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53:加護、あるいは呪詛

 先輩は説明の前に、とおそらく先輩の私服を私に差し出した。浴衣だと楽にできないだろうから良かったら着替えて、とのことらしい。実際私の浴衣はだいぶ着崩れていて、少し落ち着いた今とても気になってしまったので、有難くお借りした。

 百鬼先輩も「俺も着替えてくるね。……なんかすぐ隣の部屋にいくだけなのに後ろ髪引かれるなぁ。ふふ、ああでも俺たちもう恋人だもんね」と私にとてもにこやかにささやいて部屋を出ていく。心臓がぎゃんっと音を立てた気がした。先輩さらっととんでもないことをささやいていかないでください死んでしまいます。


「わ、ぶかぶか……」


 先輩が戻ってくる前にと浴衣を脱いで着替える。

 Tシャツとハーフパンツというゆったりした部屋着らしき服は、サイズが違いすぎて袖は肘あたりまであるしハーフパンツも裾が膝下である。たしかに身長差が結構あるとは思っていたんだけれど、それにしても大きい。そして、ふわりと先輩の匂いがする。


「うう、胸が苦しい……」


 そんな場合では無いのだけれど、今更になって先程のやりとりだとか、恋人だもんねなんて嬉しそうに言った百鬼先輩の声だとかが容量オーバー気味の脳に浸透してくる。

 いや、だめだ考えれば考えるほどだめなやつだこれ。

 百鬼先輩が色々と説明してくれるんだから、ぽやぽやしている場合ではないのだ。

 浴衣を簡単に畳んだところで、扉がノックされる。

 百鬼先輩は私に貸してくれたようなシンプルな無地のシャツとチノパン姿だ。

 とても新鮮……とても新鮮な格好をしてくださっている……。

 ゲームでは夏服と冬服の制服姿、そして怪異の姿の差分しかなかったので、私服姿はなんというか私の中ではレアであったりする。その中でも外出用では無さそうな部屋着はもっとレアだ。ぼけっと見惚れた私に、百鬼先輩は嬉しそうに歩み寄って、ぎゅっと抱きしめた後に抱えあげて膝に乗せた。


「あわっ!?」

「んん、ごめんね。真面目に話すつもりはあるんだけど、ハルカが俺を好きでいてくれたことが嬉しくて、つい」


 先輩もしやお膝に乗せるのお好きなんですか!?

 前にも膝の上に横抱きにされた経験があるけれど、もしかして百鬼先輩は、なんていうか、こう、恋人とはくっついてたいタイプだったり……?

 待って欲しい、さっきまで怪異に巻き込まれて、シリアスだったり両想いになったり頭が混乱している。ちょっと落ち着かせて欲しい。

 あの、と顔を上げたら、酷く真剣な目をした先輩がいた。


「悠、落ち着いて。大丈夫、怖いことしないからね」


 ぐ、と息が詰まる。焦っていた頭の中が、一瞬でぱっと真っ白になったようだった。

 緊張した私の身体に気付いたのか、百鬼先輩は私の背を宥めるように撫でた。


「意味がわからないかもしれない。でも、聞いて」


 百鬼先輩の低い声が、すっと通る。無意識に頷いた私に、先輩は「今、俺の力できみの魂を覆っている」と言った。


「一般的には生命力というのかな。それとも呪い、あるいは加護とでも言うべきか……まあ、なんでもいいかな。今、不安定なきみの魂を俺で覆うことで、怪異からきみを隠している状態なんだ。前にも一度やったけど、あれの強いものだと思って」


 目を伏せた百鬼先輩が、ふっと笑った。それは自嘲ぎみの吐息で、もっと早くこうしていれば良かったかもしれない、と呟いた。

 もともと祓い屋の家系で、怪異混じりになってからは結構力が強く、だからもっと早くこうして隠していれば怖い思いをさせなかったかもしれない、百鬼先輩はそう言った。

 前にも一度、というのは、あの怪異の成れの果てというものに追いかけられた時だろう。


「きみがなんであれ、きみのままであるなら俺は構わなかったんだ」


 なんのことだろう、なにを言っているんだろう。そう思うけれど、まずは話を聞かないと。先輩が、聞いて、と言ったから。


「これでもきっと、完璧じゃない。何となくわかるんだ。でも、せずにはいられなかった。キスを加護渡しの方法に選んだのは、あの場で、あの規模できみの魂を覆うなら、あれが最適だったからだ──もちろん、きみのことを好きな男がただキスしたかっただけって理由もあったけど」


 ごめん、と百鬼先輩が謝った。先輩が私を思ってやったことだと言うのは、この話でわかった。だから謝られる事なんてなにもない。たしかに急にキスされたのは驚い──そうだキスされてた。思い出したらちょっと息が止まってしまった。

 そ、それにしても、加護渡し、とは、一体なんだろう。先輩が言った説明に、知らない言葉はちらほらとある。


「か、加護渡しとは……?」

「ああ、そうだな……ハルカは、絵本や昔語りで『王子様のキスで呪いが解けました』なんて描写みたことない?」


 それは、前世も含めてよく聞くものだ。昔話のセオリー。呪いで姿を変えられた王子がキスで元に戻ったなんていうのもある。


「キスはね、最も古い(まじな)いなんだよ。詳しい原理は解明されてないことも多いから省くけど、口付けることによって、お互いの魂を接触させ、そうして作用させるものなんだ。今回俺がやったのはこれ。前回は魂を覆うんじゃなくてきみ自身を覆った感じなんだけど、違いの説明は長くなるからそれはまた今度」


 百鬼先輩の手が、私の額を先輩の首元に押し付けるようにして抱きしめる。少しだけ小さなため息が耳元を掠めた。


「一応ね、身体接触をしない加護渡しもあるんだ。陣と形代を用いた、呪術的な儀式様式の。でもそれをするには準備が足りなかった。ハルカ、今度は、恋人同士のキスをさせてね」


 加護渡しじゃない、ただ恋しいからするキスがしたい。

 そう囁いた先輩は、言葉も返せないでいた私を膝から下ろして立ち上がらせると、手早く私の浴衣を近場にあったバッグに丁寧に仕舞った。


「これ以上は遅くなるから、もう送っていくね。ああ、服はそのまま着て行っていいよ。返すのもいつでも」


 話を全て切り上げて、帰ろうか、と私の手を握った。


 

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