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「んん、こほん」
わざとらしい咳払いに、はっとして隣を見る。
お面で表情は見えないけれど、カナリアが私たちの注意をひくように、分かりやすく先輩の方、私の方とそれぞれ顔を向けた。なぜか空いてる片手を挙手している。
「ラブラブなのはいいんですけど、むしろもっと見てたいんですけど。ちょっと、ここ危ないみたいなので。できれば移動したいです」
少し後ろを気にしたように振り返るカナリアは、少し前から鳴いてる、と私に聞こえるように小さく言った。
待ってラブラブではない、とか、先輩いま何をした、とか、色々言いたいことはあったのだけれど、その一言に全部抜け落ちる。
金糸雀が鳴いている──それはつまり、危険だということだ。
「ああ、なるほど、そうだね。ごめん、行こう」
先輩はカナリアの方を見て頷くと、すぐに歩き出した。もしかして、金糸雀のことを見えていたりするのかな。私は一般人なので見えないけれど、先輩だから見えているのは十分に有り得る。
先輩はどこをどう進むのか分かっているみたいに、小路に逸れて体を隠せるような物陰を選んで歩いていく。鳴き声がやんだ、とぽつりと呟いたカナリアが、辺りを見回すように顔を動かした。
鳴き声が止んだということは、少なくともここは危険ではないのだろう。よかった。
ほっと息を吐いて、前を行く百鬼先輩を見上げる。
さっきの、どういう意味なんだろう。いつも居なくなるのは私の方、というのは、一体なんのことなんだろう。先輩と過ごしているなかで、私が居なくなるようなことあったっけ。いやあるな、渡り廊下に始まり十字路も体験済みで、そうして今回の夏祭りとなると、確かに私の方が怪異に巻き込まれて居なくなっている。
でも、いつも、というほどの頻度ではない。今回も含めて四回だけ、というには怪異に巻き込まれるのが四回というのは多いのだけれど、それでも「いつも」とは言わないのでは。
何かあるのだろうか。きっと私の知らない何かがあるんだろうけれど、それは私には分からない。私が二学年にあがったら、と先輩は言ったけれど、すぐには話せない事情があるんだろうか。
あんな泣きそうな顔、いままでにほとんど見た事がない。
教えて、と言っても、多分先輩は宣言した通り半年後までは教えてくれない気がする。
そんなことを悶々と考えていたら、手を引かれて歩く私の隣にカナリアが並んで、あのさ、と小声で呼びかけられる。
「悠、明日でも、明後日でもいいから、都合がつく日にちょっと私に付き合ってくれない?」
小さく首をかしげながら、カナリアはそう言った。
なんだろう、とこちらも首を傾げると、カナリアは「相談というかー……話したいことがあって」と続ける。
明日にも明後日にも予定はないし、特に断る理由もない。
「うん。明日でも大丈夫」
「じゃあ明日、私に付き合って」
よし、と頷いたカナリアは、私の手をぎゅっと握り直して、前を行く百鬼先輩に「というわけで、明日少し悠を借りたいんですけど、大丈夫です?」と声をかけた。なぜそこで百鬼先輩に聞くのかと驚いていれば、少し考えるような間があってから「街中に出るなら送り迎えは俺がすることになるけどそれはいいかな。でも、心配だからすぐ返してね」と先輩から返ってきた。
あれ、送り迎え必要なんですか、と問う前に、カナリアが「そんな時間かかんないと思うんで、すぐお返し出来ると思いまーす」と答えていた。待って欲しい、先輩の送り迎えは確定ですか。
「ハルカ、きみ、そろそろ怪異に巻き込まれやすいんだって自覚しようね」
「そうだよ、悠。自衛って大事だから。送り迎えしてもらえるんだったらしてもらった方がいいよ」
足を止めた先輩に、仕方ないな、みたいな声でそう言われ、カナリアにも諭すように言われてしまい、頷く他なかった。
私、怪異に巻き込まれやすいのか……。でも確かに何回も巻き込まれてるからそうなるのかも。確かにこの短期間で四回は多い。
もしかして心の中で巻き込まれやすさの基準が、ゲームで見たヒロインになってたのかもしれない。ヒロインは片手では足りない数巻き込まれていたから三、四回くらい、と思ってしまっていたのかもしれない。たしかにこの世界、怪異は日常に溶け込んでいるけれど、一生の中で怪異に複数回遭遇する確率は極めて低い。そもそも、遭遇しない人の方がほとんどなのだ。そこに、四回巻き込まれてる私となれば、巻き込まれやすいと断じられても仕方ない。
自問自答して納得した私は、大人しく送り迎えを先輩にお願いした。
「お手数おかけします……」
「俺が好きでやってるって、前にも言ったでしょ」
先輩はそう言ってまた前を向いた。
からころと下駄の鳴らす音を意識の外で聞きながら、大回りに鳥居へと向かっていく。
結局、先輩が何もかもやってくれたので、私とカナリアはなんにもしないまま出口に向かえている。ゲームの中ならあちこちで祭りを楽しむモノに形代の材料の位置を聞いたり、社のヒントを貰ったりして行くのだけれど、先輩は最初から知ってるように手際よく材料を集めてしまったし。
先輩すごいな、と思うと同時に、そこまで怪異に詳しいのは危なくないのかと心配になる。先輩が強いのは知っていても、それでも私の中には前世で見たあの消えていくスチルがあるから、不安が消えてくれない。
「二人とも、ここからは喋らずに着いてきて」
先輩の言葉に頷いて、黙々と歩く。
そうして私たちは鳥居の前まで来た。
白と黒の狐面を付けた、人型のなにかが、鳥居の前をふさぐようにして立っている。
「境界の■■を示せ」
黒い方がそう言った。
「そなたらの■■■を示せ」
白い方が言う。
所々言葉が聞き取れない──というよりも、少し聞き取れていることにゾッとする。異界の言葉は人間には分からないのだから、少しずつ人間から離れているということではないかと、言いようのない怖さがある。そういえばゲーム内でここにいるモノにヒントが貰えるということは、ゲームの中でも徐々に人間から離れていたのではないだろうか。ああ、だから謎解きに回数制限があったんだ。時間が経つ事に帰れなくなるこの怪異の怖さが今更にじわじわと積もっていく。
縋るように、繋いだ手に力を込めた。カナリアが答えるように握り返してくれたのがわかる。
先輩は無言で、手に持っていた鍵と手形をそれぞれに渡した。
狐面の二人は、手渡されたものを見て頷くと、両脇に避けて鳥居の前から退いた。
「■■■」
「■■■■■」
何か言われたけれど、全くききとれなかった。
パチン、と何か音が聞こえた。そうして、遠くの方でしゃらしゃらと澄んだ音がする。
百鬼先輩は、鳥居の真ん中を避けて端の方を進んでいく。手を繋いだままなので、それに倣うように私とカナリアも歩き出した。
鳥居をくぐる直前に、しっかりと着けていたはずのお面がカランと音を立てて落ちていった。
人ではないものの言葉がわかる=自分も人ではなくなっている、という解釈で書いています。
死者が話す言葉が逆さ言葉という逆再生の言葉だというものをどこかで見かけて、それをモチーフ(?)にしています。




