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ポチの夢の王国  作者: 片桐ぎりす
1/3

知らない世界

ポチが目を覚ますと、そこは何処までも続く広大な緑の中だった。

空は青く透き通り、雲は白く漂う、風は優しく肌を暖め、草の音色は耳を癒してくれる。

何も其れを遮るモノはなかった。

あまりにも綺麗な世界にポチはゆっくりと目を閉じる。

この景色を忘れないように、この景色を脳裏へと送り大事に保管するかのように、ゆっくりとゆっくりとポチは目を閉じた。

ここが何処なのか、そんな事はどうでもよかった。

心地が良い、静かなこの時がいつまでも続けばいいのになと願い、ウットウットと微睡についた。

静かな、静かな、眠りに。


「…してる」


「オイ…してる…」


誰かの声が聞こえる。

イライラとした声色でおっかない。

しかし、そんな怒声も、微睡の意識に掻き消され…。


「オイお前!こんな所で何をしてる!起きろノロマ野郎!」

煩くてかなわない、そのノロマ野郎を見てやろうと、薄ら片目を開いてみることにした。


「目覚めはどうだ?ノロマ野郎」

大きくて立派な黒馬に乗った、甲冑姿の人間がこちらを見下ろしていた。

どうやらノロマ野郎とはボクのことだったらしい。

「どうした?ナンとも言えんのか?ん?それともお前は駄犬なのか?」

話せと云われても…困ったな、この人間は犬が話すと思っているらしい。

「そうかそうか、意地でも喋らないんだな、それならば駄犬は収容所で調教を…」

「あの、すみません、先ほどから話せ話せと、ボクは犬ですよ?犬が話すわけないじゃないですか」

「話してるではないか」

…ほんとだ話してる。

「名は?どこから来た?ここで何をしていた」

何故ボクは話すことが出来ているのか解らない、解らないが…。

「やっっったーボク話せるようになったんだ!夢が叶った!こんな嬉しいことはないよ!」

ポチは嬉しくて嬉しくて、夢中で草原を走り回った。

「急にどうした、犬のような真似は止めろ」

そう言い、甲冑姿の男は慣れた動作で馬から降りた。

「だってボクは犬だもん!犬なのに話せるようになって嬉しいんだもん!ワンワンワオーン!」

ポチは遠吠えをしながら走り続けた。

「お前が犬?面白いジョークだ、職業は何してる?お前は芸人なのか?」

話が通じない男である。

ポチは男を無視して、嬉しさを身体で表現するのを止めようとしなかった。

「幸せな奴だ、たいそう明るいニュースがあるらしい」

男はその場に片膝をついて座った。

「よかったら俺にも分けてくれないか、その幸せを」

甲冑の面を外し、ポチに催促した。

その男を横目で視界に入れたポチは、腰を抜かす。

なんと、その男の顔は犬だったからだ。

「い…犬、ブルドックの顔した犬…」

ポチは青ざめた。

「どうした?血の気の引いた顔をして、さっきから情緒不安定だぞ」

体つきに動き、表情までまるで人間だ。

「に…人間なんですか?」

ポチの問いに、男はキョトンとした表情で答える。

「当たり前だろ、他に何に見える?」

ポチは驚愕した。

身体は人間なのに顔は犬、こんな摩訶不思議な事が…。

「人間を見るのは初めてか?」

初めてじゃない、しかしポチの知っている人間とは大分かけ離れている。

ポチは固まったまま身動きが取れずにいた。

「おかしな奴だ、お前も人間なのにな」

ボクが人間?何を言ってるんだ?ボクは犬、とってもチャーミングな柴犬、人間なわけ…。

ポチは自分の身体に目をやった、それは、人間の身体だった。

「に ん げ ん…ボクが人間!?」

男は後頭部を掻きむしり「ハァー…」と、ひどく深い溜息をついた後。

「いい加減犬の真似事は止したらどうだ、お前は芸のつもりでも気分を害する者もいる」

神妙な顔つきでポチを睨む。

「ボクは犬の真似なんてしてない!本当にボクは犬なんだ!」

ポチが詰め寄ろうとすると、男はパッと立ち上がり声を張り上げた。

「その、人をバカにした様な冗談と四つん這いを今すぐ止めろと言っているのだ!」

男は腰に付いていた剣を鞘から抜いて、ポチの顔に剣先を向ける。

