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予鈴の存在が、にくい……。
うっすら覚えてる前世と合わせて二度目の高校生活で、こんなに予鈴を憎く思ったのは初めてかもしれない。
百鬼先輩が嬉しそうに私に絵本をオススメしてくれていた昼休み、彼の絵本談義を聞いているうちにあっという間に予鈴が鳴ってしまったのだ。
もっと、もっと聴きたかった……!!
推しの新規スチル新規ボイスが降って湧いてくるみたいな時間だった。尊すぎて「ええ、そうなんですか、へえ、すごい、わあ」となんとも頭の悪い語彙力もない相槌しか出来なかったのが悔やまれるところだ。
あのあと推しのおすすめ絵本と気になった絵本を三冊ほど借りて教室に戻ったけれど、もうその日の私は使い物にならないくらい浮かれていた。彼を見てみたいな、という目標を定めて初日にして達成である。卒業までに会話してみたいと言う願いだってもう叶ってしまった。
しかも、よくここに来てるからもし良かったら感想聞かせて、といつかは未定だが次回の約束までもらってしまった。私これ近いうちに死ぬのでは? 幸運過多では?
とりあえず彼のおすすめ本は読んだ。かがやのひめ、まさかの勧善懲悪もので、ひめさまが某水戸の御老公なノリで悪人を懲らしめていくスタイルの本だった。いや予想外である。
ともだちと泣いた鬼、こちらは泣いた赤鬼とほぼ一緒だったけど、最後は青鬼さんも村人たちと仲良くなる大団円エンド。ちなみに泣いた鬼とは村人と友達になれ、さらには友達の誤解も解けて大泣きする鬼のことである。優しい世界だ。
あと一冊借りた、一寸王子と雀姫は……まさかすぎる復讐譚。雀の姫と恋仲だった一寸王子が人間に殺されてしまった雀の姫の仇討ちするというなかなかヘビーな内容だった。
とりあえずこの三冊の感想を次に会った時に言えるようにしておこうと思う。
なんとなく。
話していた感じでは、なんとなくではあるけれど、まだ百鬼先輩は百鬼泰成という人のままな気がしている。まだ、怪異に手を伸ばしていないんじゃないかと思うのだ。根拠はない。ただただ勘だ。
もしこの勘が当たっているとしたら……彼は、語部さんが転入してくるまでのこの一年で怪異の手を取ることになる。
ファンディスクで語られていた彼の物語の断片では、ヒロインが転入する時期にはもう怪異の手を取っていた、とあったはずだ。だからこそプレイヤーは驚き、納得できないまでも理解する。出会いの時点で怪異に堕ちているからこそ、彼は本編でも、過去を語るシナリオだったファンディスク版でも救うことが出来ない。語部彩姫と攻略対象……この場合は狐野陸だけれど、彼らがどれほど説得しようと、百鬼泰成というひとは世界に絶望したまま、微笑みすらうかべて消えることをねがうのだ。
どうにか、できないだろうか。
できないだろう、だって私はモブなのだ。彼にどれほど影響を与えられるか、なんて考えなくてもわかる。
(ああでも、あの笑顔が)
今日図書室で初めて見た彼の満面の笑み、あの嬉しそうな顔を最期の微笑みが上書きしてしまうのは、嫌だな。
ゲーム内で立ち絵以外の彼のスチルはその最期のシーンたったひとつ。
半分黒く染まった顔で、泣き出しそうな、けれど確かに微笑みを浮かべて消えていくシーンは、あたり姫の中で一番評価の高いスチルだった。画面に、こちらに向かって手を伸ばして、微笑み、消えていく。セリフはメッセージウィンドウには「──……」とだけ表記されているが、微かに「やっと、きみに」というボイスが入っているのだ。声優さんの好演技も相まって、泣いたプレイヤー続出のあたり姫屈指の名シーン。
私はあのシーンが、綺麗だけどあまり好きではなかった。だって推しなのだ。初めて出会いのイベントを起こしたときから大好きだった。攻略できなくても、救いたかった。あんな最期にさせたくはないではないか。
「……でも私に何が出来るんだって話だよなぁ。だってあのヒロインですら説得できない理由が先輩にはあるんだよね?」
最後まで正体を表さなかった百鬼先輩は、その人として現れる最後の瞬間まで好意的に接してくれていながら、怪異として最期にヒロインに対しての思いを吐露する。俺は君が大嫌いだ、憎い、憎くてたまらない、と。
これはファンの間で色んな考察がなされていたけど、公式からの説明は一切ない。ファンディスクでは怪異に堕ちたあと日常……図書室に通う姿ばかりが描かれており、独白はあったが内面をそこまで掘り下げてはくれなかった。
彼が敵としてルートシナリオに入るには特定の怪異の討伐が必要になる。だからヒロインを憎むのはもしかしてそれが原因では、というルート解放条件を絡めての考察も見た事があるけれど、それもパッとしないのだ。
彼に絡められた怪異は全部で四つある。ひとつは出会いに必要な「金糸雀の鳴く鳥籠」、そして第二図書室の怪異である「幸福の絵本」。彼が敵として出てくるのに必要なキークエストが「廊下でさまよう迷子の声」、そして討伐イベントが「死に誘う女生徒の声」だ。
討伐イベント「死に誘う女生徒の声」は放課後に渡り廊下を渡っていると聞こえて来る声で、それを聴き続けていると最終的には囚われて自殺してしまう、というような内容の怪異だった。十年以上も前からあるこの怪異は犠牲者が両手には足りない程度いるために、学校側も問題視していた。なぜ解決出来ていなかったかといえば、声を聞き続けると死に至るその性質上というほかない。私が入学した時点では該当の渡り廊下は既に立ち入り禁止区域となっている。
その怪異を狐野陸と語部彩姫二人で討伐することになるこのイベントは、なぞなぞ形式であり、追跡形式である。討伐、と名前がついていることからわかる通り、これは消滅させなければクリアにならない。
声を追いかけ続け、問いかけに正しく答え続け、そうして漸く姿を現した影を狐野さんが消滅させる。そんな流れのイベントだった。
十年以上も前からある怪異に、百鬼泰成は何を思うのか。これを討伐したのが理由だとして、ここまで恨まれるのだからこの怪異と関わりがあったのではないか、というような考察だったと思うけど、公式から何にも発表されていないので正解は分からない。
「廊下でさまよう迷子の声」も似たような感じの声が聞こえてくる怪異だが、これは会話して迷いを晴らして声の主を行きたい場所に送る、というシナリオである。これは迷子を送り届て解決するシナリオなのだ。恨まれる要素がわからない。
「……何も出来ない、なぁ」
せめて何か出来ることがあればよかった。ゲーム内で彼を救う方法を示唆してくれていれば良かったのに。
そうしたら、ゲームシナリオなんて崩壊して構わないから彼を救うのに。
私にいま出来ることは、彼のおすすめの絵本の感想を、次に会えた時に言うくらいしか無かった。