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ポチの夢の王国  作者: 片桐ぎりす
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ツクド王国

ブールはポチの手を掴み、ヒョイっと軽々しく持ち上げると、自分の真後ろに跨らせた。

「わっ?わっ⁉︎」

ポチは思わず驚きの声が漏れる。

初めての乗馬だ。

「そんな格好で痛くないか?大丈夫か?」

布一枚で陰部を隠す、裸同然のポチを気遣いブールは言葉をかける。

「なんとか…はい、大丈夫です」

迷惑を掛けまいと、ポチは咄嗟に言葉を返したものの内心は穏やかではない。

初めて馬に乗ったポチの心証は、安定感がなく落ち着かない、酔わないか心配だ。であった。

ポチが馬に乗った体勢を確認すると、ブールは手綱で合図を送り、馬を歩かせる。

「しかし、ほぼ丸出しの状態で跨られるウルウルも可哀想だな、オスだから良いがメスだったら絶対に乗らせてないぞ、そんな破廉恥な姿で」

そう言うと、ブールは声を上げて笑った。

まだ序章に過ぎないであろう摩訶不思議な常識外れのこの世界を垣間見たポチは、不安な気持ちで押し潰されそうになっていたが、その天衣無縫な笑い声を聞き、少し救われたような気分になった。

