妖精王に魅入られた公爵令嬢
広い舞踏会のホールの真ん中でわたくしに向き合う形で殿下、聖女様が立っている。わたくし達3人を取り囲み、どうなるのか観察するような目線で成り行きを見守っている。まるで公開処刑のようだ。
「ロゼッタ、あなたの悪事はすでに知られています。よって国外追放を命じ、婚約も破棄させていただきます。」
艶のある金髪に青緑の瞳の持ち主であるこの国の王太子、オヴィアン・ルー・バロットは低く冷たい声でそう言い放った。彼の後ろには守られるように白いドレスを身につけたユーリ様が立っている。ユーリ様は異国の地から召喚された“聖女”。この国では珍しい黒髪で茶黒の瞳は、わたくしを見据え不安そうに潤んでいる。なぜ、あなたがそんな顔をするの?不安で泣きそうなのはわたくしの方だ。悪事?わたくしはなにもしていないのに。
唇を噛み、堂々と立っているのは公爵令嬢としての意地のようなものだった。薄紫色のドレスを見に纏い淡藤色の髪、深い青色の瞳を持つわたくしの名はロゼッタ・リバース。オヴィアン様の婚約者だった者だ。しかも“魔力なし”。
この国は魔力によって動いている。ありとあらゆる物は魔力を源とし、この国を守ってきた。その力がわたくしにはない。公爵令嬢として生まれてきたため、生活に支障はなかった。家の者も魔力がないなら護身用にと武術を教え、誰よりも勉学を嗜み魔力でどうしようもできない部分を補ってきた。だが、今日でそれも無駄になるようだ。
「わたくしは何もしておりません。」
事実、わたくしは何もやっていない。異国の地に来たユーリ様のお世話係を陛下の命令で行った。これは国家機密の情報だが、聖女とはこの国を支えるため人柱となる方。学園を卒業してすぐ、洗礼の儀を行い精霊の木に聖女の“心臓”を閉じ込め封じ、心臓の魔力が尽きるまで精霊の木の栄養分となる。そして精霊の木が魔力で満ちると魔石を生み出し、その魔石は国を繁栄させることができる。
乾いた地面を潤し、枯れた木々を初々しい木々に変えることができる。そのため聖女の存在は国にとって神のような存在なのだ。
陛下から話を聞いた日に同じくしてオヴィアン様もこっそりと聞いてしまったらしい。しかも運が悪く「聖女を人柱にする」という部分だけを聞いてしまい、今の現状に至る。
「ユーリ様を陛下と共に陥れようとしたことに、ひどく幻滅します。そんな方だとは思っていなかった。弁論は結構だ。既に耳にしたからな。」
つまりわたくしに反論は許されないらしい。
わたくしと殿下の婚約は親同士で決められたものだった。それこそ権力争いが起こらないように。魔力石が埋め込まれた指輪を使い、魔力を扱っているため魔力なしとは気づかれなかった。それは殿下も同様に。
殿下のことを好きになろうとした時期があった。わたくしの婚約者となる方…顔はこの上なく美しく聡明な方。親同士で決められた婚約でも、きっと…きっと……彼のことを愛し愛される日が来るのだろうと。だけど、彼がわたくしを見つめる瞳は他者と変わりのない興味のない瞳。そんな方を愛すことができるか、答えは否。愛すことができなかった。
それは今現在も同じこと。わたくしは彼を愛すことができない。
「殿下、いくらあなた様でも公爵家の者を国外追放することは不可能でございます。」
殿下はこの国の次期王であって、地位が高いと言えど公爵家の者を国外追放をするほどの力を持ち合わせていない。この程度の知識など、聡明な殿下なら理解しているはず。それでもわたくしに対し、国外追放と言い渡した。それほどまでユーリ様のことを愛しているの?わたくしには理解ができない。
「そんなことぐらい理解している。もう手回しはしておいた。後はお前をこの国から追い出すだけだ。」
つまり、最初から理由有り無しで国外追放する予定だったのね。彼の言葉を他人事のように考えてしまうあたり、あまり現実味が無いせいかしら。彼に対し全く何も感じない。国外追放された後、何をしようかしら?平民になり一人で自給自足生活も楽しそうね。料理をするのは前々からよくしている。農業についても妃修行の一環で学んだことがある。その知識があれば、なんとか育てられるだろうか。
そんな生活も意外にわたくしに合うかもしれない。今の状況よりずっと自由で毎日が楽しそうだ。
「ロゼッタ、今謝れば許してあげてもいいのですよ?」
国外追放された後のことを考えていると、殿下から嘲笑うかのような顔で「許してやる」と口にした。わたくしが地面に這いつくばい、許しをこうとでも思ったのかしら?わたくしは満面の笑みを作った。
