25.春祭り、いよいよ開催
地面からせり出した根の特に太くてベンチのようになっている部分に腰掛ける。
私としては、せっかくの綺麗なワンピースを汚すことになるので、根には座りたくなかったのだけれど。でも、シュヴェーアが妙な圧をかけてくるので断れなくて。私は彼の指示に従うしかなかった。
先ほど根っこに引っかかった右足だけ靴を脱ぎ、素足になる。
その甲は、恥じらう少女の頬のように赤くなっていたが、傷は見当たらなかった。どうやら、切り傷になったりするほどの事故にはならずに済んだみたいだ。鈍痛は今もある。が、受傷には至っていない様子。
「……傷は、ないな」
シュヴェーアは地面にしゃがみ、私の何にも包まれていない足を、片手でそっと握る。丁寧に足を見回して、それから、そんなことを言ったのだった。
「そうみたいね」
「だが……痛みが? それは……問題、か……?」
「まぁ、痛みならそのうち治るわ。大丈夫よ」
タンスの端で足の小指を打った時だって、打った直後は息もできぬほどの痛みがあるが、数時間経てばいつの間にやら痛みは消えているものだ。これも恐らく、それと同じようなものだろう。直後は痛くてもそのうち治る、というパターンなのだろうと思う。
「……その程度なら、まだ……良かった、が」
「心配してくれてありがとう」
これといって言うことが見つからなかったので、一応礼を述べておいた。
するとシュヴェーアは少し視線を逸らす。
「……いや」
彼の口から放たれたのは、短い言葉だけだった。
◆
「本日は、皆様、集まって下さってありがとうございます」
いよいよ春祭りが始まる。
司会進行はドラセナ。厳しいと噂のドラセナの母がするのかと思っていたが、なぜか、幕開けを告げる挨拶の担当はドラセナ自身だった。
会場は、屋敷から歩いて数分のところにある広場。
そこはとても広々としていて、美しいところだ。花壇には様々な種の花が植えられている。
「料理や飲料も用意しております。ぜひ、食べて下さい」
ドラセナがそう述べると、参加者からは歓声があがる。
参加者は三十人ほどで、見た感じそれほど大勢ではない。しかし、それぞれが声を発すると、全体の声量は自然とかなりのものになる。
「では、『春祭り』始まりです!」
地面にシートを敷き、その上に腰を下ろして寛ぐ。普段の暮らしとは少々異なった環境が、周囲をより一層眩く見せてくれる。陽の光すらも、今は特別なもののように感じるくらいだ。
「セリナ。料理取りに行きましょー?」
始まってすぐに声をかけてきたのはダリア——開始直前まで手伝っていた私の母だ。
「うん」
「美味しそうなのがたくさんあったわよー」
「へぇ。気になる」
ダリアに促され立ち上がった瞬間、隣に座っていたシュヴェーアも光の速さで起立した。
「……共に!」
驚きの速さで立ち上がっただけならず、妙にやる気に満ちた声でそんなことを言う。やはり、シュヴェーアの食べ物への興味は、常人の上を行くものだ。
「シュヴェーアさんも一緒に行きます?」
「……希望、する!」
「じゃあ一緒に行きましょう。セリナと三人で」
「……感謝!」
シュヴェーアを食べ物の前へ連れていくのは不安が大きいが……この状況で彼を一人放置するわけにもいかない。
なので、私たちは、三人で大皿の方へ向かうことにした。
「こ、混雑してる……」
料理が置かれているローテーブルの周囲には人がたかっている。知らない人が大勢いるので、私は怯んでなかなか入っていけなかった。参加者は年上も多い。それゆえ、押し退けることはできない。そこが難しい。どうやって入っていくか、難題だ。
だが、そんなことを悩んでいたのは私一人だけだったようで。
「失礼しますー」
「……邪魔する」
ダリアとシュヴェーアは何の躊躇もなく人の群れへ突っ込んでいっていた。
気づけば、私一人だけが群れの外にいる状況。
二人を見習って、柔らかな物腰で入っていけば良いの? でも、万が一、怒ってくる人がいたら……。とはいえ、このままじっと立っていては、皆が取り終わるまで待つことになってしまう……。出遅れたのだからやむを得ない? いや、同じ参加者なのだから、全員に料理を貰う権利はあると思うけど……。
群衆からほんの少し離れたところで、思考を巡らせていると。
「お待たせー」
「……食料、確保!」
迷わず突っ込んでいっていたダリアとシュヴェーアが戻ってきた。
二人の手には紙皿。そしてそこには美味しそうな料理が乗っかっている。
「もう取れたの?」
「えぇ。セリナの分も取ったわよ」
「シュヴェーアさんも?」
「……あぁ。余分に、取ってある……セリナの、分……」
どうやら、二人は私の分まで取ってきてくれたようだ。
今は気遣いに感謝したい。
「母さんもシュヴェーアさんも……ありがとう。私の分まで」
人の集合に入っていく勇気がなかった私は、料理をまったく手にできないという結末さえ覚悟していた。私が取れそうになった時にはほぼ何もなくなっているかも、なんて考えて、少しばかり寂しい気持ちになっていた。
でも、二人が私の分も確保してくれたおかげで、それは杞憂に終わりそう。
元よりたらふく食べようなどとは考えていない。ほどほどに味わえたなら、それで良いのだ。
「セリナ、これ好きかしら。野菜巻きとか、鶏のパン挟みとか」
「……肉団子、肉のソテー……肉かまぼこ……どれも、良さげだ」
ダリアが取ってきているのは、野菜や鶏肉を使用したあっさり系と思われる品が多い。色も自然の物に近い色合いで、それゆえ、ダリアが持っている紙皿の上は地味な色合いになっている。
一方シュヴェーアはというと、とにかく肉料理。ジャンルを問わず肉を使って作られている料理をやみくもに取ってきていた。焼いた肉が黒っぽいこともあって、彼が手にしている紙皿の上は濃いめの色合いになっている。肉の茶色はもちろんのこと、タレの色が鮮やかなものも多い。




