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 気を引き締めたはいいけれど、私の出番はないっぽい。ついでに、隣でぽかんとしているカナリアの出番もなさそうである。


「できた。これを持ってあの社まで行こう」


 手早く木片とほかの屋台にあった道具で形代という身代わりアイテムを作った百鬼先輩は、作業のために離されていた手を繋いで、足早に小さな社まで歩いていく。

 手形と鍵は外に出るのに必須なアイテムである。これを手に入れるために形代というアイテムが必要になるのだが、百鬼先輩は最初から迷いなく必要材料のある場所をさっと周り、手早く形代を人数分と予備に数個つくりあげてしまった。


「ナキリ先輩やばい職人みたい」


 ぽつりと言ったカナリアの言葉もうなずけるほどの手さばきだった。迷いがないというか、作り慣れているかのような。


「ありがとう。手先は器用な方なんだ」


 にこやかにそんなことを言って、百鬼先輩は社の手前で止まる。そうして私の手を離し、私とカナリアに形代を手渡してくれる。木片と紙切れでどうしてこんなに綺麗に作れるのか。さすが先輩。よくわからないけどすごい。


「開けるのは俺がやるから、きみたちはそこにいて……ああいや、ダメだ。ハルカ、きみだけこっち来て」

「は、はい!」


 カナリアと手を繋いだままだったので慌てて離して、先輩の方に向かう。

 形代を持っていた方の手を、上からそっと握られる。


「悠」


 ぞわ、と背筋が震えた。この、先輩の低い声が、いつもと違うように聞こえるのはどうしてなのだろう。

 

「俺から離れないで。きみは此処の方がいい」


 言いながら、先輩は振り返ってカナリアも呼んだ。


「きみは多分、近い方が危ないからそこにいて」


 私と百鬼先輩を交互に見て、そうして一歩だけ踏み出したカナリアは、そのまま足を引っ込めた。形代を握って、分かりました、と硬い声で言って。

 もしかしたら、金糸雀が鳴いたのだろうか。彼女の顔が、ここに来て初めて青ざめているように見える。


「立っていられるか不安だとか、しゃがんでいた方が良ければそうして。悠、きみは俺にしがみついて──絶対に手を離さないでね」


 百鬼先輩に抱え込まれるようにされて、私は先輩の浴衣にしがみつく。シワになってしまうのが申し訳ないけれど、絶対に手を離すな、と言われているから加減なんてしていられない。先輩の方も、私が離れないようにだろうか、腰のあたりを強い力で抱きしめてくれている。


「社を開ける。二人とも目を閉じて、できるだけ声を出さずにいておいて」


 ぎゅっと目を瞑る。視界が閉ざされて怖いから、手にある先輩の浴衣を力いっぱい握った。

 がた、ごと、と音がする。そうして、なにかが囁く声がひっきりなしに聞こえてくる。人の話す言葉ではない──というより、この声は理解してはならないと本能が訴えている。ぞぞぞ、と全身が震えた。

 耳を塞ぎたい。怖い。でも手を離すのはもっと怖い。

 先輩は大丈夫かな、でもきっと先輩なら大丈夫なはず。早く、終われ。

 ぐっと気温が下がった。さっきまでじめじめとした湿度の高い暑さがあったのに、冷たい風が肌を刺すようだった。


「まだだよ、まだ目を閉じて──息を止めて、二十数えて」

 

 先輩の声が、ぐわんと頭に響くようだった。

 怖いし、寒いし、何が起こっているのか、何がそこに居るのか分からないまま、言われた通りに息を止める。一、ニ、と心の中で数えていると、二十数えたあたりで、ふわりと暖かい風が吹いた。


「──うん、もういいよ」


 先輩が穏やかに言った。先程までの緊迫したような声音は、いつも通りの柔らかさに戻っている。

 後ろの方で、カナリアが大きく息を吐いたのが聞こえた。


「ハルカ、ハルカ。もう目を開けても大丈夫だよ。まあ、そうやってくっついててくれるのは、俺としては役得だけど」 


 ふざけたようにそう言って、私の頭をぽんと撫でてくれる。

 これは多分、恐怖に震えている私に対して、なんでもないような軽口を言うことで、大変に気を遣ってくださっている……!

 先輩の役得になんてならないのはわかっているのだけれど、それでも怖さが抜けきらず、恐る恐る目を開けた。浴衣にすがりついていた手は、まだ離せずにそのままだ。

 ぱっと見えるところに、特に異変はない。と言っても、お面をつけている上に俯いている私の視界は、自分と先輩の足元の一部しか見えていないけれど。

 ふと手を見たら、手に持っていた形代は真ん中でばっきりと折れていた。硬い木だったし厚さもあったから、私が折ってしまったということは絶対にない。

 身代わりの形代が割れている、ということは、これがなければ本来こうなっていたのは私だったということで。

 ひゅ、と息を飲む。

 ゲームでは、こんなこと語っていなかった。アイテムを作って、社を開ければすぐに鍵も手形も手に入っていた。

 今更ながら、これはゲームではなく現実なのだと突きつけられ、ゲームの内容を知っているからと自分の認識が甘くなっていたことを知る。


「大丈夫、俺がついているからね」


 やわく抱きしめられた感触に、顔を上げる。腰を抱いていた手はそのままに、もう片方の手が背中に回っている。

 宥めるように背中を撫でられ、そっと顔をのぞき込まれた。


「不安なら、さっきみたいに手を繋いでいよう。ほら、鳴瀬さんもいるしね──怖くない、怖くない。大丈夫だ」


 まるで幼子に言い聞かせるような、優しい声だ。

 先輩の手が、浴衣を掴んだまま強ばってしまった私の手をそっと包む。指先で撫でるように、くすぐるようにして、私の手を離させる。柔く絡んだ指先が、そっと離れていく。


「ご、めんなさい、大丈夫……大丈夫です」


 さすがにここまでされては、自分がどれほど怖がっていたかも自覚してしまう。

 まだ震えている手を先輩が繋いでくれるのを見ながら、どくどくとうるさい心臓を宥めるように息を吐く。


「なんというか私何見せられてるのかなって光景だけど……悠、大丈夫?」


 カナリアも少しおどけたようにそう言って、私の手を握ってくれる。

 いや、うん、迷惑かけすぎですよね。怖かったにしても、これはさすがにひどい。それでも震えが抜けなくて、握ってもらった手を離せないのが情けない。


「うん、大丈夫……」


 自分に言い聞かせつつ、はふはふと震える息を整える。割れてしまった形代は、カナリアの分も百鬼先輩が回収してくれた。


「鍵と手形は手に入ったから、はやく鳥居までいこう」


 力強く私の手を引く百鬼先輩を先頭に、私たちは屋台の並ぶ道を引き返した。



 

 

 

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