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 図書室に通うこと、二週間。

 なぜか。本当に何故なのか、私はほぼ毎日百鬼先輩に会っている。


「これはどうだった?」

「私にはちょっと流れがよくわかりませんでした……なぜ、なぜ魔女のおばあさんが王子に倒されるのか……めちゃくちゃ良い魔女なのに、なぜ……」

「それはね、王子がその歌姫を攫いたいからなんだよ……だから育ての親である魔女が邪魔だったんだ」

「正々堂々と真正面から親に挨拶に来なさいよ王子……うう、おばあさんが可哀想すぎる」


 仲良くなってる……なんだろう、私推しと仲良くなっているぞ? 

 次に会えるのはいつかな、なんて思いながら読み終わった絵本の返却に行った翌日、朗らかに笑って「やあ、ハルカ」と小さな声で呼びかけてきた百鬼先輩にはとてもびっくりしたのだ。驚きすぎて物色してた絵本を一冊落としてしまい、先輩に拾ってもらうという失態をおかしてしまった。お手数をお掛けしました……反省である。

 初めに思い出した時の「遠くから眺めるだけでもきっと嬉しい」なんて考えは、一週間も経てば早々に消えてしまった。今では明日も会えたら嬉しい、またお話したい、なんて思ってしまっている。

 これはちょっと良くないのでは、と思いはするのだが、百鬼先輩との絵本談義は純粋に楽しく、そして笑顔が見られるのが心から嬉しいのだ。ゲームでは見えなかった姿が見られるのが、尊くて嬉しくてたまらない。

 あんまり深入りしないようにしなくちゃ、と思っても、百鬼先輩の姿を見てしまえば明日も会いたくなる。明日こそは、と思っても同じことだった。ずるずる続けて、気づけば二週間だ。

 できれば。このままの先輩でいて欲しい。怪異なんかにならずに、気のいい先輩として卒業して欲しい。彼に消えないで欲しいのだ、私は。


「ハルカは本当になんにも知らないから、勧め甲斐があるなぁ」


 借りるのは基本的に絵本なので、家に帰って読んだってそんなに時間はかからず、次の日には返せてしまう。そして返しに行くと百鬼先輩がいて、次の本をお勧めしてくれるのでそれを借りていく、という流れが出来上がっている。

 昼休みの間は私が借りた本の感想を言い、それを楽しげに先輩が聞く、という時間になるのだ。私の感想は、先輩にとっては中々物珍しいらしかった。

 正直にいえば、この時間がずっと続いてほしい。だって大好きな人が笑っている。この時間を続けていれば、もしかしたら先輩が怪異に手を伸ばす時に気づけるかもしれない、なんて大それたことも考えてしまう。

 私はモブでしかないけど、前世ではずっと彼を救いたかったのだ。大それたことだって考えてしまうし、ふとした瞬間にはどうやったら助けられるか考えたりしている。


「次はなにを……ハルカ? どうしたの、変な顔して」

「……へんて、酷いですよ先輩」


 どんな顔をしていたんだか、多分きっと眉を寄せたしかめっ面だっただろう。

 百鬼先輩はごめんごめんと軽く謝って、また一冊を手に取り私に差し出す。


「君は面白いなぁ……本当に、君と話すのは楽しいよ」

「ひえ……」

「ひえ?」


 これ、ゲームだったら絶対スチルのあるシーンだ。

 高い本棚を背景に、一冊の本を手渡しながらはにかむ百鬼先輩。キラキラしたエフェクトまで見えるような、まるで完成された一枚の絵のような光景だった。

 思わず悲鳴がでかけて息を止めたら、目を丸くした彼が笑った、その表情すら。

 尊すぎて、泣いてしまいそうなほどだった。





 情報収集くらいはしてもいいんじゃないか、と思い始めたのは、図書室に通って一月半ほど経った頃だった。

 何が出来る訳でもないけど、実際多分何も出来ないんだけど、それでも少しくらい調べたっていいじゃないか。だって彼は推しなのだ。好きな人に纏わることを調べるのは、普通のことだと思うのだ。

