52:勢い零れた告白
目が覚めた時、見慣れない天井がまず視界に入った。
そうして、仰向けに寝ていたらしい私を覗き込む、心配そうな表情をした百鬼先輩の顔。
「……えっ」
状況が全く分からず間の抜けた声を上げた私に、先輩は安堵したように笑った。私の上から退いて、肩を支えるようにして起こしてくれる。
「目が覚めて良かった。どこか苦しいところや痛いところはない?」
問われて、首を振る。どこもなにもないです、と答える。
本当に状況がわからず、思わず部屋を見渡すと、先輩は事もなげに言った。
「説明をしたくて、俺の家に連れてきたんだ……あと、無理やりキスしたことも、謝りたくて」
しょんぼり、というような顔をして、先輩は私に「許して欲しいとは言わない。でも、嫌わないでくれたら嬉しい……自分勝手だと分かっているけれどね」と囁くようにして、目を伏せた。
頭が追いつかないこと数秒、先輩の顔を見ていたら唐突にぶわりと気を失う前のことを思い出して、ひゅっと息を飲む。
先輩にキスされた、怖かった、何が何だか分からなかった、でも私だってあなたが好きだと答えたかった。
そんなあの時の感情までついてきて、私は頭で考えるよりも先に叫んでいた。
「わ、わたっ、わたしっ、私も、先輩のことが好きです!」
言ってから、違うそうじゃない、と頭のすみで思ったのだけど、驚いたように目を見張った先輩を見ていたらどうしてか言葉が止まらなかった。
だってあの時、先輩の暗い昏い目を見て、どうしても伝えたかったのだ。怖くて逃げ出したくて、それでも好きだと言いたかった。その時の感情が今言葉を走らせている。
「あのっ、その、怖くて、私先輩のこと怖がりたくないのに……っ、逃げたくって! でも、でも先輩のこと好きです! きっ、きす、も、嫌じゃなくて! ずっと好きって言って貰えて、嬉しかったんです!」
とんでもないことを叫んでいると思ったけれど勢い付いた言葉は留まってはくれず、私はあの時に伝えたかったことをそのままに先輩に差し出していた。差し出したっていうか、先輩からしたら投げつけられている勢いだったかもしれない。
「怖がってごめんなさい、私先輩を信じるって言ったのに、でも、本当に私は……っ」
顔はきっと真っ赤だ。焦りすぎて、呂律も怪しい。それでも先輩に悲しそうな顔をさせているのが自分だと直感的に分かったので、どうしたって私は先輩に気持ちを伝えなければいけなかった。
最初のうち、遠慮していたのなんて忘れてしまって。話せればいいな、なんて淡い気持ちだったことも、もう遠い過去みたいで。
先輩と話すようになって、仲良くなって、怪異に巻き込まれたのを助けてもらって、手を繋いで、抱きしめてもらって、もう自分でどうしようもできないくらいに好きになっていたのだと、伝えなければならなかった。
勢いだけで叫んでいた私を、先輩は泣きそうな顔をして、ぐいと抱きしめた。結構な強さでぎゅうと抱きしめられてしまって、貴方が好きなんです、と続くはずだった言葉が息と一緒に詰まってしまう。
「嗚呼、ああ──好きだ。好きだよ。…………手放せなくてごめん、どうしたってきみが好きなんだ」
耳元で聞こえたのは、喉の奥で潰されたような声。先輩が泣いている、と思った瞬間に、私の涙腺も決壊してしまった。
ひぐ、と喉が詰まって、視界はゆるゆると潤んでいく。目が熱い。息が苦しい。無意識に先輩にしがみついた手は、まるで縋るように先輩の浴衣を握っている。
二人してわあわあと泣いて、落ち着いたのは、だいぶ時間が経ってからだった。
「お義母さんには、少し遅くなりますって俺から連絡してあるからね」
そんな言葉を先輩が言って、まだ濡れている私の目元を優しく拭う。
いつの間に。というよりも、どうやって。疑問が顔に出たんだろう、百鬼先輩は私の携帯を持って「ちゃんと認証とかパスワードとか設定しておかないとダメだよ」と苦笑した。
誰かに触られるものでもなし、と思っていたので電源ボタンを押せば開く仕様だ。確かにセキュリティが軽すぎる。
つまり先輩は私が寝ている間に、私の携帯から母に連絡をしてくれたのだろう。怪異に巻き込まれてしまうので送り迎えをしてくれている先輩、と家族には通っているし、迎えに来てくれた先輩と何度か顔を合わせているので、母も父も全面的に先輩を信用している。
「もう遅いけど、説明だけさせてほしい。いいかな」
終わったらちゃんと送っていくからね、と先輩は私に柔らかく笑ってみせた。
やっと二人を両思いにさせられました。書き始めてから長かった……途中筆が止まっているあいだ、感想を下さった方のおかげです。ありがとうございます。
もう少しお付き合いいただけましたら幸いです。