6.開店
シュヴェーアと喋ってみたいことが色々あったが、狩りに行かれてしまっては話せない。仕方がないから、私は普段通り店の手伝いに励むことにした。接客する際恥ずかしくないよう身支度をして、ダリアがいる方へ向かう。
「母さん。手伝うわ」
うちの店はカウンターを挟んだ向こうとこっちで客と関わる形になっている。こちらから順に言うと、自宅、カウンター、店内。接客は基本カウンターのこちら側で行う制度だ。
もちろん、店内の方へ出ていくこともないわけではない。
ただ、その回数は少ない。さほど多くない直置きの商品を追加する時くらいのものである。
「え、いいの? シュヴェーアさんは?」
「狩りに行っちゃったわ」
「え!?」
カウンターで客を待っていたダリアは目を剥く。
「か、狩り……?」
彼女もまた、シュヴェーアの行動が理解できていないようだ。そういう意味では、彼女と私は同類。だがそれも当然のことだ、私とダリアは同じような暮らしをしてきたのだから。
「そ、そう。分かった。じゃあセリナは店の手伝いね」
「えぇ! 結婚もなくなったし、思う存分任せて!」
「セリナ、それは……」
ちょっとした冗談のつもりで発言したのだが、変に気を遣われてしまった。そのせいで場が気まずい空気に。
「いいのよ、母さん。私、そんなに気にしてないわ」
「無理しなくていいのよ!? 何なら、今から怒鳴り込んでも……!!」
「待って待って。母さん落ち着いて」
ちょうどそのタイミングで、店の入り口の扉が開いた。扉の上部に取り付けられている小振りの鐘が愛らしく鳴る。
「いらっしゃいませー」
直前まで怒っていたダリアは、急に明るい声を発した。
この切り替えの早さは一級品だ。
普通、少し前まで怒っていたら、明るく振る舞おうと思っても上手く振る舞えなかったりするものだろう。声質であったり、表情であったり、ついどこかに怒りの色が滲ませてしまいがちだ。しかし、ダリアにはそれがない。
「すみません。いつものブレンドティー頂けますか」
「はい、もちろんー!」
今日一番目の客は女性。それも二十代くらいの。栗色のセミロングヘアを右耳の下で一つに束ねた大人しそうな人。慎ましい身形だが、生まれ持った品はある。
「二袋お願いします」
「はい、少しお待ち下さいー」
ダリアがカウンター横の棚からブレンドティーを取り出している時、女性はなぜかこちらを凝視してきていた。
「あの……私に何か?」
彼女の薄い水色の瞳があまりに何か言いたげだったから、私は思わず尋ねてしまう。
すると、女性はハッとして、両手の手のひらで桜色の口もとを押さえる。
「す、すみません。私ったら」
「いえ。大丈夫ですよ。何かご用ですか?」
ダリアはブレンドティーの茶葉が詰まった袋を二つ取り出し、一旦カウンターに置く。そして「こちらでよろしいですか?」と確認。客の女性が頷くと、二つの袋を一つにまとめ始める。
「……昨夜、村に怪物が出たのはご存知ですか?」
「え? あ、はい」
「その際、ある殿方が、怪物を退治して下さったのです。そのこともご存知でしょうか」
シュヴェーアのことか。
「はい」
彼女はシュヴェーアに何か用事だろうか?
「実は私……あの殿方に惚れてしまいまして。それで調べていくうちに、こちらの家から出てきたという話を耳にしました。なので確認したかったのです」
惚れて。
なんて可愛らしい理由だろう。
婚約解消で男性にうんざりした今の私には、微塵もなかった発想だ。もちろん、シュヴェーアのことは嫌いではないけれど。
「彼はこちらの息子さんなのですか?」
ダリアがぶばっと唾を噴き出してしまう。
「え……? え……?」
いきなり噴き出され狼狽える女性を見ていたら、少し気の毒に思えてきた。
特別おかしなことを言ったわけではないのにこんな豪快な笑い方をされたら、誰だって狼狽えるだろう。
「まさか! そんなわけないですよー。うちは娘二人だけです」
「え。では……お婿さんですか?」
「まさか! そんなわけないじゃないですかー!」
ダリアは楽しげに話しながら袋を包み終えた。
「彼は今だけここにいるんですよー! 帰るところがないと言うので!」
「あ……そうでしたか」
女性は安堵したように微笑む。
その時、私は、得体の知れない感覚に襲われた。もやっ、としたのだ。客が喜んでくれていればこちらも嬉しいはずなのに。妙な感じだ。
「も、もし良ければ……今度紹介していただけないでしょうか?」
「機会があればぜひ! はい、ではこちら。商品です。今回の会計は——」
シュヴェーアは人気が出るタイプだったのか、と、意外に思った。だが、よくよく考えてみれば、彼が女性に気に入られるのも分からないではない。容姿端麗で剣の腕もかなりのものとなれば、憧れる女性だって出てくるだろう。当然のことだし、自然な流れだ。
「ありがとうございましたー」
「いえ、こちらこそ。お邪魔しました」
栗色の髪の女性はブレンドティーの茶葉を購入して去っていった。
しかし、気は抜けない。
すぐに次の客がやって来る。しかも今度は一人客ではない。わらわらと数名。時間帯もあってか、いよいよ店内が賑やかになってきた。
◆
夕方になり、来店する客の数も徐々に減ってきた頃、シュヴェーアが帰ってきた。
「……戻った」
「え、えええっ!?」
私は一旦店から離れ、家の方で休憩していた。その時にシュヴェーアが帰ってきたのだ。それゆえ、帰宅した彼を迎えられたのは私一人。だから私は、一人で愕然とするしかなかった。
「……どうした?」
シュヴェーアは肩に豚のような生物を二頭抱えている。それだけでも十分奇妙な光景だが、平常心を保ちつつ抱えているからなおさら奇妙だ。
「豚?」
「……魔物の、一種だ」
ここに来てまたよく分からない発言が出た。
真面目な顔で「魔物の一種」なんて、謎でしかない。
「……旨いぞ」