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 なきりせんぱい、と呟いた私をぎゅうと抱きしめてから、先輩は私の手を取って椅子から立ち上がらせる。


「樒、仕事が早くて助かる」

「おやおや、お早いお迎えで。今回に関してはタイミングが良かったんですよ」

「彼女が無事で本当によかったよ……対価は?」

「もう彼女からいただいてますからこれ以上は過多ですねぇ」


 シキミ、というのがもしかして店主の名前なのだろうか。不思議な響きの名前だ。そんなことを考えていたら顔に出たのか、店主はにこやかに私の方を見て、ああ名前は樒ですどうもね、と軽く自己紹介してくれた。さらさらと紙に漢字まで書いてくれて、思わずこちらも自己紹介した。ご丁寧にどうも、と私の名前を書いた紙を受け取って、店主──樒さんは百鬼先輩に向き合う。


「名乗るなんて珍しい」

「君が私の名前言っちゃったからもう変わらないかと思いまして」


 百鬼先輩が親しげにやり取りしているのが、どうにも不思議に感じて二人を見ていたら、百鬼先輩が私に視線を合わせてにこりと笑った。もしかして、ゲームでもあったのかな、この知り合い設定。先輩の情報通という設定からして、ありそう、ではある。


「無事でよかった。今日から行き帰りはずっと手を繋いでいようね、ハルカ」


 椅子から立ち上がらせてくれた時に取った私の手はそのままに、もう片方の手もそっと取られる。向かい合わせに両手を取られ、先輩が何をしたいのかと首を傾げていると、両手とも指を絡めるようにして先輩が繋ぎ直した。思わず両手に視線を落とすと、きゅっと軽く力をこめられて、にぎにぎされたあとに軽く揺らされる。

 先輩の指がくすぐったいというか、何この状況……!?!?

 息を飲んだが、悲鳴をあげなかったことだけは自分を褒めたい。大きな手がまるで逃がさないようにするかの如く指を絡めてくるのだ、普段の私だったら「うわぁぁぁあ!?!?」くらい叫んでてもおかしくなかった気がする。

 そして「手を繋いでいよう」とか聴き逃してはならないことを言われたような気がする、と先輩を見上げると、至近距離で目が合った。

 鼻と鼻が触れてもおかしくない距離に、先輩のご尊顔がある。


「っっっっ!?!?」


 じっと至近距離で見つめられ微笑まれ、先輩の良い声で「ほら、はいって言って?」などと言われては「は、は、はい!!!?」と叫ぶしか無かった。疑問形になってしまったのは仕方ない。なにせ、なにをはいと言わされたのかイマイチわかっていないけれど、反射的に言ってしまったのだ。

 顔を仰け反らせて距離を取っていると「キミ、結構えげつないよねぇ」と他人事のように樒さんが呟いたのがちらと聞こえたが、私に答える余裕は一切ない。ずっとあった恐怖は消えて、今はただただ焦っている。

 左手を離され、けれど右手は繋いだままで、百鬼先輩は樒さんに向かって笑った。


「失礼だな。かなり優しいほうだと思うけど」

「優しい、ねえ……」


 その含みのある言葉はなんですか、と二人の会話を混乱しつつ聞いていたら、百鬼先輩のお顔がこちらを向いた。


「帰ろうか」

「は、はい………えっ帰れるんですか?」


 反射的に頷き、そうしてサラリと出てきた帰るという言葉に思わず先輩を見上げると、帰れるよ、と大変心強いお答えが返ってきた。

 確かに百鬼先輩は、ゲームでは色々とヒントをくださるお人ではある。この怪異の抜け方も、知っていておかしくはない。

 でも、どうして知っているんだろう。やはり、もう既に怪異の手を取ってしまったあとなのだろうか。


「あ、」


 顔を見上げていた私を見て、なにか気づいた顔をすると、百鬼先輩は「少しごめんね」と手を離した。

 いや、なぜ謝られたのか全く分からない。お好きに離していただいて良いのですが。むしろ私の心臓が死ぬ気がするので、そんなずっと繋がなくても良いのですが。


「樒、原初の密林檎はある?」

「ええ、ありますよ。必要でしたら、対価は──そうですねぇ、そのブローチでいかがです?」

「あの子へのプレゼント用に買ったのになぁ、本当に良い趣味してる。まあ今回は本当に助かったから、大人しく渡しとくよ」

「毎度ありがとうございます~」


 百鬼先輩もこの屋台で買い物するのか、と見ていれば、取引は成立したのか、小ぶりの林檎を持って帰ってくる。

 原初の蜜林檎はゲームにも出てくる、隠しステータスリセットアイテムだ。

 このあたり姫というゲーム、怪異に遭遇しすぎると隠しステータスであるストレス値が溜まってバッドエンドになってしまう。このバッドエンドがヒロインの発狂からの怪異堕ちというものだったため、ストレス値というより正気度では、とファンの間では言われていたりしたが、要は回復アイテムの一種だったはずだ。


「お待たせ、行こう。はぐれたら終わりだから、手をちゃんと繋いでおいてね」


 はぐれたら終わり、という言葉にゾッとしつつ、しっかりと握ってくれている大きな手を握り返す。先輩がこう言うのだから、本当にはぐれたら終わりなのだ。実際、私は樒さんに会わなければずっとあの十字路をさまよっていただろう。


「元の道に戻ったら、生徒会に連絡してあるから一旦学校に戻ろう。そうしたら、これ食べようね」

「その林檎は……」


 まさか回復アイテムですか、とも聞けないので言葉に迷っていると、先輩はなんでもないように「結構あまくて美味しいよ」と言って笑った。説明はしてはくれないみたいだ。

 深く聞くのもどうだろう、と迷っている間に、先輩は林檎をしまって歩き出す。

 とりあえず、学校に着いたら聞けばいいだろうか。そう思って、私も先輩に着いて行った。

 

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