55:恋人同士でごゆっくり
樒さん、にこにこと切り落とした髪を眺めて。そうして、手に持った髪をその場でぱくりと食べてしまった。
ガサガサと紙袋を取ったと思ったら、おもむろにぱくりである。
「えっ!?」
思わず声が出た。綺麗な顔をした男の人が上向いてあーんと口を開けて髪を食べだしたら、だれでも驚くと思う。食べたのが髪の毛という気味の悪さも相まって、結構な大きさの「えっ!?」が出てしまった。
「うん?」
もぐもぐ、ごくん。そんな擬音が付きそうな感じに食べていた樒さんが、私の方を向いて首を傾げる。
なんて言ったらいいのか、と口をパクパクとさせていた私に、ああ、と樒さんが頷く。
「大丈夫、悪用はしませんからねぇ」
「いやっ、そこはもうぜんぜん、ちが、いやえっと、喉に絡みませんか……違うそうじゃない、ええーっとその、えっと、おいしくないのでは……でもない、あの」
「私神様ですから髪の毛くらいは食べられますよ」
「あっはいそうですよね??」
神様って、すごいんだなぁ……。
混乱しきった私に、樒さんはにっこりと笑った。美味しいですよ、という言葉は聞かなかったことにする。
「はい、きみはこっち」
そのままくるりと向きを変えられ、百鬼先輩の方へとんと背中を押された。そのまま百鬼先輩が私の手を取る。流れるようなやり取りである。
「物も渡しましたし、対価も頂きました。ちなみに使い方は」
「知ってる」
「でしょうねぇ。なら注意点を」
樒さんがそう言って、ぱちんと両手を叩く。どこからか出ててきたホワイトボードにさらさらと文字やら絵やらを描いていくと、私たちに向き直った。
「まずこちら。品物之比礼と言います。本来の品はこの上に置いたものを清めたり出来るものになりますが、これはレプリカですので、回数制限がございまして」
不思議な文様の布を指し、樒さんが説明してくれる。十種神宝、名前は知っていても効能はそういえば知らないな……と興味深く聞いていると、樒さんがにこりと笑顔を向けてくれた。勉強熱心なのはいい事ですからねぇ、と笑っている。
「事象の大きさ、穢れの深さ、使用者に関わらず、使用できるのは三回まで」
指を三本立てたポーズで、樒さんは私ではなく、百鬼先輩の方へと言った。
「それから、死返玉を併用するのであれば、一度のみ。一度の使用で、これは耐えきれず崩れるでしょう。まあ、レプリカで一度でも使えれば相当に優秀ですからね。そこはご容赦ください」
まあ一度でも使えればきみはどうにか出来るでしょう、と百鬼先輩に意味深に問いかけてから、樒さんはホワイトボードを指す。死返玉の精神作用について、と書かれた部分だ。
精神作用、とは……なんか怖い文言ですね……。
「死返玉は、手順を間違えると気が狂います。正しく魂を戻せなかった状態、と考えてもらえればわかるかもしれませんねぇ」
さらっとお出しされた精神作用、中身があまりにも怖すぎる。気が狂います、の一言でどれほど危険か察せる言葉のチョイスも怖い。
「手順は?」
「……知っているよ。分かっていて釘をさしてるね、樒」
「ええ、もちろん」
にこやかに頷き、樒さんは「後でマニュアルにして渡しましょうねぇ」と言った。十種神宝をマニュアル化、その字面がすごい。
そしてかさかさと音を立てつつ紙袋をかぶると、おまけですと林檎を一つ渡された。
「さて私からはこれくらいですから、あとは恋人同士で、どうぞごゆっくり。道は開けてますから、そのままデートでもいかがです?」
で、デート!?
驚いた私を他所に、百鬼先輩は「ああ、それもいいね」とにこやかに私に視線を向けてくださる。待って欲しい、急展開すぎませんか。
「どこにいこうか。目的地は決めずにぶらぶら歩くのもいいね」
決定事項な感じで百鬼先輩が私の手を指を絡める形で握りなおす。嬉しそうに細められた目と視線が合ってしまえば、その顔を曇らせたくなくて私には頷く他ない。
「……カフェデート、をしてみたいです」
手を繋いで歩くより、飲食店に入って向かい合わせにお喋りの方がハードルが低い気がして(実際図書室で向かい合わせに話していたので慣れがある、気がする)、そっと提案してみた。