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47:花火の下で待ち合わせ


 それは一途に待つ恋人の話だ。



 花火大会は、海水浴場……つまり海の近くで行われる。

 海の近くということで少し身構えたけれど、海の怪異がこの花火大会で確認されることはほとんどない。というよりは、海水浴場の怪異は泳いでいる時に遭遇するものがほとんどなので、花火を見ている分には遭遇条件を満たさないらしい。

 私は百鬼先輩から貰った髪飾りを着け、浴衣を着て、夏祭り同様に巾着にはお守りを二種類いれてある。がっちがちに怪異対策した状態で、百鬼先輩と会場に向かい歩いている。


「出店はまわりたい?」

「ご飯食べてないので、何か食べたいなーとは思ってるんですけど」


 出店自体は十時頃からやっていて、特にやることもなかったので昼前集合でも良かったのだけれど(実際ゲームでは昼に待ち合わせて少し歩いて、そうして花火を見て帰るという日程を組んでいた)、そうなると本格的にデートみたいで私の方からも夕方集合にしてもらって助かった気持ちだ。

 いや、考えすぎなのは分かっているし、自意識過剰なのも自覚済みなのだけれど、どうしてもカナリアの言ったキス未遂恋人デートイベントの言葉が離れなかったのだ。

 いやいやないない、ないったらない、と自分にいくら言い聞かせても、ふとした瞬間にあたり姫のデートスチルが頭をよぎるのである。あの夏祭りのとき、先輩が何を思ったのかは分からないが、まるでおまじないのような額へのキスを貰っている──つまり、自分が物凄く勘違いしてしまいそうで、とても困った。百鬼先輩のことをどうしても意識してしまうので、昼からは無理だと判断しました。

 そもそも前世からの最推し、今世では驚く程に仲良くさせていただいている。こんな、好きだとか、恋だとか、そういう畏れ多い上に浮ついてふわついた感情を持っていると先輩に悟られたくない。

 自覚したのがいつだったかなんて覚えていないくらい、私はずっと百鬼泰成というひとが好きだった。

 これが恋愛感情かどうかは前世と今世合わせて初恋な私には上手く理解できないけれど、それでも私は百鬼先輩が好きなのだ。

 救われて欲しくて、笑っていて欲しくて、その隣にもしも私が居られたらと。

 けれどそれが自分のエゴで、独りよがりなのだと、ちゃんと分かっている。


「ハルカ……ハルカ、聞いてる?」


 はっと我に返る。いけない、考え込みすぎて先輩の話を聞いてなかった。


「ご、ごめんなさい聞いてませんでした!」


 直ぐに先輩を見上げ、謝った。

 バッチリしっかりと視界に入る輝かしい推し。浴衣姿が素敵すぎる。目を逸らしかけ、それはだめだと何とか留まる。推しを悲しませる訳にはいかない。


「どんなの食べたいかな、って聞いただけだよ。ふふ、そんな慌てなくても」


 笑っている百鬼先輩がとても眩しかった。繋いだ手を振り払って逃げなかった私は偉いと思う。いい加減、そろそろ慣れてもいい頃だと思うのだけれど、どうにも意識してしまっていけない。


「先輩は、何か食べたいものありますか?」


 誤魔化すようにそう聞いて、私はパッと前を向いた。からころと下駄を鳴らして、生ぬるい風が吹く道を歩く。


「祭りの時とおなじで、半分こにしようか。俺は食べられればなんでもいいし、ハルカの好きな物を食べよう」


 や、優しさの塊かな……?

 百鬼先輩は、私に対して少し甘すぎる気がする。そんなことを考えてしまって顔が赤くなったのは、暑さのせいだと思ってもらいたい。

 甘いものを食べたいけど、先輩もお腹すいているのなら腹持ちのいいものの方がいいかな、そんなふうに思考を散らして、繋いだ手を揺らして歩いた。

 




 こつん、と足がつっかえた。転びそうになって、思わず繋いだ手に縋るように力を込める。ところが、しっかりと繋いでいたはずの手がするりと解けた。


「え……っ」


 何とか転ばずに体勢を保ったけれど、それどころではない。

 振り向いた先に、百鬼先輩がいない。どうして、と辺りを見渡してみても、そこには誰もいなかった。


「……怪異?」


 さすがに、わかる。悲しいかな、伊達に何度も巻き込まれていないのだ。

 十字路の時と同じ、人の気配がないこのどこか分からないような空間は、多分境界と樒さんが言っていたところだ。傍目には、先程歩いていた場所と変わらないように見える。でも人気がないし、あれだけ蒸し暑かったはずの空気が冷たい。

 花火大会の怪異は、恋人を送り届けてあげるものだ。

 それ以外にニュースになっているものは見たことはないから、多分これだろうとは思う。

 この怪異は、女の子の幽霊も怪異になってしまった青年も、どちらに出会っても身体への害はない。血みどろな少女と半分以上人ではなくなった青年の見た目が結構怖いので、精神的にくるものではあるのだが、二人とも人間に危害を加えるものではないのだ。

 いまのところ女の子も、青年も、見当たらない。

 携帯を取り出してみれば、やはり根付の石が少し黒くなってしまっている。

 私は落ち着いて、組み紐のお守りを手に取った。

 花火大会に来る前に百鬼先輩から、もし何かに巻き込まれて、もしそこに百鬼先輩がいなかったなら、直ぐにお守りで呼ぶようにと言われている。

 百鬼先輩を呼ぼうとして、目を閉じた時だった。


「■……■■」


 ぞわ、と背筋が粟立つ。ねとりと滴る低い声が、すぐ後ろから聞こえた。


「……■■、は」


 ところどころ聞き取れない声が、後ろから、私に向かってかけられている。

 どくどくと心臓が嫌に音を立てた。 

 まるでノイズがかかったような声は、後ろから、確実に私に向かって話しかけている。


「■■は、ハ■では、■■?」


 聞き取れないながらも、何か問いかけられているということは分かった。

 振り向けないでいる私の顔のすぐ横に、ぬぅ、と黒い手のようなものが伸びた。

 それはゆらゆらと揺れながら、指先で私の頬をすうと撫ぜる。


「ひっ……!」


 ゾッとするほど冷たい手だった。手と表現しているけれど、実際は手のような形をした靄のようなもので、まるで煙のように揺らめいているのに触れられた感覚は生々しい。

 その手は頬から首を降り、肩を掴むと、くるりと私の体を反転させた。

 

「……き、み、は」


 恐怖に硬直してしまった私を振り向かせたそれは、ぱちぱちと爆ぜながら緩やかに人間の形になっていく。

 頭が煙のように半分ぼやけているが、数秒もかからないうちに少し背の高い青年の形をとる。声もノイズがかったものから、くぐもって聞き取りにくいがちゃんとした言葉になっていく。


「嗚呼……きみも、違った」


 手が離され、そのひとは──恋人を待つ間に怪異となってしまった青年は、悲しげに顔を俯かせた。


 

 

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