18.できること
その後もシュヴェーアの食欲は止まることを知らず、彼は丸いパンとクリームスープを勢いよく食べ続けた。パンは十個以上平らげ、スープの方も数杯を軽やかに食べきって、彼の食事はようやく終わりを迎える。
「凄い食べっぷりでしたねー。美味しかったですか?」
「……あぁ、とても。セリナの母上……感謝、している……」
シュヴェーアはダリアに向かって丁寧に頭を下げる。
全身を使って感謝を表現していた。
「……もし、何かできることがあれば……言っていただけない、だろうか」
「え? どういう意味です?」
「いつも……世話になって、ばかりで……申し訳ない。……たまには、何か、返したい」
ダリアに向かってそう述べるシュヴェーアの顔は真剣そのもの。今の彼の発言が冗談交じりの発言でないことは、誰の目にも明らかだ。
「そんな、大丈夫ですよー。いつも肉を獲ってきてくれるじゃないですか」
「……それでは、不足では」
「不足? まさか! こんな美味しいお肉滅多に食べられないですし、助かってますよ」
そう言って笑うダリアを見て、私は「同感だ」と頷く。
私とダリアの気持ちは同じだと分かり、ほっとすることができた。
この村は、パン屋はあるし野菜を得る畑もあるので、食料にはそれほど困らない。それに、人の往来も盛んな場所ゆえ、時には遠方から商人もやって来る。そういう機会を狙って確実に買い物していれば、食べるものには困らない暮らしが十分できるのだ。それは、幼い頃からの経験で知っている。
とはいえ、肉となると、そこまで多く流通してはいない。
この辺りには食肉を入手できる場所がないからである。
通りかかった商人が偶々持っていれば、干し肉や塩漬け肉を買うことは可能だ。だがそれは珍しいこと。運が良くなければ、肉類を所持した商人には出会えない。
干し肉や塩漬け肉であっても、入手できる機会というのは限られている。
そんな環境だから、新鮮な肉を食することなど、この村では不可能に近い。新鮮な肉を食することができる可能性がゼロだとは言わないが、確率で言えばかなり低い。極めて稀だ。
しかしシュヴェーアは、いつも肉を獲ってきてくれる。
そのおかげで、彼が来てから、私とダリアはよく肉を食べることができている。それも、狩ってまもない新鮮な肉を食せているのだ。
肉があれば、作ることのできる料理の幅も広がる。
そういう意味では、シュヴェーアの存在は非常に大きい。
「……なら、良いのだが」
「もちろんです!」
「……だが……もう少し、何か……」
シュヴェーアはまだ何か言いたげ。
言いたいことでもあるのだろうか? それは言いづらいことなのだろうか? なんて考えていると。
「金を……この家に、入れねばならん……」
そんなことを言い出した。
予想外の発言に、私とダリアは思わず顔を見合わせる。
「シュヴェーアさん、そんなこと考えてくれていたの?」
母と暫し顔を見合わせた後、私は口を開く。
「……あぁ。金は……なんにせよ、必要なものだ」
「大丈夫よ。うちには茶葉の売り上げがあるもの。お金には困ってはいないわ」
富豪になれるほどではないが、商売はそれなりに上手くいっている。我が家は、シュヴェーアに金を生み出してもらわねばならないほど貧しくはない。
「……私の食費が」
「大丈夫よ、そんなの! シュヴェーアさんが気にすることじゃないわ」
「そう、なのか……?」
「えぇ! これからもたまにお肉を持ってきてくれれば、それで十分だわ」
狩りをするということは、戦うということ。常に傷を負う可能性が付きまとう。今回は幸い重傷ではなかったようだが、次もそうかどうかは分からない。肉を持ってきてほしい、と頼むということは、彼に負傷するリスクを背負わせるということ。だから、あまりはっきり頼めない部分もある。
だが、彼は私たちのために何かしようとしてくれている。
その気持ちをなかったことにするのは、それはそれで失礼なことかもしれない。
だから私は、肉を頼むことに決めてみたのだ。
「……肉か」
「もちろん怪我している間は行かなくて大丈夫よ」
「肉……あぁ、そうだな。それなら……私にでも、容易い……」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐシュヴェーアの顔つきが、段々明るくなってくる。
最初は力になれないことを悔やんでいるかのような顔をしていた彼だが、その表情の薄暗さはもう消えてゆきつつある。
「……セリナが、言うなら……そうしよう。早速、肉を……!」
シュヴェーアは瞳をやる気で燃やしながら立ち上がる。今すぐに家から飛び出していきそうな、そんな勢い。昨日負傷したばかりだというのに、今から狩りに出るつもりだろうか。
「待って待って待って」
私は取り敢えず静止した。
現在の彼は負傷者だ。怪我している状態で危険なところへ出ていくのはリスクが高過ぎる。
「今日は駄目よ。怪我した次の日くらいはゆっくりしていなくちゃ」
「なぜに……?」
シュヴェーアは私が止める理由を理解できないようで、怪訝な顔している。
でも駄目。怪我した次の日にまた交戦、なんてことは、させたくない。させたくないと言ったら勝手と思われるかもしれないが、そう思われるならそれでいいのだ。それでも私は無理をさせたくない。
「傷が悪化したら問題でしょう」
「……何を、言っている? この程度、なら……普通に、戦う……」
シュヴェーアは宙をぼんやりと見つめつつそんなことを言う。
多少の怪我なら迷わず進む、それが彼の中では当たり前なのかもしれない。そんな生き方をしてきたのなら、それが当たり前と理解していてもおかしな話ではないだろう。生き方が違えば感性も違う。それはよくあることだ。
「それは、傭兵だったらってことよね?」
「……普通……では、ないのか」
「そうよ。シュヴェーアさんも今は傭兵じゃないのだから、ゆっくり休んで構わないのよ」
「……そう、か」
そんな話をしていた時。
突如、誰かが扉をノックしてきた。
すぐには出ない。恐らくそんなことはないだろうが、ノックしたのが不審者だったらいけないからだ。私は黙ったまま少し様子を窺う。すると、数十秒ほどが経過した後、「キッフェール家の者なのですが」と声が聞こえてきた。
またキッフェール家か、厄介だ。
できればもう関わりたくないのだが。