22.ほっこり
淡い紫色の花が印象的なラペンダと、クリーム色に近い黄色をした小さな球体が愛らしく目立つアモミーン。二種類を混ぜたものに湯を加えて、小さなポットの中で飲み物を作る。干からびた植物から湯に成分が溶け出すまで、しばらく待たねばならない。早く次の工程へ進みたくなってしまう部分はあるが、そこはぐっとこらえ、湯に成分が出るまで待つ。
「……セリナ。……できそう、か?」
「シュヴェーアさんはもう少し待っていて。もうすぐできるから」
おっとりしているようにも見えるシュヴェーアだが、案外気が早いところもある。口に入れる物に関連する話題の時は、特にせっかちだ。
「……まだ、なのか」
「じっくり待った方が美味しくなるのよ」
「……我慢しよう」
「ありがとう、シュヴェーアさん」
しばらく待って、ポットの中でお茶が出来上がれば、あとは簡単。カップに注ぐだけ。
お茶は熱い。なので、こぼすことに気をつけなくてはならない。慎重に液体をポットからカップへ移せば、準備完了。最後はシュヴェーアのところまで持っていくだけだ。
「お待たせ」
「……あぁ、できたか」
二つのカップをお盆に乗せ、うっかり踏み外さないよう一歩一歩丁寧に歩いていく。
そして、シュヴェーアのところへたどり着くと、片方のカップをテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「……感謝する」
シュヴェーアはテーブルの上に置かれたカップを手に取り、ゆっくりと口もとへ近づける。そして、そっとカップを傾けた。柔らかい色みの半透明な液体は、さらりと彼の口腔内へ流れ落ちてゆく。
それから十秒ほどして。
「……良い、香りだ」
一口飲み込み終えたシュヴェーアは、晴れやかな顔で感想を述べた。
「これは……なかなか良い!」
「ありがとう」
シュヴェーアは目を輝かせながら褒めてくれた。
厳密にはお茶が褒められているのであって、私が褒められているわけではないのかもしれないけれど。でも、それでも嬉しい。
「もう一杯分くらいならあるわ」
「……また、いただこう。……いや。だが……それをすると、セリナの分、が……?」
「大丈夫よ。私の分はもう確保しているもの」
シュヴェーアと二人でお茶を飲んでいたら、段々心が落ち着いてきて、インベルリアに絡まれたことによって生まれた苛立ちは薄れていった。
もちろん、不快さは完全に消えてはいない。
でも「まぁいいか」と思える余裕ができてきた。
インベルリアは、どうせ、もう関わることのない人。アルトとの関係が続いていないのだから、彼女との関係もきっと続かないはず。これから長年にわたって付き合っていくわけではない。
だからもう、あまり真剣に彼女のことを考えないようにしよう。
私はそう心を決めた。
◆
その日、店の営業時間が終わってから、私はダリアにインベルリアのことを話した。
するとダリアは激怒する。
「何なの、その人! 失礼極まりないわね!」
ダリアは憤慨している。
シュヴェーアもそれに共感しているらしく、いつになく真剣な顔つきで頷いていた。
「……首を、落とすか? セリナ……」
突如物騒な発言をぶち込んできたのはシュヴェーア。
怒りの感情を抱いている時の彼は、日頃とは別人のような目になる。
「待って待って。シュヴェーアさんは落ち着いて」
「あ、あぁ……」
「気持ちは嬉しいけれど、シュヴェーアさんはいちいち暴力に訴えようとしないでちょうだい」
「……すまん」
ただ、怒りに満ちている時であっても、一応話は聞いてくれる。他人の話を聞かず突進していくようなことはしない。それはシュヴェーアの良いところかもしれない。
そんなことを考えていた時、ダリアが唐突にシュヴェーアに話しかける。
「シュヴェーアさん、セリナのために怒ってくれるんですねー。嬉しいです」
つい先ほどまでは本気で怒った顔をしていたダリアだが、今は笑顔だ。
「……当然の、こと。彼女に……罪は、ない」
「ですよね。共感していただけて嬉しいです」
「……こちらも、嬉しい」
◆
