44:もしかして お仲間
言葉を選ぶように話していたカナリアは、何度か躊躇ったのち、信じなくてもいいんだと前置いた。
「前世の記憶があるって言ったら……引く?」
え、と瞠目してカナリアを見る。それは思ってもみないことだった。予想もしていない事だった。
ええとね、と迷うように言葉をさまよわせ、カナリアはその前世の記憶でこの世界に似た話を見たことがあるのだ、と言った。
それは、それはつまり、カナリアは私と同じということなのではないか。
はくはくと声も出せずに驚く私に、カナリアは言葉を選びながら、けれど真剣な顔で「どう言ったらいいかわからないけど、それでも私には、あの話がこの世界のことだと思えることが多かったの」と続けた。
どうしてカナリアがその話を私にしてくれようと思ったのか、分からない。分からないけど、カナリアが考え無しにこんな話をするわけが無いのも分かっている。多分、私に関する何かがあるんだろう。
「……あやかしがたりの姫」
私のつぶやくような声に、ハッとした顔をして、カナリアが私を見た。
その顔を見れば、彼女が私と同じく、あたり姫の記憶を持っているのだと分かる。
つまりは、もしかしてお仲間、ということで。
一呼吸。意を決して、そっと挙手しつつ、私は自分が持っていることを差し出した。
「平成生まれ、多分成人して直ぐに死んだ元日本人です」
え、と口を開けたカナリアが、次いで大きな声で「えええ!?」と叫んだ。
二人で驚きつつ共感しつつ、持っている情報を言い合ってみたところ、とんでもない情報がでてきた。
私が百鬼先輩最推しであるという話から、カナリアは「ナキリ先輩推しであの人の理由知らないって、じゃあ悠、もしかしてあの本のこと知らない?」と教えてくれたのだ。
「百鬼先輩が主役のスピンオフ!?」
なにそれ知らない、と嘆いた私に、カナリアは「移植版発売と、発売から十周年の記念企画だったんだけど……」と注釈をくれた。
その年数を聞いて悟る。間違いなく前世の私は既に死んでいる。私の記憶の中では、最期に近い日の記憶であろう時ですら、あたり姫は発売からまだ二年も経っていなかったのだ。
「よ、読みたかったぁ!」
百鬼先輩視点の、百鬼先輩に何が起こったかを描いた作品だったというのだ。そんなもの、最推しが主役の番外編という至高の一冊だ。読みたすぎる。
「でも、悠はちょっと読まない方が……いや読んでた方が良かったのかな。あれ、悠も出てくるんだよ」
「えっっ!?」
百鬼先輩が主役の話に私がいるとは、一体どう言うことだろう。
公式的にも存在しないモブであると自負していたけれど、実はネームドキャラだったのだろうか。けれどその割には、私の名前は怪異に関連したものではない。
カナリアは人差し指を口元に当て、うーん、と首を傾げる。
「ナキリ先輩が二年になってから三年に上がるまでの一年間の話だったんだけど」
「……えっと、それってつまり、そのお話の時間軸って今? 現在進行形?」
「そう」
ということは、もしかしてカナリアが渡り廊下の怪異の後によく話しかけてくれたのは、それを知っていたから、ということなのだろうか。もし彼女の言う本の中に、私が巻き込まれる話があったのだとしたら、有り得る話ではないだろうか。
そこまで考えて、ふと閃いた。閃いてしまった、というほうが心情的には正しいかもしれない。
「……ねえカナリア、もしかして、私その本の中で死んでたり、そこまで酷くなくても入院したりとか、退学とか転校したり……する?」
公式が出した物語に登場するネームドキャラクターで、けれどゲーム本編には出てこない。となると、ゲームに至る過程のどこかで私は何かしらの理由でいなくなっている、という可能性が高いと思うのだ。もちろん、本編に登場してはいないがちゃんと存命で、学校にも通っているけれどもゲーム内で描写がないだけ、ということもあるかもしれない。
