16.流血
獲物を贈る気満々だが自身は流血しているシュヴェーアを強制的に家の中へ連れ込み、一旦椅子に座らせる。剣と獲物は分厚い布を敷いたその上に置かせ、私は沸かしているお湯を入手しに移動。そして、桶にお湯を入れ終えると、清潔な布も数枚持って、彼のもとへと戻る。
「拭くから、じっとしていてちょうだい」
湯で湿らせた布を使って、シュヴェーアの顔にこびりついた赤い染みを拭き取る。出血していたと思われる傷口は不用意に触らないよう気をつけつつ、汚れを拭い取ってゆく。
「……すまない」
シュヴェーアは少し落ち込んだような顔で謝ってきた。
私は濡れた布で汚れを拭き取る作業を継続しながら、首を左右に振る。
「大丈夫よ、気にしないで」
「……迷惑を……かけて、しまった」
しゅんとしているシュヴェーアを見るのは耐えられない。可哀想過ぎて。
「じっとしていて。もうすぐ大体拭けるから」
「……そうか」
赤い汚れを八割方拭き取って、私は使っていた布を一旦置く。
傷口を消毒しなくては、と思い立ったのだ。
「消毒効果のある草を持ってくるわね」
「……もう十分、だが」
「駄目。ちゃんと処置しておかなくちゃ」
部屋の隅にある棚。その下から二段目に、確か、消毒効果を持つ草があったはずだ。それをすり潰して傷口に塗り込めば、傷口から感染する確率も下がるはず。
私は下から二段目の扉を開け、そこから、瓶に入った草を取り出す。そして、その近くに置かれていた深さのある器と棒のセットも同時に出した。瓶の中の草を一本抜き出し、器に入れ、草の入った器と棒を手に持ってシュヴェーアの方へ移動していく。
「……何だ、それは」
濃い緑色の植物が入った器を見て、シュヴェーアは怪訝な顔をした。
例えるなら、見たことのない食べ物を出されたかのような表情だ。
「草よ。これをすり潰して、傷口に塗り込むの」
「すると……どうなる?」
「傷口が菌に汚染されるのを防げるわ。完全にではないかもしれないけれど」
私も、幼い頃はよく転んで、膝を擦ったりしていた。そういう時、ダリアはいつも、この草で処置をしてくれた。おかげで、擦り傷が最初に負った傷以上に悪化したことはない。
「塗り込む時、多分少し沁みるわ。我慢して」
「……あぁ」
草をすり潰す作業が終わると、いよいよ塗り込みに入る。
まだ使っていない布に潰した草を付着させ、その布で傷口にそっと触れる。
「……っ!?」
「ごめんなさい、痛いわよね」
「……いや」
「私も小さい頃は嫌いだったわ。沁みて痛いから」
傷が広がらない程度にしっかりと塗り込み、潰した草を塗り込む作業は終了。
だが、その時になって思い出した。
ガーゼか何かで傷を覆っておいた方が良いということを。
「あとは覆うだけね。でもちょっと待っていて、どこにあるか忘れたから」
「……このままで、良い」
「駄目よ。うっかり触ってしまったら汚れるでしょ」
ガーゼの場所はダリアに聞けばすぐ分かるはず。
「触らないで、そのまま待っていてちょうだいね」
「……あぁ」
私は傷の手当という行為に慣れていない。それゆえ、最初に必要な物を集めておくという基本的なことすらできていなかった。そのせいで彼をやたらと待たせることになってしまっているのは、申し訳なく思う。
◆
「そんなことがあったの……! 大変だったわね」
店の営業時間が終わり戻ってきたダリアに、私はシュヴェーアの傷のことを伝えた。
「だからね、あの草、勝手に使っちゃったわ。ごめん」
「いいわよー。使って使って」
シュヴェーアは眠っている。
疲れていたのか、手当てが完了した後すぐに眠りに落ちてしまったのだ。
いまだに彼は寝床で爆睡中。
「でも大丈夫だったの? 頭の怪我なんて」
「本人の反応を見てる感じでは、一応大丈夫そうではあったけど……」
「心配ねー」
シュヴェーアは優秀な剣士。だが、だからといって傷を負っても問題ないというわけではないだろう。彼とて人だ。
「で、セリナはこのウサギみたいなのを貰ったの?」
「えぇ」
「こんな何匹もだと保存に困るわねー。燻製にでもする?」
「それは名案!」
美味しい肉を貰えるのは嬉しいのだが、いつも保存に困る。その日にすぐ調理して食べられれば問題はないのだが、すぐに食べられる日ばかりではないから、彼の獲物は時に悩みの種だ。
「そうだ、セリナ。話は少し変わるけど、結婚、どうする?」
「え」
突如飛び出した結婚話。
私は何も言えなくなる。
「この前の婚約はなくなってしまったでしょう。でも、セリナも、ずっとここにいるわけにはいかないわよね。また、誰か相手を探さなくちゃいけないわ」
そう、私もいつかはこの家を出る時が来る。けれども、今は、そんなことはあまり考えたくない。結婚を批判する思想を持っているわけではないけれど。でも、婚約解消の記憶があるからか、結婚というものにはなかなか積極的になれない。
母と共に、ここで生きる。
それが許されるのであれば、その道を選びたいくらいだ。
「気が進まないわ」
「……そう。そりゃそうよね、あんな解消の仕方をされたら。嫌になるわよね」
彼と一緒になることに執着があったわけではない。だが、他の女の存在を明らかにされたうえで切り落とされれば、誰だって少しは心を痛めるというもの。もちろん私も例外ではない。
「ごめんね、セリナ。嫌な話を振って」
「ううん……母さんは悪くないの」
「やっぱりいいわ。無理しなくていい。誰かと一緒になろうかなと思ったら、相手はその時に探しましょ」
シュヴェーアと。
もし私がそう言ったら、母はどんな顔をするだろうか。
驚く? 怒る? 質問責め?
答えは、実際に試してみなければ分からないから、この目で確かめることは不可能に近い。
「シュヴェーアさん、まだ起きないわねー」
「へ!?」
「ん? どうしたの、セリナ」
「……う、ううん。何でもない」
シュヴェーアについて考えていたところに彼の名が出てきたのでドキッとした。ただそれだけのことだ。
「そう? ならいいけど」
「心配かけてごめんなさい、母さん」