6:死に誘う女生徒の声
第一図書室は、第二図書室よりもほんの少しだけ大きい。らしい。傍目には違いがよく分からない。
郷土資料や国土問題について、政治経済など、とりあえず私が絶対に読まないだろうジャンルの本と資料が多いのがこの第一図書室だ。この地域のものから全国版まで新聞までもがおいてあるのは何故なのか、と思いはするが、この学園の図書室は全部合わせなくとも第一第二図書室の蔵書のみで市の図書館よりも充実しているので、まあ新聞くらいあるだろう。
ずらりと並んだ本を何となく眺めてみるが、まずもって背表紙に書かれている本のタイトルが難しすぎて読む気が全く起きない。
昨日図書室で百鬼先輩に「明日は第一図書室に用事があるので来られないんです。感想は、次回会えた時に言いますね!」などと言いおいてきたのだが、来れないと言った瞬間にとても残念そうなお顔をしていたように見えたので、明日には第二図書室に戻りたいところである。もちろん明日に第二図書室へ行ったところで待たれてはいないと思っているが、それはそれ。私は推しに会うためにではなく、会えたらラッキーくらいの感覚で今も通っているのだ。例え会える確率がほぼ百パーセントだとしても、である。
なのでなるべく今日中に、昼休みじゃ足りないのは確実なので放課後も使ってでも調べたいのだが。
一先ず新聞を調べるとして、十年前、と区切ったところで、めちゃくちゃたくさんあるのである。ここの新聞はパソコンのアーカイブに入ってるので検索はかけられるようになっているのだが、死に誘う女生徒の声、という呼び名は最近に定着したようなのでキーワードには当てはめられないのだ。ちょっと心が折れる音がした。
ただ、行方不明や渡り廊下など区切って調べれば何とかなりそう、ではある。時間はかかるだろうけど。とりあえずこの学園の渡り廊下、行方不明、声なんかのワードで調べてみようと思う。
この「死に誘う女生徒の声」という怪異の共通設定は七人ミサキ形式であることと、誘われるのは圧倒的に女子が多い、というところだ。
もちろん男性も渡り廊下で誘われるのだが、被害者の七割は女性だった。
七人ミサキというのはざっくり説明すると幽霊集団なのだ。彼ら彼女らの魂は常に七人いて、誰かを祟りで殺すことで七人の中の一人が成仏し、その殺された人の魂が新たなミサキの一員となる。つまりは一人殺しては一人成仏し、というのを繰り返す怪異なのである。彼らは解放されたいから生きている人間を死に誘い続けるのだ。
誘う声は、その魂の中の誰かの声なのだという。
つまり男性の声も中にはあったはずなのだが、なぜだか怪異の名前は「女生徒の声」とついているので、もしかしたら組み込まれたら変質するのかもしれない。ちなみにその辺は設定資料集だと「女生徒の声、と名付けられたことにより聴こえる声は女性のものだけになった怪異」とあったので、おそらくこの通り名がついたことにより誘う声から男性の声は消えたらしい。
あたり姫では、怪異は全て知名度の高さがそのまま怪異の強さに繋がるという設定があった。
多数の人に知られているということは、その人数分、存在を肯定されているに等しく。本来現実のものでは決して有り得ない怪異は、その恐怖という感情により存在する力を得ているらしいのだ。怪異を恐れるということは、そのままその怪異の存在を肯定していることにもなるのだった。
つまりこの世界、名前のついてない怪異はそう注意することも無いが、名前付きの怪異は総じて力が強いものが多いのだ。
そしてあたり姫でヒロインの解決する怪異は、お察しの通り全てが名前付きである。
(わたし、どえらいもんをしらべようとしている……)
パソコンを前に遠い目になったのは仕方ない。仕方ないのだ、でも調べたい気持ちは消えないのだから、オタクの推しに対する心の占有率の高さが伺えてしまう。これを調べたところで百鬼先輩に感謝されることもないだろうし、むしろ気付かれないことを望んでるけど(だって自分に関連すること調べ回ったとかストーカー呼ばわりされても仕方ないやつですし)、それでも行動するのが心に唯一と決めた推しを持つオタクというもの。
さて昼休みは短いぞ。たったの五十分、ここに来るまでに五分は要しているので予鈴まではおよそ残り四十分。それまでに触り程度でも調べなければ。
さてなんて打ち込もう?
声、幻聴? それか行方不明、渡り廊下も入れた方がいいか。
ひとまずポチポチと思い浮かんだ言葉を入れて検索してみる。幻聴、渡り廊下、行方不明、日付と絞って……まてまて百件超えたぞ。あれ、片手に足りるが両手に足りない程度の被害者数ではなかったの?
小声で「えええ……?」と困惑してしまったのは言うまでもない。もしかして他の怪異も混ざってるのだろうか。混ざってそう。名前のなかった頃なんて似たような内容の怪異と混同されても仕方ない気がする。
「……先に、名前付きから調べて遡る?」
「なにを?」
「渡り廊下の声…………へ?」
独り言に降ってきた声に思わず返事をしかけ、振り向いた先には。
「怪異なんて調べてどうするの、君。しかも渡り廊下……死にたいの?」
黒髪短髪、大人しそうな眼鏡の同学年の男子生徒が訝しげに私を見下ろしている。
きっちりと第一ボタンまで閉めてネクタイも崩さず、これぞ模範の男子生徒の図です、と言わんばかりの見た目の彼は、すいと伸ばした指先で私の調べていた画面を閉じた。
「そんなの調べるのやめといた方がいいよ、君。関わるとろくなことにならないって知らないのかな。能天気の子? そんな危機管理能力の低さでよく今まで生きて来れたね」
知っている声。知っている話し方。なかなかキツい物言いが彼の心配の裏返しなのだと、それも知っているし、勿論見た目も知っているとも。
この人、同じクラスではないけど、私は知っている。
「眼目かなめ……?」
「俺の事知ってるんだ」
この人、語部さんと同じクラスのクラス委員長になる人……ファンディスクでルート解放及び攻略対象化した、あたり姫では言葉は鋭いけれど人懐こくて可愛い枠の、人気投票上位のキャラだ。