それから数日が経ったある日の昼下がり、ドラセナが来店した。
「今度、春祭りがあるんです! ダリアさん、セリナ、もし良かったら参加しませんか?」
琥珀色の髪をうなじの辺りで一つの塊にまとめている彼女は、来店するや否や、ワクワクしているような顔つきで誘ってきた。
今日のドラセナは、白のトップスの上に黒いジャンパースカートという、どことなくボーイッシュな印象を受ける服装だ。履いているやや黄ばんだ白の足首丈のショートブーツもかっこいい。身分の良さを知らしめるようなドレスより、こういったシンプルな服装の方が、私からすればずっと魅力的に思える。
「春祭り? 何かしらー?」
尋ねたのは、朝からカウンターに立ち続けているダリア。
「実家の近くで行われる行事なんです。昨年は事情があって開催されなかったのですが、今年は無事開催できることになって。それで、知り合いを誰か誘ってみようかな、と」
ドラセナはわざとらしいほどの良い姿勢を保ったまま、春祭りについて説明してくれた。
「そうなのねー。それは楽しそうだわ」
「参加して下さいますか?」
「そうね、用事がない日だったら行けると思うわ。開催日はいつかしら」
「来週の今日です!」
それはつまり、七日後ということか。
予想より近い。
「その日なら行けると思うわー」
「本当ですか!」
参加可能とほのめかすダリアの答えに、ドラセナは瞳を輝かせる。
喜びを面に滲ませている彼女は、良い意味で、幼い女の子みたいだった。
「セリナはどう?」
愛らしいドラセナの顔を眺めていると、ダリアが確認してきた。
「あ、そっか。私も行くんだった」
「大丈夫?」
「うん。べつに、特に用事はないから」
ドラセナは友達。だから、彼女が誘ってくれた会になら、ぜひ参加したい。
……が、問題が一つ。
「でも、シュヴェーアさんはどうする?」
「あぁそれねー」
私がダリアと話し合っている間、ドラセナは黙って待ってくれていた。
「一緒に行けばどうー?」
「でもさ、万が一料理とか出たら大量に食べるかも」
「確かにねー……」
シュヴェーアも一緒に参加させてほしいのだが。ドラセナにそう頼む、それだけのことなら、さほど難しいことではない。だが、シュヴェーアを多くの人と関わらせて良いのか、そこが疑問だ。そして、彼の食への執着もまた、不安要素である。
「ドラセナちゃん、少し良い?」
「は、はいっ!」
「セリナの友人でね、シュヴェーアさんっていう男の人がいるの。彼も一緒に参加して構わないかしら?」
「あ、はい! もちろん。構いませんよ」
幸い今は店内にドラセナ以外の客はいない。
おかげで、ドラセナとゆっくり話すことができる。
「あと、彼、少し不安なところがあるのだけど……」
「体調面などですか?」
「いいえ。健康は健康なの。でも、食への執着が人一倍強くて」
刹那、ドラセナは閃いたように口を開く。
「料理を食べ過ぎてしまう、ですか!?」
彼女の閃きは正解だった。
一発で当てるというのはなかなかのものだ。
「えぇ。その心配があるのよねー」
「問題ないですよ! 料理はたーくさん用意しますから!」
私もダリアもシュヴェーアの異様な食欲について心配していたが、ドラセナは微塵も不安を抱いていないようだ。むしろ嬉しそうな顔をしているくらいである。
「我慢せず、たくさん食べて下さい! 私もそうします!」
もしかしたら、ドラセナも大食い?
「それなら良かった。安心したわー」
「では、三人でのご参加ですね!?」
「えぇ。それでお願いできるかしらー。楽しみだわ」
「ありがとうございます!」
ハキハキとお礼の言葉を述べた後、ドラセナは視線をダリアから私へと移す。
「セリナも楽しんで下さいね!?」
「あ、はい……。ありがとうございます」
「何だか弱々しくないですか?」
「いっ、いえっ! 大丈夫! 私は元気です!」
もっとハキハキした返事をしなくてはならなかったのだろうか。
それは私には向いていないかもしれない。
こうして、私とダリアとシュヴェーアは、ちょうど一週間後の日に春祭りに参加することになったのだった。




