28
走る。走る。走る。息が切れて、足がもつれそうになるけれど、それでも走る。
前を行く百鬼先輩の手を離さないように必死に、止まったらだめだというのは先輩の様子から嫌という程に伝わっているので、私は全力疾走だ。
「もう少し頑張れ、生徒会室まで、あと少しだから」
先輩がそう言ってくれたことで、どこに向かっているのかようやく知る。
生徒会室に向かっていたなら、本当にあと少しだ。もう一階上に上がって、突き当たりまで走れば生徒会室がある。
というか先輩は私の手を引きつつ走っていて全く息が切れていないの凄いな、と明後日のことを考えながら、必死に足を動かした。
百鬼先輩の様子が変わったのは、学校についてすぐの事だった。
眉を寄せ、軽く視線をめぐらせ、私の手を引いて足早に歩き出した。特に詳しい説明があった訳では無い。けれど、そのいつもとは違う様子に、直ぐに何かあったのだろうと察した私は、手を引かれるままに着いて行った。
校舎に入ってすぐに走り出した先輩に引っ張られ、何が何だかわからないまでも異常事態ということだけは分かりきっていたので、転ばないよう必死に走った。
先輩は多分、私が走れる程度に加減して走ってくださっているみたいなのだが、如何せんリーチの差がある上に私があまり運動が得意ではないことが相まって、それでもついて行くのがやっとだ。恐らく先輩が全力で走ったら、その時点で手が離れて私は置いていかれると思う。
百鬼先輩は、生徒会室に向かっているというには、とても大回りで移動している。
何かを避けているのか、時折階段の影や曲がり角で廊下の奥を探るような様子を見せる百鬼先輩は、学校に着いてからずっと口数が少ない。百鬼先輩が私に言ったのは、静かに、隠れて、止まって、校舎に入ってからはほぼこの三つばかりだ。
階段に差し掛かったところで、不意に先輩の手が離れた。
「え──」
急なことにバランスを崩しかけた身体を、先輩が横抱きに抱えあげる。
「俺が良いって言うまで目を閉じていて」
言われて、すぐに目を閉じた。こういう時、目を開いていて見えるものなんてろくなものではない、というのがテンプレだと思うので本当にすぐさま閉じた。
ぎゅっと目を閉じ、そうすると視界が閉じたぶん不安定で、百鬼先輩の肩に縋らせていた手に力がこもる。
「もうすぐだから、大丈夫だからそのままでいてね」
穏やかな声は、悲壮感がない。なので、命の危機だとか、そういったことではなさそうではある。
けれど、この先輩がどれだけ隠すのが上手なのか、それこそ前世から知っているので、これが私を安心させるためのものである可能性もある。そうだった場合、私に出来ることは何も無い。
百鬼先輩の声はいつも通りで、私を安心させるような響きがあった。
だから多分先輩はあえてそうやって喋っているのだ。不安にさせないように。
「せ、んぱい、百鬼、先輩」
思わず、と呼んだ声に、穏やかにどうしたのと返される。
ああこれは、なにか隠してるのかな、と直感的に思った。
「わたしは」
何を言うつもりで声を出したのか、自分でも分からないまま、先輩にしがみつく。揺れの感じから結構な速さで走っているらしいことはうかがえて、それでも声を穏やかに繕って応えを返せるのだから、先輩にはやっぱり何かあるのだろう。
「怖くても、絶対に先輩のことを信じるので」
私が百鬼先輩を疑うことはありえない。
前世からの推しで、怪異の手を取ることを分かっているのに、惹かれてやまない人だ。ゲームでは語られなかった先輩の過去で何があったか分からないけれど、主人公に敵対しつつも、その敵対する直前まで手助けをしてくれていた彼を、私は知っているから。
それに、ゲームではなく私にとっての現実で、実際に先輩と接するようになってからは、信頼しているのだ。少し過保護なきらいはあるけれど、穏やかで、優しい、不思議の多い百鬼先輩を私は信頼している。
走るスピードは変わらない。階段は登りきっているので、生徒会室にそろそろ着く頃だろう。
「私にも、教えてください」
私が知っていた方が良い事、というのもあると思う。
いつも先輩は笑顔に隠してしまうけれど、今みたいな状況を鑑みても、私が何も知らないままでいいとも思えない。
夏休みに学校に出る怪異なんてゲームにはなかったように思うのだけれど、今逃げているのが怪異だと仮定して、それを知っていれば今日市の図書館を選んでいたと思うのだ。
「私にも、先輩のこと、教えてください」
ぐらぐら揺れながら発した言葉は、随分といろいろ足りなかった。先輩の知っていることを教えて、とか、私も知っておくべきことがあるなら教えて、とかそういう感じに言うべきだったかなと言った直後に思ったけれど、先輩のことを知りたいでもそう大差はないだろう。
私は今も昔も、この百鬼泰成という人を知りたい。




