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 それは不思議な夢だった。

 色々な場面を切り取ったそれは、ひどく朧気なものもあれば鮮明なものもあって、とりわけ鮮明だったのはひとつの物語とそれを追う少女の姿だ。


「あー、だからナキリ先輩救えなかったんだ……そりゃヒロインのこと憎く思うわけだわ……」


 その物語を見て、ガッカリと肩を落とす同年代くらいの女の子。見たことの無い制服ながら、どこか懐かしさを感じるその少女の持っていた本には「誰がための幸福~あやかしがたりの姫~」というタイトルが書かれていた。


「公式、あまりにも人の心がない……辛すぎる……」


 呟いて、パタンと本を閉じる。結構な厚さの小説本は、そのまま関連書籍と思わしきものの並ぶ本棚に並べられた。

 あやかしがたりの姫、という文字が多くタイトルに並んでおり、夢の中の少女はこの物語のことが大好きだった。

 彼女の持っていた本は、最新ゲーム機への移植と発売十周年記念のノベライズだ。

 攻略できないバグ、救われて欲しいキーキャラクターナンバーワンの、ファンディスクですら語られなかった百鬼泰成という男の過去を一冊の本にしたもの。

 ノベライズ化リクエストの公式投票でぶっちぎりの一位で発売が決まった、この少女が待ちに待った小説だった。




 その夢の少女の記憶と、自分の今までの記憶と、二人分の記憶を持っている。

 違和感はさほどなく、むしろ自分が好きなゲームのキャラクター、しかもあまり危険ではなく、そこそこに出番のあるキャラになっていたことに驚きつつも喜んだ。そこまで性格に差異がなかったのか、驚く程にその記憶は馴染んだ。

 自分が巻き込まれる怪異を調べたいとか、ヒロインと攻略キャラのやり取りを見てみたいなとか、色々なことを考えたし、妄想したりもした。ゲーム通りならいるだろうな、と思った人を探したりもしていた。

 鳴瀬カナリアは、その中で一人の生徒にどうしても会いたかった。

 攻略対象ではなく、ファンディスクで攻略対象になったサポートキャラでもヒロインでもない。

 そうして、夢の中の自分が救われて欲しいと思った、百鬼泰成という青年でもなかった。


「いるかな……ここまでゲーム通りの世界で、いなかったら逆に何かありそうだけど……」


 同じ学年にいるはずだ、と当たりをつけていた。本を読んだときに、文章の中にいた彼女は「百鬼先輩」と呼んでいた。あの本は百鬼泰成というキャラクターの二年から三年までの一年間の過去を描いていたから、彼を先輩呼びする女生徒なら、カナリアと同じ学年だろうと思ったのだ。ゲーム本編には登場しなかったからか、名前は怪異と絡められたものではなかった。


「せめてビジュアルがわかれば……!」


 彼女の挿絵はなかったし、百鬼泰成視点の地の文では、小柄な黒髪の少女、としか見た目に関することは書かれていなかった。

 彼の視点だったからかとても魅力的に描かれていたけれど、どんな顔をしていて、どんな髪型で、どんな体型の子なのかは分からない。笑顔が可愛くて、人懐こくて、絵本をあまり知らない、時折大人びた目をする少女。

 甘やかに、百鬼先輩、と彼のことを呼ぶ、彼の過去にしか登場しない少女。


「会って、出来れば助けてあげたい」


 そうすれば、きっと百鬼泰成も救えるはずだと思ったのだ。それは夢の中の自分が望んでいたこと。彼は最推しではなかったけれど、それでも好きなキャラクターの一人だった。

 カナリア自身、大それたことを考えているとは思いはしたけれど、本の内容を考えればカナリアでも手助けできる場面は多いと思った。彼女を一人にしないように出来れば。あるいは、自分がついててあげれば。


「話しかけるきっかけがあればな……廊下で待ち伏せてぶつかってみるとか?」


 学園で日々を過ごす中、探し人は比較的すぐに見つかった。

 というのも、第二図書室の絵本コーナーに百鬼泰成がいるから様子をみてみよう、と思って出向いたところに彼女は居た。おそらく定位置なのだろう、奥まった机に絵本を数冊積んで、小声で楽しげに話している姿をよく見かけた。

 ふたりの世界すぎて話しかけるタイミングが一切なく、どこか別のタイミングで話しかけようと考えてみたりしたのだけれど。

 毎日のように第二図書室に二人でいたのに、ある時、彼女がいなかった。少しばかり気落ちした風な百鬼泰成はいたけれど、いつもは楽しくおしゃべりしているあの少女がいない。

 どうしたのかな、とその時は思っただけで、明日にはまたいるだろうかと気軽に考えていた。

 その翌日、朝礼で「渡り廊下の被害にあった生徒がいるから気をつけるように」という注意喚起があった。なるべく二人以上で行動し、注意し合うように、と気難しい顔で教員が言っていたのを聞いて、カナリアはそれが彼女であると、直感的に思った。

 この学園の生徒なら誰しもが知っている渡り廊下の怪異に、そうと知っていて行く生徒など本来なら居ないだろう。

 それでも彼女だと思ったのは、一年の階に百鬼泰成がよく現れるようになったからだ。彼女を一人にしないようにしているように見えたので、これ幸いとカナリアは声をかけた。


「ねえ、一人でいるとあぶないよ。朝礼でなるべく二人で行動をって言われなかった?」

「えっ……と、え、あの?」


 我ながら唐突だと思ったけれど、教室から一人でふらっと出てきたのを見てしまえば、これがチャンスと思わずに居られなかったのだ。

 良かった、話しかけるチャンスないかなと廊下で待機していて。

 名前だけの簡潔な自己紹介をしてくれた彼女に、カナリアはとびきりの笑顔を向けて言った。


「私、鳴瀬カナリア。よろしく、悠!」


 

 

 

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