ゲーム開始前に退場しているとして、怪異に巻き込まれて死ぬ、あるいは入院している、というのが一番有り得る。だって私はこれまでに、この世界の一般人としては多すぎるほどに何度も巻き込まれているのだから。
次点で、怪異に巻き込まれないように転校するとか、不登校になる、が可能性としてあると思う。
そんな考えをそのまま聞いてみたら、少しだけ言いにくそうにして、けれどカナリアは迷いつつも頷いた。
「……うん。悠、気を悪くしたならごめん。あの本では、夏前に悠は怪異に巻き込まれて死んでいるの」
ふ、と息を飲む。
自分から聞いたことだ。そうかもしれない、という予測の元に聞いたのだから、この答えだって想定していた。けれど、やっぱり、という気持ちとは別に、ぞわりとした恐怖が胸の中にある。
けれど、あれ。時期が、過ぎてるような。
「……夏前?」
「うん。渡り廊下に迷い込んだあと、一旦助けられるんだけどそのまま渡り廊下に魅入られて……だから、本とは違う展開になってるみたい」
頷きつつ、本とは違う展開をしている理由は、多分私の事情だろうなと思う。本に登場する小山悠というキャラクターが前世持ちということはないだろうから、おそらく私がイレギュラーだ。そして、それはカナリアも同じだから、物語とは違う展開をしているんだろう。
きっと本の中では、渡り廊下のあとに一人にさせないようにと動いてくれた人がいなかった。
「あのときカナリアが話しかけてくれたの、知ってたからなんだね」
渡り廊下の怪異に巻き込まれたあと、少ししてから話しかけてきてくれたカナリアは、よく私と行動を共にしてくれた。私が魅入られるということを知っていたのなら、その行動にも納得ができる。
「我ながら話しかけ方が雑だったけどね」
笑って頷いて、カナリアは「でも渡り廊下のあと、悠けっこう違う怪異に連れてかれてるから、ゲーム通りにするような強制力みたいなのも疑ってる」と真面目な顔で言った。
本では渡り廊下だけだったから、十字路も夏祭りも予想外だということだろう。あの学校にいた成れの果てというのも、本には出てこないらしい。学校にそんなのいたの、と驚かれてしまった。
どうして助けてくれるの、という理由は単純なことで、本を読んで小山悠という子が気になったから、なんだそうだ。百鬼先輩は最推しではないけど推しの一人で、助けられるものなら助けたかった、という、私と似通った理由もあった。そちらに関しては百鬼先輩の人気の高さを思えば深く納得の理由である。
「私、これからも悠が一人にならないよう気をつけるつもりだけど、悠も本当に十分に注意してね。なんなら、ナキリ先輩の手ずっと握ってて欲しいくらい」
「気をつける、けど、ずっと握っててっていうのはちょっと無理があるというか……」
「でも最近ナキリ先輩と手を繋ぐのデフォになってるじゃん?」
それは確かにそうかもしれないけれど、デフォじゃんて言われるくらい繋いでるかもしれないけれど、そういうことではなく。
今夏休みで、先輩とずっと会う訳では無い。先輩にも予定はあるだろうし。
「私じゃ一緒に巻き込まれちゃうかもだけど、ナキリ先輩がタイミング悪かったら私にも連絡してね。一人で出かけちゃダメだよ」
「うん……ありがとう」
大変ありがたい申し出に、素直に頷く。
とはいえ、当初の予定通り、私の残りの夏休みはほぼ家で勉強にあてる予定なので、もし出かける予定が出来たら連絡をさせてもらおう、という形で落ち着いた。
百鬼先輩の怪異堕ちの理由はまだだけれど、私は百鬼先輩本人からもう聞く約束をしている。だからその辺のことはぼかしてもらって、私はカナリアの知る情報を聞いた。
「ナキリ先輩の歌、楽しみだねぇ?」
「どうしよう私先輩に自分の歌を聴かせる自信などないです」
百鬼先輩に合流しましょうのメッセージを送りつつ言われた言葉に、私はわりかし本気の声で「あんまりにも下手だったらいっそ笑って」とお願いした。