「嫌ですわ。」
堂々とした物言いに殿下の瞳はこれでもかというほど、丸く大きく開けられる。その顔は初めて見たかもしれません。
「もういい!連れ出せ!」
騎士達がわたくしの背後に立つ。この件について、お父様には事情も含み話すとしましょうか。わたくしは殿下にお辞儀をし、ドレスを翻し帰ろうとしたときだった。ふわっとわたくしの身体は地面と離れた。
「やっと見つけたぞ。我が乙女…」
低く落ち着いた声がわたくしの耳元で囁かれる。ドクンっと脈打つ心臓がうるさく響いた。声の主を見ると、白銀に近い髪と金色の瞳、この世の物かと思えないほど美しい顔立ちをした殿方。わたくしを見る瞳が愛しい何かを見ているものと同じ瞳で、思わず顔が赤く火照った。
何者かの突然の状況に固まってしまっている会場の人たち。はっ、と我に帰った殿下がわたくしの背後に立つ者を睨みつける。
「お前、何者だ」
「あぁ…やっと会えたぞ。乙女…そなたの名を教えてくれないか?」
殿下のことを無視し、わたくしの頬を壊れ物を扱うかのように優しく撫でる殿方に「ロゼッタ・リバースと申しますわ」と答えた。あまりの神々しさに声が震えてしまったが、そんなことを気にしている余裕などなかった。
「ロゼッタか……美しいな」
のぼせてしまいそうだ。顔の火照りを隠すように下を向いた。顔が熱い、心臓が…鼓動がうるさく響く。この感情は一体何?
「おい、無視するな。」
低く嫌悪を表す殿下の声で我に帰る。そうだ、この方は一体何者なのかしら。わたくしのことを「我が乙女」と言っていた。なんのこと?
「俺は精霊の木を守る妖精王だ。そしてロゼッタこそ、我が乙女。ずっと探し求めていた。」
妖精王と名乗る方はわたくしの頬や髪に口づけを落としていく。恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい。
「乙女?もしお前が本物の妖精王だとしよう。そうなれば、乙女はロゼッタではなくユーリだろう。」
「何を言う。そこの黒髪の女は精霊の木の生贄だ。そんな者と我が乙女を一緒にするでない。いくらこの国の次期王といえど、発言に気を付けろ。」
妖精王の放つ鋭い殺気がぞわりと背筋を凍らせる。殿下も固まって動けない。こんな強い殺気に当てられたことがないせいか、腰を抜かしそうになるのを抑えた。この会場にいた何人かの令嬢は殺気に当てられ気絶する者や気分が悪くなったものがいるようだ。
“妖精王”と信じてしまう実力と容姿。本当に彼が妖精王?魔力がないのも、もしかすると妖精王の乙女だから?それは少し考え過ぎかしら?
「いや…嘘よ。生贄?私が……??」
カタカタと恐怖に震えてしまっているユーリ様。当たり前だ。こんなに国が聖女を大切にされているのは、後にこの国の人柱となるためだからなのだと知ったのだから。殿下はそんな彼女を心配そうに宥めている。
「嘘を言うな!」
「嘘?なぜ嘘を言う必要がある。生贄の魔力と引き換えに魔力石を生み出しているのだ。国のために生贄として差し出してきたこの国の貴族であろう?」
そう言い放つ妖精王に押し黙ってしまった殿下。愛する人が実は生贄のために生かされていたのだと知ったら、もしわたくしが同じ状況下ならどうしたものか。
きっと涙が枯れるであろう時まで泣き続け、衰弱してしまうだろう。心が壊れてしまうまで泣き続け、この世界を恨み続ける。今回ばかりは少し殿下に同情してしまった。
聖女が現れたら、国の人柱として精霊の木に捧げる。それはこの国の古くからの掟であり、絶対的暗黙のルールなのだから。
「まさかロゼッタ……お前、このことを知って…」
絶望にも近い声が殿下から発せられる。わたくしはコクリと静かに頷いた。そして聡明と称えられた彼は陛下と話した内容がこのことなのだと理解する。なぜ、なぜ言ってくれなかった!こんなことなら彼女を愛すべきではなかった!と悔やむ彼の気持ちがひしひしと伝わる。
「ファイアーボール!」
殿下が魔力で作り出した火の玉がわたくしに向かって飛んでくる。反応が遅れ反射的に目を閉じる。それから数秒そうしていたが、いつまで経ってもファイアーボールは来ない。恐る恐る目を開けると妖精王がこちらに向かってきたファイアーボールを止めていた。
「ふむ、威力はまあまあといったところか。」
妖精王が片手を上げ拳を使ったと同時に、ファイアーボールは消え去ってしまった。圧倒的実力差に思わず目を開いたまま硬直してしまう。そんなわたくしの様子に気がついたのか、頭を撫でられ頬に口づけされた。