 そんな言い訳しないと動けないモブの私は、とりあえず百鬼先輩に関連する怪異四つを少し調べてみようと思いついた。思いつくだけならタダだし、そもそもここの図書室で調べ物をするのであれば費用はかからない。

 まず金糸雀の鳴く鳥籠、この怪異の情報をくれる生徒は隣のクラスにいる女子生徒だ。名前は鳴瀬カナリア。名前そのまんまである。ただこれは遭遇する時期がヒロインが来てからなのでまだ会っても意味が無い。カナリアさんめちゃくちゃ可愛いハーフの女の子なのでお近づきになりたいが、下手に関わると命の危機が鉄則なこの世界ではちょっとむりだ。

 幸福の絵本……これの鍵は百鬼先輩その人なので、何を聞けばいいのかということになる。下手につついてやぶ蛇になったら自分が許せない。自分が先輩の怪異堕ちの原因とか、考えるだに無理にもほどがある。そんなことになろうものなら死んでお詫びするレベルである。

 廊下でさまよう迷子の声、これもヒロインが転入してから起こるはずなので誰に聞いてもまだ多分情報がないはずだった。

 となると、死に誘う女生徒の声なのだが。


(これはちょっと……手を出すのはなぁ)


 キーとなるのはここの生徒ではなく教員で、誘市しなの先生という方なのだけど。

 この先生、途中で誘われてしまうが助けられる枠の人なのだ。助けるのはもちろんヒロインであり、そしてこの討伐イベントはどの攻略キャラでも発生する。

 百鬼先輩に因んでいるのなら、これは狐野陸ルートを通らないと行けないのだけど。

 そうなるとここで下手に手を出して時期を早めてしまうと宜しくない、と思うのだ。私がゲームと同じことをして助けられるかも分からない、だから手を出せない。そして全部の攻略キャラに起こるものとするのなら、今は誰のルートでもないから誰の攻略法で行けばいいのかわからない。そもそもクリアするには攻略対象が誰か一人ついててくれないと無理なので、私一人で出来ることが無いに等しい。

 調べるだけなら事件自体は十年以上前からあるのだから、当時の新聞あたりでざっくり調べられるはずだけれど。


「それをしてて私が誘われたら、私多分死ぬ……」


 うん、詰んでるな。

 何もできることがない。いい考えかと思ったけれど、やはりモブには荷が勝ちすぎているらしい。そもそも一般人が怪異に手を出そうと言うのがおかしいのか。

 それでも、何かしたいと思ってしまうのは、この一月半もの間ずっと先輩と絵本談義をして、図らずも親しくなってしまったからだ。親しくと言っても、モブなりの範囲ではあるけれど。

 遠くから見られればいい。それが、話せたら嬉しいになった。そうして、あしたも笑顔が見たい、と今思ってしまっている。どんどん図々しくなる私は、思っていた以上に百鬼先輩が好きなのだった。

 

「……あ、渡り廊下に近づかなければ、ワンチャンあるかも?」


 実際に誘われる渡り廊下、あそこを避ければいいのでは? 新聞を調べるだけなら、いけるかもしれない。その辺の新聞のアーカイブは確か第一図書室にあったはずだ。

 明日、百鬼先輩に明後日は第二図書室に来られない旨を伝えておこう。約束はしていないけど、日課になりつつあった絵本談義だ。もしかしたら、万が一……いや億に一でも待たれていた場合はわたしが罪悪感で死ねる。

 そうしたら、とりあえず明後日。


「……調べたところで、なんか情報が出てくるとは限らないけど」


 いや、自己満足でいいのだ。オタクは推しのために動くのが当たり前、それは相手に見てもらうためではないのだ。自己満足でしかない。これも、何もしないままで百鬼先輩が消えたら絶対後悔する私のエゴだ。


「危なくない程度にがんばって調べてみようかな」

 

 いのちだいじに。よし。

 危なくなったらとりあえず逃げられるようにしておきたいな、ととりあえずゲームのシナリオを脳内に浮かべてみることにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。次話も楽しみにしています。 [一言] ハルカさん、危ないよー。行ってはダメよー。
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