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 先輩は私を支えるみたいに腰に手を回すと、怪異を見た。

 ざわりと雰囲気が変わって、先輩の眼の色が変わる。怪異の彼は、それを見て少しだけ距離をとった。百鬼先輩が怪異混じりであるとわかったのかもしれない。


「あの、百鬼先輩」

「うん?」


 先輩が何をするのかとも思ったけれど、とりあえず私のお願いを言わなければいけない。出口が時間経過で現れるということは、そのうち消えてしまうということだ。つまり、急がないと現れた出口が帰る前に消えてしまう可能性がおおいにある。


「この人の恋人さんを、探せませんか」


 先輩が私を見た。目を瞬かせ、何言ってるの、と低い声が言う。

 ……もしかして、先輩は少し怒っているんだろうか。イラついているようにも見える。

 いや、それはそうかもしれない。また怪異に巻き込まれた私に呼び出された上に、よく分からないお願いごとをされているのだ。そりゃあ温厚な先輩もちょっとイライラするかもしれない。


「このひと、ずっと恋人さんを待っているんです。私と恋人さんを見間違えたって言ってて……会わせてあげたいんです。あっ、私、何もされてないです。出口も教えて貰ってて」


 眉をしかめ、少しだけ目を細める先輩に、慌てて補足する。もしかして悪い怪異だと思われたのかもしれない、と思ったので、紳士的なひとであったと説明した。実際、何もされてはいないのだ。話しかけられて、出口教えて貰って、それだけ。

 私をじっと見ていた先輩は、空いていた方の手で私の頬を包むと、そのまま上を向かせた。上向いた私に、先輩が顔を近づけてくる。額を合わせるようにした先輩は、私の目をじっと見つめている。

 近い、とか、恥ずかしい、という感情よりも先に、先輩の目がどこか不穏に見えてしまって、少し身構えてしまう。


「……操られてはいなさそう、か」


 操られて、と呟いた先輩に、それを心配してくださっていたのかと腑に落ちた。なるほど、状況を考えればそれは確かに疑うべきだ。攫われておいて、攫った怪異の味方してるとなれば、それは操られていると思われても仕方ない。


「で、恋人っていうのは?」


 これは、私ではなく怪異の彼の方へと向けた言葉のようだった。

 雰囲気はいつもの先輩に戻っていて、眼の色も元に戻っている。私を離さないままで、先輩は怪異の方を見た。先輩から一歩下がっていた彼は、首を傾げ、先輩を見て、そうして私に視線を向ける。


「……ああ、彼は、きみの、こいびと、かな」


 曖昧に輪郭を揺らがせて、なにか納得した、というように私に向かって言った。

 まって、ちがう、違います、と私が声をあげるより先に、先輩が「そうだよ、だから返してもらう」と肯定した。

 なにを言ってるんですか、と先輩を見上げた私に、先輩はパチンと片目をつむって笑った。


「この子が協力したいというから、俺も協力しよう。……ずっと待っている側の気持ちは、俺も理解できるからね」


 貴重なウインクをいただいてしまった、と私が言葉も忘れて見入っていたら、先輩は柔らかな声で言ったあと、すいと彼に向かって手をかざす。

 レアもレア、ウルトラスーパーレア級のウインクをなんでか分からないけどいただいてしまった……神ファンサすぎませんか……とぐるぐる考えていたら気づいた。これはあれだ。合図のウインク、というやつだ。

 つまり、この恋人発言の真意は「そういうことにしておこう」ということですね!?

 危ない、うっかり真に受けて否定してしまうところだった。

 否定は良くないと思って、とりあえず怪異の彼には否定も肯定もせずに、にっこりと笑っておく。


「……ありがとう。きみ、も、待っていた、のかな」

「さて、ね。まあ、この子は俺のだから、この子が君を助けたいっていうなら手を貸すさ」


 俺の、と言葉を重ねられて、やはりさっきのはそういうことなのだと納得する。

 怪異は己の所有物に対して物凄く執着する、というのを設定資料集で見た事がある。つまり先輩の物であると宣言すれば、怪異的には他人が執着し目を付けている所有物となるので、面倒な獲物、ということになるのである。

 生徒会の面々がヒロインと巻き込まれるのではなく、巻き込まれたヒロインを助けるために怪異に介入する形が多いのは、これが理由だ。

 つまり先輩は、私を先輩の所有物として主張することで、私を守ろうとしている、ということですね!?

 この怪異は人違いをするだけなので危険はそうないとゲームで私は知っているけれど、先輩はそうではない。なので守りの一環としてそう言っているのだ。


「……なるほど。待ち合わせはここなんだ。これなら問題ないかな」


 先輩は何かを払うように手を薙いだあと、私の方にそっと顔を寄せて耳打ちした。離れちゃだめだよ、と囁かれて、ぞわぞわとしたくすぐったさに震えつつ先輩の浴衣を少し掴ませてもらった。


「ハルカ、それ、少し貸して」


 先輩が私の手からお守りを取り上げ、口元まで持っていく。何かを小さな声で言って、そっと目を閉じている。

 誰を呼ぶか、なんて聞かなくても分かる。

 先輩ならあのお守りで幽霊さえ呼べそうだ、とちらりと思ったのも事実なので、ただ先輩のすることを見守った。

 ただ、あのお守りは私にしか使えないはずなのだけれど──百鬼先輩なのだ。どうにかできてしまう気がするし、百鬼先輩を見ていればお守りは本来の使用方法とは別の使われ方をしているみたいだ。

 どろりと空気が歪む。

 冷気が辺りを取り巻くようで、鳥肌のたった身体を思わず先輩に寄せた。


「──ああ、来るよ。ハルカ、怖かったら目を閉じておいで」


 その言葉に辺りを見まわしていると、怪異の彼が「嗚呼」と声を上げたのが聞こえた。そうして、涼やかな声が「お待たせ」と言ったのが聞こえた。

 

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