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 靄がかかって曖昧な輪郭の、触手のようなものと蔦、木の枝などが混ざった人型の姿。

 それは恋人の声を忘れて、姿もすでに曖昧で、けれどその存在だけは忘れられずにさまよっている、花火大会の怪異だ。


「ごめん、ね……君の、姿が、ぼくの、こいびとに、似ていた、もの、だ、から」


 途切れ途切れの柔らかな声がかけられる。少し前は聞き取れなかった声は、しっかりと聞き取れるようになっている。

 喋るごとに、声を出すごとに、輪郭が人の形に近付いていく。

 ゲームでは、ずっと靄がかかった植物の生えた人間もどきのような姿をしていた。声は声優さんのものを加工した、ざらざらとしたノイズ混じりのものだった。

 恐怖は、どこか遠くに行ってしまったようだった。ぞわぞわと震えていた身体も、いまは落ち着いている。それはきっと、この害意のない声のおかげなのかもしれない。


「浴衣を、着て、会いに、きてくれる……約束を、していてね」


 少し苦しそうな声は、柔らかな話し方だった。きっと生前も、こんな風に優しい話し方だったのだろうと、その声や語尾の柔らかさからうかがえる。


「もう、少し、したら……道が、できるから。そうしたら、そこから、お帰り」


 彼がすっと指をさしたのは、人気の無い道だ。

 何も喋らないでいる私に、彼は帰り道を教えてくれているらしかった。

 ゲームではどうだったっけ。女の子の霊に会うのではなくこちらに迷い込むルートは、鬼塚さんと……確か後輩の安倍公親くんのルートだったはずだ。

 どちらも攻略対象のキャラが女の子の霊を連れて迎えに来てくれる内容だったはずだけれど、ああ、そうか、帰り道の描写はなかった気がする。


「間違えて、しまって、ごめんね……怖かった、ね」


 この花火大会の怪異は、あたり姫のなかでも一番安全な怪異だった。彼はこちらに危害を加えることはなく、彼の恋人も、会えずにさまよって泣いていただけだ。

 少しだけ深呼吸をして、ぐっと胸元でお守りを握りしめる。


「あの」


 目の前の影が、首を傾げるような動作をした。


「私、詳しい人を、呼べるかもしれません」


 樒さんにもらった、会いたい人を呼べるお守り。さっき先輩を呼ぼうと思っていたから、手の中にある。

 会ったことのない人物──それも幽霊に効果があるかは分からないけれど、百鬼先輩なら問題なく呼べるのは確認済みだ。そして百鬼先輩は怪異に詳しい。巻き込むことになって大変申し訳ないのだけれど、先輩ならなにかアドバイスをくれるかもしれない。

 え、と言葉を詰まらせたようにゆらゆらと輪郭を揺らした彼は、嗚呼、と一声こぼした。揺らめく輪郭が、ざりざりと音を立てている。

 雰囲気が一瞬で変わった。まるで人から人ではない無機質なものに変わってしまったかのような、そんな感覚だった。


「……あの子を、呼べる、かもしれない……という、こと? あの子を、呼ぶ。会う。逢える。約束、約束を、守れる、守れる、守る、あの子にもう一度逢える──ほんとうに?」


 両手で顔を掻きむしりながら、ぶつぶつと呟くようにそう言って、きろりと視線を私に向けた。声が一瞬ノイズ混じりに乱れ、曖昧な影のような姿なのに、その視線がじっとりと私に向いていることだけはハッキリとわかった。

 確証はないので、頷くことはしなかったけれど。

 会わせてあげたいと思ったのも、本当なのだ。

 時間経過で外に出られると教えて貰っているし、失敗したら外に出て女の子の霊を探すのでもいいと思う。


「これは、私にしか使えないんですけど……あの、思い描いた人を呼ぶことが出来るお守りなんです。私の先輩がこういうことに詳しくて……試してみる価値は、あると思います」


 私の説明を聞いて、彼は首を傾げた。

 雰囲気がまた変わる。揺らめいては、さっきの優しい人である彼と、囚われた怪異を行ったり来たりしている。

 もし幽霊にも効果があるなら女の子の霊を呼ぶ方がいいのかもしれないが、私はその霊に会ったことがない。会ったことがない幽霊と先輩なら、先輩のほうが確実だ。


「きみ……きみ、は」


 彼は何かを言いかけて言葉をとどめた。何を言いたいのか分からないので促してみたけれど、ゆらゆらしているだけで話そうとしていない。

 とりあえず、先輩を呼んでみよう。

 お守りを手に、心の中で先輩を呼ぶ。怪異の中であっても来てくれるのは、夏祭りの時に証明されているのであまり不安はない。

 頼りすぎなのは自覚しているのだけれど、呼ばなかったら先輩は多分怒るような気もしているから、呼ぶことにたいして申し訳なさはあれど躊躇いはない。ここを出たらお礼にもならないかもだけど何か奢ろう。


「ほんっとうに、きみは、どうしたら俺の所にとどまってくれるんだろうね?」


 直ぐに聞こえた聞きなれた声に、私はほっとして顔を上げた。


「先輩」

「呼んでくれてありがとう、ハルカ。いいかい、次もこういうことがあったら躊躇なく呼ぶんだよ」


 念押しのようにそう言った先輩は、安堵したようなため息を吐いて、私の手を握った。

 

  

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