「大丈夫、すぐ片付くよ。怖がらなくていい。」
幼い子を宥めるかのような心地よい声に、徐々に身体が緊張を解く。殿下を見れば膝から崩れ落ち歯を噛み締めていた。わたくしはそんな彼を見つめ、静かに呟いた。
「わたくしは陛下からユーリ様のお世話係にと命令を受けました。聖女はこの国の人柱であり、国を繁栄させるための必要な生贄である。だからこそ聖女は国に大切にされ、王家が直々に守るのだと。」
ユーリ様の顔を直視できない。絶望のような顔を誰が直視できるというのだろう。仮にも同い年であるのに、生贄として若くして死ななければならないなんて。
「この話は時期が来たら殿下にも話される予定でした。これは書物に記されておらず、王家が代々口から口へと語り継がれていく話でございます。」
最初に聖女を精霊の木に埋め込もうと提案した先代陛下から何百年と時を超えた今でも、口から口へと語り継がれている。殿下が聖女に恋する、なんて誰が考えただろうか。だからこそ、陛下も殿下に聖女について話すことが遅れてしまった。
「殿下、国外追放の命令に従いますわ。今までありがとうございました。」
慣れたお辞儀をする。これ以上わたくしはどうすることもできない。この状況を早く陛下に伝えなければ。その前に妖精王様に身体が浮く魔法を解いてもらわなければ。
「妖精王様、そろそろ魔法を解いてくださいませ。わたくしにはまだこの地でやるべきのとがございます。」
妖精王様の瞳を直視して下ろして欲しいと懇願する。そんなわたくしの思いが伝わったのか、妖精王様は愛おしそうにわたくしを抱きしめた。ぎゅーと力強く、まるで行ってこいと言われているような。
「震えるな。大丈夫だ、そなたならできる。俺がお前の望む場所まで移動してあげよう。だからそなたは胸を張れ、堂々としていればいい。」
震える…?その言葉でわたくしは初めて自分の身体が震えていることに気付いた。だけど、妖精王様の言葉で緊張や不安が全て消え去ってしまった。
なんて心強いのだろう。わたくしはふふっと笑い妖精王様の言葉通り、堂々と胸を張った。
「では、わたくしを陛下の元に連れて行ってもらえませんか?」
「ふっ……あぁ、いいだろう。」
おかしそうに笑う妖精王様が指を鳴らした時だった。一瞬で周りの景色が変わり、入ることの許されない陛下の部屋だろう場所にわたくしはいた。気配がわかったのか、陛下は剣を持ちこちらを睨みつける。
「陛下、ご無礼をお許しください。ロゼッタ・リバースですわ。」
深々くお辞儀する。しかし、未だに警戒は解けないまま。それもそうだろう、いきなり陛下の部屋に瞬間移動しだのだから。また陛下はわたくしが魔力なしなのも知っている。城には魔力が使えぬように特別な結界が貼ってある。それは陛下自ら張られたもの、それを安易と破れる者は存在しない。妖精王を除いては。
「その男は何者だ。」
陛下の殺気に身体が震える。怖い。そんな震えが後ろにいる妖精王様にも伝わったのか、守るようにしてわたくしを抱きしめる。心地よい温もりが震えを抑えた。
「ロゼッタ、大丈夫か?この国の王は昔から殺気高い。だからあのような者が生まれるのだ。」
嫌悪を含ませるその声に陛下は目を見開く。何を察したのかは分からないが陛下は剣を納め、殺気を止めた。殺気が収まり、やっと生きているような心地になる。
「まさか、妖精王か?」
「ふむ、俺の容姿まで伝わっているのか?それは予想外だ。」
妖精王様は一体いつの時代から生きていたのだろう。もし聖女を生贄と提案した先代陛下から、それよりもずっと前から生きているのだとしたら、数百年は生きていることになる。長い年を生きているのに、この美貌。世の令嬢を敵に回しそうだわ…。
「陛下、わたくしは殿下の命令によりこの国から出ようと思いますわ。」
わたくしは先程起きた一連の流れを説明した。陛下は眉間にしわを寄せ頭を抑える。そして説明し終わったあと、ため息をついた。
「ロゼッタ、すまなかったな。我が息子が…迷惑をかけてしまった。」
「いえ、わたくしも悪いのですから。」
静かに目を伏せるわたくしを、じーっと穴が開いてしまいそうなほど見つめる妖精王様。視線に先ほどから気づいているが、怖くて妖精王様を見れない。
「あの生贄を二度と出さない方法が一つだけある。」
妖精王様のお声に思わず目を開く。そんな方法があるの?ユーリ様を生贄にしなくて済む?
