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22:鷹木十字路/同時刻、首なし屋台

 首がある。

 首が、あった。紙袋の下には無いはずの、頭が存在していた。


 この一点に思考が停止している間に、首なし屋台の店主は私の手を引き、小さな椅子に座らせた。

 目の前に広げられる品物はゲームで見たことがあるものもあれば、見たことのないものもある。ふんふんと鼻歌交じりに何か小物の入っている箱を漁っていた首ありの店主は、これなんかどうだい、と淡い色合いの手ぬぐいを差し出した。


「これはねぇ、白澤の毛皮を換毛期に譲ってもらってね、それをこう、上手いことちょいちょいと編みこんで作った逸品なんだ」


 さらりと光沢のある生地は、どこからどう見ても高級感はあるのだが、まさかそこに妖怪の毛が編み込まれているとは思わないだろう。しかも白澤といえば神獣とも呼ばれる存在だ。神獣って換毛期があるんだ、とちょっと斜め上のことを考えつつも、この手ぬぐいが触れるのを躊躇うくらいにとんでもない品であることはこの少ない説明でもよく分かった。

 まあそもそもの話、ここで取り扱う商品に、普通のものなんてひとつもないのだけれど。


「これはねぇ、知恵を授けるものなんですよ。まあほら、さっきも言ったとおりで、吉兆の神獣の毛を使っているからねぇ。効果は折り紙付きでね」


 両手で広げて見せながら、店主は良い声を楽しげに弾ませて「いかがです?」と私に問う。

 知らない商品、ゲームにはなかったもの。それでも、今この状況で差し出されたなら、これはきっとこの怪異を脱するのに必要なもの、なのだろうと思う。知恵を授けるということは、この手ぬぐいを持っていれば、正しい道を選ぶことが出来るのかもしれない。

 手を出しあぐねていると、店主は紙袋の頭をこてんと傾げた。ゲームの立ち絵にあったポーズだ。紙袋の下に頭がないと思っていた時は紙袋がズレ落ちそうなこの仕草は不思議だったけれど、中身があったのなら全然不思議ではないな、と全く関係のないことを考えてしまった。

 いやでも、ほんとうになんで首なし屋台なのになんで首があるんだろう。

 首なしの名前の由来は文字通り首がないからで、怪異の名前でネタバレしているのに関しては、店主本人が「こちら、首なし屋台でございます」と名乗るために定着したと公式設定資料集には書いてあった気がするのだけど。


「おや、こちらお気に召さない? うーん、たしかに今どきの女子高生は手ぬぐいは持たないかなァ」


 なかなか受け取らない私の方を見てそう言った店主は、手ぬぐいを元々入っていた箱に戻した。

 そうして、じゃあこっちか、それともこっちかな、可愛いのがいいですかねぇお嬢さん、とのんびり呟きながら、屋台の上にある商品を手に取っては戻している。

 そのあとも出てくるのは、ゲームにはなかったものばかりだ。

 女子高生が鞄に入れておくにはちょっとどうだろう、と考えてしまった飾り包丁や、黒と白の勾玉の連なった首飾り、何かの動物の形を模したらしい手鏡に、中には何も入っていないにも関わらずぱんぱんに膨れた巾着袋、その他いろいろ。

 これは、それならこっち、ダメならあれは、と私に商品を紹介してくれた店主は、ふと手を止めて何かに気づいたようにぽんと手を叩いた。


「……ああ、そうか。信用ならないですかねぇ、お嬢さん。私の店は初めてですからね。大丈夫、私はヒトに優しいタイプなので怖がらなくてもいいですよ。ほら、噛まないし吠えないし、躾のよくできた良い子ですからねぇ」


 顔が見えていたなら、きっとにっこり笑ってそう言ったに違いない。そんな声だった。不思議な丁寧口調は、ゲームでは店主として振舞っている時のものだ。

 私がこの店主を人間では無いものだと気付いている、ということもわかっているんだろう。そのことに別段なにか言うわけでもなく、さらりと飲み込んで私に「怖がらなくても何も危害は加えないですよ」と差し出している。

 そんなことを考えて、ああそうか、と気づいた。


「あの、ええと、さすがに噛むとは思ってないんですけど。その、紙袋を取っていただくことはできませんか。なんかどうにも、顔が見えなくて不安で」


 ゲームをしている時は、こういうキャラだから、で終わったところだけれど、実際に対峙していると相手の表情が見えないことが思った以上に不安を煽る。首がないのも怖いのだが、紙袋の下にある素顔も見ている状態で表情を隠されるのは、この下でどんな顔をして喋っているのかと怖くなってしまったのだ。

 なるほど、と一言言ってから、店主はあっさりと紙袋を外した。さらりと白い髪がこぼれ、茶色い袋の下からはにこやかな美しい顔が出てくる。


「ここでは別になくても問題ないから、いいですよ」


 ここではなくても問題ない、とは。

 疑問がそのまま私の顔に出ていたのか、店主は紙袋を胸元まで持ってきて、ここは境目なんですよ、と言った。


「お気付きでしょうが、ここは境目です。境界と言ってもいいかな。恐らく異界というほうが、人間には通じるかもしれないですねぇ」


 人気の全くない十字路は、たしかに不気味で、普通ではない。境界──異界、とは、ゲームにも出てきた言葉だったはずだ。自分たちの住むこの世界と、隣合わせの世界。人間ではないものたちが住む世界だと、たしか蛇目先生のセリフにあった気がする。言ったのはもしかしたら蛇目先生ではなく生徒会長だったかもしれないけれど、確かにゲームで説明されていたはず。


「この紙袋がないと、現世にいくと首がなくなって見えちゃうんですよねぇ」


 あっさりとこともなげにそんなことを言って、店主は笑っている。

 え、と目を見張った私に、店主はころころ笑いながら簡単に説明してくれた。


「私たちが人間の世界に行く時にはね、だいたい身体の一部を置いていくんです。繋げていないと、戻り道が曖昧になった時に面倒ですし、何よりきみ達の世界は少しばかり息苦しいから、力の補給源として私たちの世界と繋げておくと存在しやすい。私の場合はそれが頭、この首から上なんですよ。そのままで行ったら問題ですから、普段はこの屋台をやる時にはこれが必須で」


 かさかさと音を立てる茶色い紙袋を、店主はまたぽすんと被ってみせた。頭を左右に振ったり、反らしたり、変な動きをしながら私に説明してくれる。

 随分親切に色々と教えてくれているが、初耳情報が満載で、どれに驚けばいいのかわからない。身体の一部を置いていくというのは、どういうことだろう。あとそれで首から上を選んだ理由もちょっとよくわからない。

 だから私の店は首なし屋台という屋号なんですよ、と締めくくった店主は、私が顔が見えなくて不安だと言ったからだろう、またあっさりと紙袋を外した。


「さてさてお嬢さん、きみの求めるものはどれですか。私としては、これとこれ、あとこっちのこれと、これなんかがオススメです」


 さっきの商品に、更に簪や指輪も混じえた数種類を私の目の前に並べると、店主は手に持ったままの紙袋をかさかさと鳴らした。

 

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