「お前の名はなんだ、次、冗談を言えば切るぞ」

冷淡な目でポチを見下したまま、言葉を発した。

「ポチ…です」

震えながらポチは答えた。

「ポチか…変わってるが良い名だな、俺はブールだ」

ブールは言葉を続ける。

「ポチ、立って四つん這いを止めろ」

そう言うと、ポチの顔に向けていた剣先をズラした。

ポチは震えながら立とうとするが上手く立てない。

それもそのはず、生まれてから一度も立った事がないのだから。

「怯えて竦んでいるので立てないのか?それとも、そもそも立てないのか?どっちだ」

竦んで立てないと言った方が楽に事が進むとポチは考えたが、本当の事を正直に答えた。

「…今まで立った事がないので立てないです」

ブールは即さに言葉を返す。

「それは、つまり、生まれてからナンらしかの持病があり、今までの人生で一度も立った事がないと言っているのか?」

「……」

少しの沈黙の後、ポチは答えた。

「いえ、病気とかではなく…ボクは…ボクは…」

大きく鼻で息を吸って、意を決して言葉を続ける。

「ボクは犬なので、立った事がありませんでした」

ブールは悍しい形相でポチを睨みつける。

すると、スッと剣先がポチの顔の前に戻る。

「もう一度だけ聞く、何故、立てない?」

ポチは死を覚悟した。

さっきと同じ言葉を言えば確実に殺される。

こんな意味の分からない世界で死ぬ、そう思った。

しかし、本当の事しか言っていないのに、理不尽である。

色々と言い訳やらを考えたが、もうどうでもよくなった。

「本当です、ボクは犬です、犬なので立った事がありませんでした…本当です!」

ジッとポチは、悍しい顔をしたブールを見据る。

お互いが睨み合う時間が暫く続いた。

この緊迫した空気を変えたのはブールだった。

「もういい」

そう言い捨てると、ブールは剣を鞘に戻した。

「ポチが嘘をついていない事は、目を見れば分かる」

ブールは言葉を続ける。

「それに、もう立っているではないか、俺は立てと命令したのだ、もう責める理由はないよ」

ポチは気がつかない内に立っていた。

二足で立っていたのだ。

呆然と立ち尽くすポチに、ブールは茶色い布を渡した。

「涙拭いな、泣いてるぞ」

いつのまにかポチは泣いていた。

ブールへの恐れか、死への恐怖か、或いはどちらともであったか。

「わるいな、大事な任務の後だったもんでピリピリしてたのかもしれん」

一言謝ると、ブールはその場に胡座をかいて座った。

「食うか?」

腰巾着からドックフードの様な見た目と大きさをした粒を取り出し、ポチに見せた。

「木の樹液を固めただけの携帯食だが、噛み心地は良いぞ、味はないけどな」

布で目を擦りながら、ポチは首を横に振ってそれを拒否した。

暫く経ってから、ブールはポチに見せていた樹液の塊を口の中に放り込んだ。

ポチが落ち着くまでの時間、無言が続く。

ポチは、なかなか涙と体の震えを止める事が出来なかった。

それは死の恐怖から開放された安堵と、知らない世界に迷い込んだと云う不安から来る感情だった。

どれだけの時間が経ったろうか。

胡座をかきながら腕を組み、ボーっと遠くを眺めていたブールにポチは声を掛ける。

「もう大丈夫です、ありがとうございました」

そう言い、布を返そうとするポチの手を拒み、ブールは立ち上がって馬の方へと歩き出した。

「それはポチにやるよ、股間ぐらい隠しな」

ポチは全裸であった。

今まで意識した事がなかったが人間の身体だからだろうか、急に恥ずかしくなる。

ポチは布で陰部を隠した。

ブールは軽やかな動きで愛馬の黒馬に乗ると手に持った甲冑の面を着けて、「ポチも乗れよ、どうせ帰るとこだったんだ、乗せてってやるよ」。

そう言い、手綱を左手で引っ張りながら右手で馬のケツを叩いた。

「帰る?一体どこへ?」

ポチは疑問を投げかけた。

手綱を両手で力一杯引くと馬は嘶き、そして地面を踏み鳴らす。

ポチの問いに、ブールは答えを送る。


「ツクド王国へ」

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