の人もグループになって違う場所へ歩いて行っている。

「あの、みんな一緒にやらないんですね」

「そうなのよー!基本的に二人一組でやることが多いわね!」

 たばこの吸い殻、お菓子の袋、空き缶、それらがこっそりと隠すように物陰や草むらに捨てられている。悪いことをしている自覚があるなら、なぜ家に持って帰って処分をしないのだろう。やはり子供の頃と同様に私は少し怒っていた。

「あなたは若いのに珍しいわねー!お仕事は?」

 イイダさんが私に質問を投げかけた。

「今は辞めてしまったんです。ちょっと上司からのパワハラがしんどくて」

「あらー!どこの会社でもよくあるわよねー!うちの夫も子供が小さいころに会社辞めちゃって、大変だったのよ!」

 イイダさんは昔話をしてくれた。夫が急に会社を辞めてしまい、これからの生活がどうなるかと不安だったこと。でも、今まで元気のなかった夫が次第に明るくなってきたのが分かって、会社を辞めたのは正しい選択だったと言っていた。

「あなたもね!嫌な会社は辞めちゃって正解だったのよ!これから元気になればまた新しい仕事ができるようになるから!」

 そのイイダさんの言葉に、私はとても救われた。

「そうですね、また元気になったらお仕事探します」

「そうよね!その意気よ!ところで、あなた結婚はまだ?」

 急な角度からの質問に、私は身構えてしまった。

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