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婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。  作者: 四季


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23.胸躍る

 春祭り前日、私は密かにワクワクしていた。というのも、家族で外出するのは久々だからだ。


「明日楽しみねー」


 店の営業時間も終わり、夕食も終えてゆったり過ごしていた時、ダリアが唐突に話しかけてきた。


「あ、母さんもそう思ってたの?」

「セリナも?」

「うん」


 こんなにワクワクしているのは私一人かと思っていたが、案外そうではないらしく。ダリアも明日の春祭りを楽しみにしている様子だ。


 ……と、そこへ、シュヴェーアがやって来る。


「確か……春祭りと、言ったか……?」


 既に寝巻きに着替えているシュヴェーアが、会話に参加したいとばかりに現れた。


 ちなみに、ここしばらく彼が使っている寝巻きは、かつて父親が着ていたものだ。父が数年使っていたこともあって着古されているが、シュヴェーアは「それでもいい」と言ってくれて。それで、シュヴェーアに寝巻きとして貸すことにしたのだ。上下に分かれたものだが、ベージュ一色でかなり地味な服。しかし、シュヴェーアは不満を抱いてはいないようだ。


「そうですよー」


 さらりと答えるのはダリア。


「……料理……出る、だろうか?」

「あると思いますよー」


 するとシュヴェーアは、握った両拳を胸の前へやって、さりげなくガッツポーズをした。


「……楽しみ、だ」


 本当に楽しみにしていそうだ。

 凄まじい食欲を発揮し過ぎなければ良いのだが。


「食べ過ぎないで下さいねー」

「……あぁ。迷惑はかけぬよう、心掛ける……」


 心なしか不安はあるが、今心配しても仕方がない。

 ひとまず明日を楽しみに待とう。



 ◆



 春祭り当日の朝。木々を冷たい風が揺らすまだ朝早い時刻に、ドラセナは迎えに来てくれた。楽しみにしていたせいか私もダリアも早めに目覚めてしまったが、結果的には幸運だった。普段の起床時間まで寝ていたら、危うくドラセナを待たせてしまうことになったのだ。


「すみません。少し早過ぎましたかね」

「大丈夫よー。でも、準備がまだだから、少し待っていてもらえる? 中に入って待っていてちょうだいー」


 ダリアはドラセナを家の中へと招き入れる。

 ドラセナは少々気まずそうな顔をしていたが、一度丁寧にお辞儀をしてから入ってきた。


「邪魔でしたら、外で待っていますが……」

「良いのよ良いのよ。その辺で寛いでいてちょうだいー」

「は、はい。お気遣いに感謝します」


 椅子にちょこんと腰掛け、心なしか恥ずかしそうに俯いているドラセナ。いつまでも眺めていたくなるような愛らしさが彼女にはある。そして、ぴたりとくっついた両太ももからは、品の良さが感じられた。母親の愚痴を言っていることからも察せるが、厳しい家のようだ。それゆえの礼儀正しさだろうか。


「母さん、もう着替える?」

「そうしましょ。セリナも着替えてきて良いわよー」

「分かった。服は何でもいい?」

「ええ。……あ、でも、穴が空いているやつは駄目よ」


 そうは言っても、持っている服は決して多くない。日頃いろんな服を着ることがないから。破れかけの家着を除けば、所持している衣服はさらに数が減る。


 何を着よう?


 アルトのところへ行く時に何度か着たワンピースなら、少しは綺麗に見えるだろうか。


 私は結局、アルトのところへ行く時に着たことのあるワンピースを着ることにした。彼との嬉しくない思い出が蘇るので、正直あまり着たくはなかったけれど。でも、一番綺麗な服がそれだったから、そのワンピースにしたのだ。


「わぁ……!」


 ワンピースに着替えて、ドラセナとダリアがいる部屋へ戻るや否や、ドラセナが声をあげた。


「セリナ、可愛いです!」

「え」

「桃色のワンピース素敵です! 似合っていますね!」


 こんなに褒められるなんて、と、私は驚きを隠せない。


 アルトとの嫌な思い出がこの服のイメージだった。しかし、ドラセナが褒めてくれたことで、その嬉しくないイメージは消え去って。ワンピースのイメージが上書きされた。

 この感じなら、不快感なくこのワンピースを着て、春祭りに行けそうだ。


「胸の切り替えが良いですね!」

「そ、そうですか?」

「はい! 胸元で生地が変わっているところがおしゃれなデザインです。それに、とても似合っています。セリナらしいというか……そんな感じです!」


 ドラセナは生き生きした表情で私が着ているワンピースの魅力について熱く語る。

 そこまでおしゃれに関心がない私にはいまいち掴めない話。でも、この服にも良いところがあるのだということが分かり、勉強にはなった気がする。


「セリナ、シュヴェーアさん起こしてきて」

「あ。うん」


 その後、まだのんびり眠っていたシュヴェーアを叩き起こし、ドラセナを含めた私たち四人は春祭りへ出発した。



 ◆



 用意されていた馬車に乗り、揺られながら山道を行くこと約二時間。

 ドラセナの実家があるという街に到着した。


「ここが私の家です!」


 そう紹介されたのは、豪邸だった。

 生まれてこれまで一度も見たことがないくらい綺麗で豪華な、三階建ての屋敷。


「あらー、ドラセナちゃんはお嬢様なのねー」


 豪邸の前にある門、その前に立ち、ダリアは感心したように発する。


「い、いえ。そんなことはありません」

「大きな家じゃないー」

「これはですね……その、大きいだけです!」


 大きいだけ、か。

 それだけでも凄いことだと思うが。


「では、この辺りでお待ち下さい! 私は一旦、家の中へ行ってきますので!」


 ドラセナは丁寧にお辞儀をして、家の方へと走っていこうとする。

 その背中に、ダリアは問いかけた。


「もしかしてまだ準備が!?」


 走り出しかけていたドラセナは、前のめりに倒れそうになりつつ、足を止める。


「あ、はい! そうなんです! まだまだ料理を用意せねばなりません」

「嫌でなければ、手伝うわよー?」

「え! ……そ、その。お気持ちは嬉しいのですが……手伝っていただくのは申し訳ないです」

「遠慮なんていいのよ?」

「あ……そうですか。では、お願いしてもよろしいでしょうか」

「もちろんー。料理は得意よ! 任せて!」

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『奇跡の歌姫』も連載中です。
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