「それは…どういった……」
「だが、ロゼッタ。そなたは俺と同じく死ねないぞ?」
死ねない?それは正しく“死”が来ないということなのだろうか。不老不死に?
だけどそれで、生贄が出ないのならと覚悟を決めた。
「分かりました。死ねなくても構いませんわ、生贄をこれ以上出さずに済むのなら。」
「いいのか?死が来ないというのはとても辛いものだぞ?言ったことを後悔するかもしれない。」
弱々しく呟いた妖精王様の言葉。この方も永遠にも等しい時間を一人で生きていたのだろう。ふふっとわたくしは笑った。
「構いませんわ。だって、わたくしにはあなた様がいますもの。末長くよろしくお願い致しますわ。」
目を見開く妖精王様。そして途端に笑顔になった。参ったとでも言いたそうなお顔で。そして陛下に向き直った。陛下もまた目を開いて、しかし穏やかな笑みを浮かべている。
「ロゼッタ、ありがとう。馬鹿息子にも伝えておこう、またいつでもこの部屋に遊びにこい。妻と一緒に茶会でも開き、あの馬鹿の更生について考えようではないか。」
「えぇ、ぜひ。楽しみにしてますわ。」
妖精王様が金色に光る紙を出している。これは…?と口にせず見つめていると妖精王様は不機嫌そうな顔をしていた。何か気に触るようなことをしてしまったかしら?
「これは生贄にと言い出したやつの契約書だ。これを破り、残った魔力をロゼッタに移せば終わりだ。」
契約書なんてあるのね。わたくしは妖精王様から契約書を受け取り、何の躊躇もなく破り捨てた。
「え?早くないか?」
躊躇なさすぎて逆に陛下と妖精王様から心配されてしまった。何かいけなかったかしら?わたくしはもう、永遠に生きるのも承知しているのに。躊躇する理由がないわ。破り捨てた途端、金色の光がわたくしの身体に入っていく。これが魔力かしら?契約書は普通の紙になりボロボロになってしまった。
「せっかくだし、燃やします?」
「いや…あの……お好きにどうぞ。」
若干引き気味の陛下。どうかしたのかしら?首を傾げていると気にするな、というかのように妖精王様はわたくしの頭を撫でた。
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「そんな昔の話よく覚えているな?」
「もちろん!これがレンとの初めての出会いよ?覚えていない方がおかしいわ。」
見慣れた妖精王様のお顔。妖精王様の名前はレンというらしい。なぜレンなのかは教えてくれなかったけれど。ふふっとおかしそうに笑うわたくしを不思議に思いながらも抱きしめるレン。頭を撫でてあげると嬉しそうに瞳を細める。
あれから、何百年と経った今でもわたくしはこうして生きている。精霊の木の奥深く、そこにわたくしとレンは住んでいる。そしてあの国も未だに栄えている。殿下とユーリ様は婚約し子を授かった。その子がまた育ち、子を授かり。今でも続いている母国にはユーリ様を最後に聖女は召喚されていない。
後ほど分かったのだが、わたくしに生まれつき魔力がないのは契約書にかけられた魔力そのものが、わたくしが持って生まれるはずだった魔力らしい。そして魔力なしこそが、契約書を破るための鍵でありレンと共に生きる乙女なのだとか。最初から告げて欲しいものだ。魔力なしと言われたときの絶望は今でも忘れられないのだから。
「レン、愛していますわ。」
「愛している。俺の可愛く愛しいロゼッタ。」
唇に口づけを落とせば、レンもお返しにと口づけを返す。とてもとても幸せな時間。彼と一緒なら、この果てない命も素晴らしいものだ。
end…