「ちなみにウルウルってのはこの馬の事な、俺に似てイケメンだろ」

この世界のイケメンの定義に疑問を持ったポチであった。

「しかしポチって名は変わってるな、誰が付けてくれたんだ?」

誰がボクに名前を付けてくれたのか、それは決まっている。

「ひろと君だよ!ボクの大好きな人!」

ひろと君はポチにとって掛け替えのない愛する人、飼い主だ。

「それは家族の人か?」

ポチの名前同様、聞き慣れない名前なのだろうか、ブールは続けてひろと君について訊ねた。

「うん、大切な家族!いつも可愛がってくれるお兄ちゃん!」

厳密に云うとポチとひろと君は兄弟の関係ではないが、ポチはひろと君の事を兄のように思っている。

「そうか、ポチには兄貴がいるんだな…」

どこか意味深な、寂れた声色でブールは言葉を返した。

その事にポチは追求しようとしたが、ブールの言葉は続く。

「どうりで甘タレ野郎なわけだ」

先ほどの覇気のないボソボソとした声の調子とは打って変わって、これまで通りの自信溢れる、偉そうな声色に戻った。

それにポチは安心した。

ひろと君の名前を出すだけでポチは嬉しい気持ちになる。

今もボクにシッポが生えていたならば、ブンブンと振っていただろうなっとポチは思った。

「そういえばツクド王国ってどんな国なんですか?」

思い出したかの様にポチはブールに訊ねた。

「俺の住んでる所だ」

ぶっきら棒にブールは答える。

「そんな事よりポチ、お前歳は幾つなんだ?」

言葉を続けて、次はブールがポチに訊ねる。

「二歳です」

「二歳⁉︎そんな訳あるか!」

間髪入れづに、ブールはポチの言葉に突っ込んだ。

この世界と元居た世界とでは、どうやら歳の取り方が違うらしい。

「一五…一六…そうだな、一六歳って事にしとけ、二歳なんてバカな事もう言うなよ」

ポチの振る舞いや見掛けから、そのぐらいの年齢と判断したのだろうか。

ポチは誕生日を二回しか経験していないのに、一六歳にされてしまった。

ポチは知らないが、柴犬の二歳とは人間で云う処の二三歳の事である。

かなり若く見積られたものだ。

「それじゃあブールさんはナン歳なんですか?」

当たり前の会話の流れとして、ポチはブールの年齢を訊いた。

「俺か?俺は一九だ」

ポチは全身に鳥肌を立たせ、顔が強張る。

「じゅ…一九歳ですか⁉︎」

予想外も甚だしい返答に、驚きを隠せないポチ。

「見えないか?まあ、身体もデカイし大人びてるからな、よく言われる」

ふけて…いや大人びているのか。

ポチは何か言いたかったが、無理やり自分を納得させて黙った。

日が暮れ始めたのだろうか、二人が出会った時とは移り変わり様々な景色が黒と交わる。

「少し急ぐぞ、振り払われるなよ」

そうポチに伝えると、ブールは跨らせている足でウルウルを小突き、駈歩の指示を出す。

すると見る見る内に速度は上がり、ポチは振り払われまいと強くブールを抱きしめた。

それから、ある程度の時間が経過した。

永遠に続くかと思われた見渡す限りの草原は、明かに人工的に作られた建設物の前に姿を隠した。

「ほら見えてきたぞ、あれがツクド王国だ」

ブールがそう言い指し示した先には、大きく聳え立った門がポチ達の眼前に形姿を現した。

「どれくらいの人が住んでるんですか?どんな食べ物があるんですか?ボク公園で砂遊びするのが大好きなんです!公園はありますか⁈」

想像していたよりも立派なその外形に、ポチは興奮気味にブールを質問責めにする。

しかし、ブールはポチの問いに何一つ答えずに無言を貫いた。

怒らせたと思いポチはブールの顔を覗き込むが、ブールは甲冑の面をしていたのでその表情は判らなかった。

門の前には、門番であろうか、一人の男性が立っていた。

勿論その男性の顔も犬だった。

ブールはその門番らしき人物に、一六〇センチほどの身体を覆い隠せる羽織りものを用意させるよう命令した。

門の前で男性を待っている間、その門の上に黄色い一羽の鳥が居座っていたのだが、男性が戻って来ると日が沈む空へと飛びたって行った。

ポチはその黄色い鳥と目が合ったような気がした。

門番の男性は長めの外套コートを手に持っている。

それは木綿の糸で出来た物だ。

その綿織物である外套をポチに渡すよう、ブールは身振りだけで男性に伝えた。

ポチには少し大きかったが、その方が却って良かった。

暖かいし、なにより裸体全体を隠せるからだ。

ポチは今まで陰部を隠してくれていた布にお別れを告げ、ブールに返そうとした。

しかし、やっぱり恥ずかしいので洗濯してから返そうと外套の物入れにしまった。

何はともあれ、これでやっと心置きなくツクド王国を探勝できると期待に胸を膨らませる。

門に守られた建築物の集合体、奥に微かに見える亭亭たる宮殿、正にそこは王国と呼べる場所だった。

「公園!公園はあるんですか⁈公園に行きたいです!」

ポチはブールの大きい背中を叩き、そう訴えた。

「ポチ、俺はこう見えても一定の立場がある仕事をしてる、ツクドに入った以上お前にだけ構ってやれる時間はない」

そう言い、ブールはポチの求めをキッパリと断った。

目に見えて落ち込むポチ。

「腹が減ったろ、なんせ大泣きだったからな」

しょぼんとしてるポチを知ってか知らずか、ブールは気さくに笑った。

ポチもそれにつられて笑い、温かな雰囲気が流れる。

ツクド王国へ入り暫くウルウルに乗ったまま商店を物色していた二人だが、その二人に一人の女性が近づきブールに話しかけた。

「あれ?ブールさんじゃん、どったのこんな所で…誘拐中?」

その女性は鳶服を着た背の低い可愛らしい人物だった。

勿論顔は犬だ。チワワだ。

「あゝ草鞋の娘か」

ブールは溜息混じりにそう呟くと、何事もなかったかの様に次の店へ向かった。

「なあなあ、その少年誰なの?もしかして隠し子とか?」

かなり見上げながら女性は後を追いかけて来る。

「上官だ、言葉を謹め」

ブールは顔を合わせず、言葉使いを咎めた。

「確かにブールさんは上官だけど、アタイの方が年上、ね?イーブンでしょ?」

「ならば大半の奴がそうなるな」

詰まらなさそうにブールは女性の屁理屈に答える。

「大丈夫アタイは特別だから、なんたってアタイは将来ツクドの王になる大物中の大物だから、な!」

ブールは返答しなかった。

「だってツクドは代々一番ツエー奴がなるんだろ?アタイしかいないっしょ!」

「女が王になんてなれるのか」

気怠そうにブールは訊いた。

「女とか男とか関係ないんだよ、アタイが王になりたい、そう思ったからなる、それだけで充分でしょ」

今までの砕けた口調とは違い、真面目な面持ちで答えた。

「んで、実際問題この少年は誰よ、根暗のブールさんが楽しく会話してるなんて珍しいじゃん」

女性は興味津々でポチの事を訊いた。

それを聞くと暫く黙って、ブールは愛馬のウルウルから下乗した。

「ポチ、ウルウルと待っていろ」

そう言うと女性と少し離れた所へ行き、何か話しをしているようだった。

話の内容はこうだ。

あの少年の名はポチ、記憶喪失の疑いがある。

何かしらの事件に巻き込まれたのか、記憶が混乱していると推測される。

心理的な負荷が原因で自ら記憶を閉ざしたのか、或いは外的要員が働いているのか、それは解らないが発言を聞く限り一種の記憶喪失であると考えるのが妥当である。と。

それだけを伝えると、ブールはポチを抱き抱え地面に降ろした。

「ポチ、俺はここ迄だ」

そう言うと慣れた動作でウルウルに跨った。

「後は頼むぞ、チワン…また会えると良いな、ポチ」

ブールはウルウルを走らせた。

ブールの姿は段々と消えていった。


ポチとチワン、二人を残して。

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