21:鷹木十字路/表
ふと一瞬意識が外れたその瞬間に、彼女が消えた。
あれ、と隣から聞こえた高い声は、そのまま困惑の音を響かせて「悠……?」と弱々しく呼んでいる。
手を繋いでいなかったのは失敗だったと臍を噛む。それかせめて、行きのように鳴瀬カナリアというこの少女に手を引かせるべきだった。
ポケットから出したのは、鬼塚に渡されていた護り石だ。首塚の護り石という名称の、鬼塚の家系が祀る御霊の塚から崩れてしまった欠片を加工した魔除けの石。力の強い怨霊を鎮め奉るその石には、並大抵の怪異ならば払えてしまえるほどの力がある。
ちりんと音を立ててゆれるその色は、灰白色──白に近い灰色だった。つまり、狙われていたのは小山悠だけだった、ということだ。
「え、先輩、ナキリ先輩、悠はどこに……?」
混乱しながらも、異常事態であるということはわかったらしい。
ここが鷹木十字路であるということもあるのだろう。ここには、小さいものから規模の大きなものまで、確認されているだけで五つほどの怪異がひしめき合っている場所だ。
彼女が巻き込まれた怪異は、なんだ。丑三つ時の結婚式、明け方の辻占売は時間帯が違うから除外、首なし屋台は危害を加えるものではないし、黄昏の恋文は怪異に巻き込まれた人間がその場から消えることは無いのでこれも違う。
であれば、一番有り得るのは人の居なくなる十字路だろうか。自分の知らない怪異が生まれていなければ、恐らくはこれだ。
「きみ、ハルカに連絡入れてみて」
言いながら、取り出した携帯で自分もメッセージを送信してみるが、既読がつく様子はない。
ああいった異界に通じる怪異は、なぜかSNSだったりメッセージアプリだったり、インターネットだったり、媒体は様々だが、携帯がなにかしら通じるという暗黙のルールがある。異なる世界を繋げたなごりだろうか、というのがこの国の怪異専門対策課からの公的回答だった。
連絡先だけではなく、SNSのアカウントも教えて貰っておくべきだったか。
ただ、怪異に呑まれて、携帯で連絡を取ろうと思えるほどの強かさを持っているかと言われると──彼女は、たぶん、なさそうだ。
「既読つかない……ど、どうしよう」
あわあわとした声で周りを見渡している鳴瀬カナリアは、反応のない携帯を握りしめて泣きそうだった。
「呑まれた、だろうな。きみ、鳴瀬さん。学校の蛇目先生に連絡できるかな」
ハッとした様子で学校に電話をかけ始めた彼女を横目に、自分も携帯を操作する。メッセージアプリを開いて犬飼に連絡を入れ、今度は通話のためにテンキーを表示させる。二を三回、六を二回、七を四回、それからさらに複雑な十桁の数字を入れ、一見デタラメな番号に電話をかける。
三コールめで通話は繋がった。
「保護して欲しい子がいるんだけど、頼めます?」
電話口で楽しげな笑い声が聞こえてきたということは、承諾だろう。いいよいいよ、特徴を教えてよ、と耳障りのいい声が聞こえてくる。
思いつく限りの特徴を伝え──とはいえ彼女はあまり目立つ容姿でなければ特徴的な格好でもないので、なかなか難しかったが──迎えるのは自分がすると伝えて通話を切る。
鳴瀬カナリアのほうも、繋がったらしい。生徒会顧問である蛇目が来るのか、生徒会メンバーが来るのかはわからないが、用意できるものはするべきだ。
呑まれたのが人の居なくなる十字路ならば、あの子が正解の道を選べるはずがない。
「すぐ来てくれるって言ってましたケド、あの、ナキリ先輩はどこに電話を」
「俺の知り合いもこういうのに強い奴がいるんだ」
にこり、と反論を封じる笑顔をむければ、それ以上は何も言ってこない。なかなかこの鳴瀬カナリアという少女は、本能的に危機察知能力が高いのかもしれない。あの鳥籠に一直線に向かっていったことを考えれば、この娘も狙われやすい部類であるだろうし。
「きみは家に帰るといい。生徒会が動くなら、おそらく問題は無いはずだ」
「でも」
「ここできみまで怪異に巻き込まれたらハルカに合わせる顔がない。言うことを聞いて、家に帰りなさい」
逡巡ののち、控えめに頷く。
けれど心配なのだろう、なにか分かったら連絡して欲しいとメッセージアプリのIDを渡される。
ハルカは良い友人を得たようだ、とこちらを様子見ながらも帰っていく後ろ姿に思いながら、手にしていた携帯をポケットへとしまった。
「今度こそ、間違えないよ」
呟いた声は雑踏に消えていく。




