21.苛立ちへの対処法は
インベルリアはじっとりとしたキノコでも生えてきそうな目つきでシュヴェーアと私を交互に見る。私は「誤解されたら嫌だな」などと少し思ったが、シュヴェーアの方は涼しい顔のまま。
「もしかして、新しい恋人? だとしたら、アルトも薄情な女に引っかかったものね。金目当ての小娘に引っかかって全部失うなんて、気の毒なアルト。まぁ、優しくて素直な彼のことだから、あり得そうではあるけれど」
何だ? この未練タラタラな女は。
失礼ながら、そう思わずにはいられない。
だってそうではないか。アルトに婚約者なんて存在がいたことを知ってアルトから離れたのに、半年くらい経ってから私に喧嘩を売りに来て。しかも、アルトを悪く言うならともかく、正式な婚約者になっていた私ばかりを悪者に仕立て上げて。
そんなにアルトが好きだったなら、離れなければ良かったのに。
私が彼女だったら、離れなかったと思う。
「それで、インベルリアさんは今はどのような生活を?」
「わたし? わたしはもう、平民ではなくってよ。とうに、大金持ちと結婚したわ」
結婚したんかい! と突っ込みたくなるのをこらえ、笑みを浮かべる。
「なら良かったじゃないですか、良い人と結婚できて」
「ま! いまだに独り身の貴女よりましよね!」
いちいち失礼な物言いだが、さすがにもう慣れてきた。
そう言う人なのだ、と理解すれば、少しは腹を立てずに済む気がする。
「貴女はみすぼらしいまま! わたしはお金持ち! ……差がさらに広がったわね」
勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべ、インベルリアはその場で回転する。ドレスの裾がふわりと丸く膨らんだ。
確かに、インベルリアは金を持っていそうな格好をしている。
紫のドレスは足首より下まで丈のあるもの。胸元には大量のスパンコールが縫い付けられていて、太陽の光を浴びてギラギラと光っている。また、首もとには親指の直径ほどの雫型の宝石がついたネックレスをつけていて、両方の耳に金と宝石でできたピアスをつけていた。髪飾りは、ラベンダーカラーに染めたシルクと白色をレースを重ねたもので、ところどころにアクセントとして小さなダイヤモンドが付着している。
「アルトに本当に愛されているか否か、ついこないだまではそれだけの差しかなかったのに」
「そうですねー」
棒読みで返事しておいた。
もはや話す気にもならない、こんな女性とは。
それにしても、可哀想な人だ。都合が悪くなれば愛を殴り捨て、金のある方へと動く。そんな人生に、真の幸せなんてあるわけがないのに。
当然お金があれば豪華な暮らしはできるだろうが、そんな暮らしにはいずれ飽きる。
そうなった時、彼女はどうするのだろう。
「ま、今日のところはこれで失礼しておくわ。また会いましょ」
「……もう来ないで下さい」
思いきって、私は本心を告げる。
するとインベルリアは眉間にしわを寄せた。
こんなことを言えば怒られるのは当然。彼女のような、反抗されることを極度に嫌う人が相手なら、なおさら。けれども、それは覚悟のうえだ。今日怒られたとしても、何度も執拗に訪ねて来られるよりかは良い。
「何ですって?」
「ですから、もう、うちへは来ないで下さい」
こうして強めに出られるのは、近くにシュヴェーアがいてくれるから……かもしれない。
「話は終わっていないのよ!?」
「アルトさんのことは、私の中ではもう済んだことです。それに関してお話しすることは、私にはありません」
極力相手を怒らせないように。刺激しないように。そう考えて生きてきたが、もうそれは止める。私はもう、ことなかれ主義で生きてはゆかない。もちろん相手への配慮はするけれど、でも、思ったことはきちんと述べる。
「さようなら、インベルリアさん」
◆
取り敢えず、インベルリアには帰ってもらうことができた。
シュヴェーアと共に家の中へ戻る。
特にこれといったしなくてはならないことはないので、ひとまず椅子に座って休む。
「……あの女、厄介だ」
「もー、ホントよ。ああいうの、一番疲れるわ」
別れられたことは良かったと思っているが、それでも、苛立ちはまだ消えきらない。悪い意味で余韻が残っている。不快感というか何というか。
「……パン、食べるか?」
「大丈夫よ。私はべつに、パンを食べなくちゃ苛立ちが止まらないわけじゃないし」
「……そうか。なら……それでいいが」
シュヴェーアはシュヴェーアなりに私のことを心配してくれているようだ。提案が少しずれてはいるけれど、気にしてくれているのだということはよく分かる。優しさは伝わってきている。
「そうだわ! シュヴェーアさん、何かお茶飲まない?」
ふと思い立ち、椅子から立ち上がる。
イライラにはお茶が効く。お茶は、温かさと茶葉の成分で、人体に色々な効果をもたらしてくれるもの。苛立ちに効く茶葉を選んで飲めば、少しは気分が良くなるかもしれない。
「……茶? ……それは、腹……満たせる、か……?」
「相変わらずの食欲ね」
「……すまない」
「いいのよ。面白いなって思っただけ。取り敢えずラペンダとアモミーンを混ぜてみるわ」
お茶を淹れると決まれば、早速行動しなくては。
必要な茶葉を用意し、お湯も準備して。のんびりと休んでいる暇はない。
「……手伝おう」
「シュヴェーアさんはじっとしていて大丈夫よ」
「……なぜに」
「だってほら、言いにくいけれど……前にシュヴェーアさんに手伝ってもらった時、とんでもないことになったじゃない? またあんなことになったら大変でしょう」
火にかけ過ぎて水分がほとんど蒸発したり、茶葉が詰まっている瓶をひっくり返して散乱させたり、前にシュヴェーアに手伝ってもらった時は散々だった。
あの時ばかりは、さすがに苛立ってしまった。しかも、苛立ちのままに強い物言いをしてしまったので、いまだにほろ苦い思い出だ。
シュヴェーアが即座に牙を剥くタイプでなかったことが唯一の救いだったが。




