7.ハーブータとモヤモヤ
シュヴェーアの話によれば、ハーブータという名称の魔物らしい。日頃は、人が立ち入らないような山奥で、木の実や樹液を食しているとか。豚に限りなく近い外見の魔物であり、味もかなり良いそうだ。
とはいえ、私は魔物というものを食べたことがない。
それゆえ魔物の味がどのような感じなのかは想像がつかない。
旨い、と言われても、分からないものは分からない。甘いのか、辛いのか、塩みはどの程度なのか。美味しいのならそれは良いけれど、もう少し具体的な味の紹介が欲しい。
「それ、どうするの?」
「……解体し、焼く」
「そ、そう。どこで焼くの?」
「……火は、ないのか」
火はないわけではない。料理に使ったり、家の中を温めたり、使う機会は多くあるからだ。
「あるはあるけど……」
「では、貸してくれ」
シュヴェーアは、食べ物絡みの時だけは、妙に活発になる。不自然なほど生き生きしてくるのだ。今も、もちろんそう。肉のことを考えている彼は心なしか楽しそう。
「早速解体だ……!」
そう述べる彼はやる気に満ちている。握った片手を胸の前に置き、視線はやや上に向け、整った顔に決意したような表情を浮かべていた。やる気に満ちている時ほど人は輝くものだ。
……ただし、よだれを垂らしそうなのはかっこよくない。
◆
「まぁ! 凄い晩ご飯ね!」
豚に似た魔物ハーブータを、私は彼と協力して調理した。
本来なら、店が閉まりダリアが戻ってくるのを待つという選択肢もあった。だが今回は、食材が腐りやすい肉。そのため、呑気にダリアの帰りを待っている時間はなくて。仕方がないから、慣れないけれど頑張った。
「このお肉がシュヴェーアさんが獲ってきてくれたものなの?セリナ」
「そうそう。泊めてもらっているお礼、って言っていたわ」
「美味しそうねー」
ダリアはご機嫌だ。どうやら、かなり久々の肉料理が嬉しいらしい。だがそれも無理はない、村にいたら肉を口に入れられる機会なんて決して多くないから。
「ハーブータっていう魔物らしいわ」
「魔物!?」
私とダリアが話している間もシュヴェーアは止まらず食べ続けている。
彼は食べるのがとにかく早い——それは、対象が肉であっても変わらないようだ。
「でも健康に害はないみたいよ」
「ならいいけど……。セリナ、これ本当に大丈夫なの?」
ダリアはかなり訝しんでいる。
魔物だなんて言わない方が良かったか。
「大丈夫なんじゃない? シュヴェーアさんだって食用で獲ってきたんだから」
塩で焼いた肉のひとかけを口へ含む。普通の肉と何ら変わりない味わい。違和感はないし、何ならただの豚肉より美味しい気すらする。焼く際に塩を使っているからか、しょっぱさもしっかりとあって、食べやすい仕上がり。
ただ、いくら食べやすいとはいえ、シュヴェーアのようなスピードで食べ進めることはできそうにない。一口ごとにしっかり噛まねばならないからだ。もっとも、それは、歯や顎が特別強ければ変わってくるのかもしれないけれど。
「シュヴェーアさん、このお肉美味しいわね!」
「…………」
礼でも言おうかと話しかけてみたが、シュヴェーアは何も返してこない——どころか、こちらを一瞥することすらしない。
それだけ食事に集中しているということなのか。
◆
昨日の女性はまたやって来た。
「お邪魔します。今日は別の茶葉を買いたくて来ました」
元よりお淑やかで女らしい雰囲気の女性だったが、今日はまた一段と女らしい。髪は軽く巻かれていて、まとっているワンピースはレースが多くあしらわれたもの。靴もハイヒールだ。
「本日もありがとうございます! 何にしましょうー?」
「オススメのものを一袋下さい」
「そうですねー、どれもオススメですよ」
接客しているダリアを背後から眺める。
ダリアは何も察していないのか、何事もなかったかのように相手をしている。だが、客の女性は明らかにおめかしして来ているように見えた。
一人「まさかシュヴェーアに会うことを見越して?」なんて考えて、私は内心首を横に振る。いちいちそんな風に考えては駄目だ。偶々お出掛け前なだけかもしれない。
「……何を、している?」
「ひぇあっ!?」
耳のすぐ近くでぬるりと問われ、私は思わず悲鳴にも似た声を発してしまった。
「あ……ご、ごめんなさい……」
声の主はシュヴェーアだった。もし彼が今ので傷ついていたら申し訳ないから、念のため謝っておく。だが、当の彼はいまいち何も考えていないようで、「いや、いい」としか返してこない。怒られたり傷つかれたりするよりは良かったが、今のような短文の答えでは心があまり見えない。
「で、何をしていた……?」
「私は特に何もしていないわ」
「……考え事を、しているようだったが」
あながち間違ってはいない。事実、私は考え事をしていた。ただ、他人に言えるような立派な考え事ではないけれど。
「ま、まぁ……そうね。少しだけ」
否定すれば嘘になる。かといって、自ら考え事の内容を明かすことはできない。そんなくだらないことか、と笑われそうだから。そのため私は、曖昧な答え方にすることを選んだ。
「……何故に」
さらに踏み込んでくるつもりのようだ。
「いいじゃない、何だって」
「……何を、考えていた」
「もう! いいから! 放っておいて!」
考え事の中身についてしつこく聞かれて苛立ってしまい、思わず叫ぶ。
調子を強めてしまったのは、反射的に、だ。
当然、シュヴェーアを傷つけようという気があったわけではない。
私は彼に負の感情を抱いているわけではなかった。それでも彼にこんな風に当たってしまったのは、客の女性に対する複雑な思いがあったからだと思う。当たってしまったことにも理由があるのだ。もちろん、それで許されるとは考えていないけれど。
「……すまん」
シュヴェーアはしゅんとして肩を縮める。
四六時中マイペースな彼のことだから気にしないかと思ったが、意外と落ち込んでいるみたいだ。
私が謝ろうか悩んでいた——刹那。
「あ! お兄さん!」
女性の柔らかくも華やかな声が宙を舞った。




