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 第二図書室の絵本コーナーは、広い図書室内の人気のない一番奥の隅の方にある。というのも、この学校の図書室は全部で三箇所あり、その中でも二番目に広い第二図書室の約一割をこの絵本コーナーが占めているのだが、如何せんあまり貸し出されることがないのだ。よく貸し出される本ほど中央の本棚に並び、その本棚を起点に良く貸出されることが多いものをジャンル別に美しく並べてある。だからだろう、絵本コーナーはほとんど誰も来ないような隅にあった。


 そもそも、ここの絵本コーナーの人気はほぼないと言っていい。それでも第二図書室の約一割と蔵書が多いのは、寄贈本が多いのと、こちらはメタ的な理由だがゲームシナリオ内に絵本の怪異があるため、らしい。設定資料集及び攻略本には、数ある絵本から本物を見抜くことが必要とされるシナリオのため本当は第二図書室全て絵本の予定だった、と書かれていた。広い図書室にある本が全部絵本なのはやりすぎだろうか、と途中で変更したらしい。

 ちなみに生徒会長と幼なじみのルートに用意されたそのシナリオは「第二図書室の幸福の絵本」というもので、絵本コーナーにある絵本の中からただしく幸福の絵本を選ばなければ永遠に本の中に閉じ込められてしまうというものだった。よって、この第二図書室には絵本が多いのだ。


 私の推しは、よくこの第二図書室の絵本コーナーにいる。

 あたり姫はメインシナリオが進む共通ルートと、ヒロインが任意の場所やキャラクターの元へ移動してイベントを起こし、個別のキャラルートを攻略しながら絆を深めていくゲームだ。各キャラクターごとによくいる場所が三箇所ほど決まっていて、そのなかからランダムに配置されている場所へ、ヒロインは仲良くなりたいキャラクターに自ら会いに行く形になるのである。 

 私の推しは第二図書室と設定されていたので、何度も何度も会いに行った。


 さて、話を戻して私が今一番会いたい推しである。

 前世の私は彼に会うためだけに第二図書室へ通い、色々な会話パターンの回収のためにランダムイベントも全て起こした。あたり姫で私が一番好きで。一番救われて欲しいひと。

 名前を百鬼泰成(なきりたいせい)という、公式サイトや通販サイトのレビューで「彼を攻略できないのは一体なんのバグなのか」「彼を救済させてくれ」「どうして彼はヒロインのことをあんなに嫌っていたのか」「彼を攻略させて欲しい」と散々に言われた非攻略対象の隠しキャラクター。 

 モブ生徒とは違い立ち絵もスチルも用意された重要キャラクターの一人であり、怪異に詳しく情報通な先輩キャラで、ヒロインには度々助言をくれる。ただし、幼なじみのルートで特定条件をクリアしている場合のみ、彼は怪異に堕ちて敵対する。

 後に発売されたファンディスクで彼の物語は掘り下げられてはいたものの、終ぞ攻略対象にはならず、最後までヒロインに立ちはだかっていたキーキャラクターであり敵対キャラ。

 彼は幼なじみルートの終盤、好感度最大の状態で隠しクエスト及び特定の討伐イベントをクリアしていた時にのみ登場する、幼なじみルートで一番の難易度を誇る隠しボスだ。






 広い。とにかく広い。第二図書室の第一印象はこれしか無かった。いや本当に広いよ、私の部屋が十部屋は余裕で入りそう。これと同じ規模の図書室があと二つもあるってすごくない?

 それとなく本棚を眺めながら絵本コーナーへ行けば、誰もおらずしんとしていた。


(まあそんなにすぐに会えるわけないよね! 知ってた!)


 もともと彼は隠しキャラ扱いなのだ。そんなにすぐに会えるとは私も思っていないので、これは想定内。

 海外のものから日本のものまで、ありとあらゆる絵本が貯蔵されているその場所は、ゲームの画面越しに見ていた背景と全く同じだ。

 なんとなく私の知っているものに微妙に似たタイトルがずらりと並んでいて、純粋に内容が気になったので手に取ってみる。

 灰被りの魔法使い……シンデレラなのか魔法使いなのかどっちだ。一寸王子と雀姫は字面から意味不明すぎる。魔女の塔の歌姫はラプンツェル的な話なのだろうか。

 前世とは違ったおとぎ話だろうそれらに、私は全く覚えがなかった。前世を思い出したとはいえ、ここで生きてきた記憶を失った訳ではないはずなのだけど。

 ……そう言えば小さい頃からそういうのに触れる機会がなかったかもしれない。寝物語に聞かされたのは母の歌で、私は本を読むより外を走る方が好きなタイプの子供だった。

 この話はこの世界のスタンダードなのだろうか。多分そうだろう、私の知る昔話やおとぎ話はざっと見ただけでは見つけられない。

 ふと視線の先に「幸福の王国」というタイトルを見つけ、どくりと心臓が大きく音を立てた。


(……幸福の、絵本)


 幸福の王国は、ゲームの中では第二図書室の怪異の母体たる絵本だった。

 見つけることが生還の鍵になるこの本は、怪異に飲まれた後だとタイトルを認識できなくなる。幸福の王国と書いてあるはずの背表紙と表紙は白紙化し、挿絵以外の中身が支離滅裂な文字化け状態になる。そして似たような装丁と文字化けした偽物の本が絵本コーナーの本棚全体に散らばるのだ。その状態でこの本を探し、夜明けまでに見つけ出せれば戻ってこられるというものだ。

 生徒会長ルートだと語部彩陽が、幼なじみルートだと狐野陸がこの本を見つけて生還する。

 ヒロインは挿絵を覚えていたという理由で本物を探し当て、狐野陸は文字化けを解読して本物を見つけだす、というシナリオだった。

 ちなみに偽物のほうは解読すると「この本を選べば死ぬ」「この本を幸福と言うならその幸福をお前にやろう」「死ね死ね死ね死ね死ね」「これは幸福の死の呪いだ」、と黒い背景に赤いおどろおどろしい血文字で次々に浮き上がるホラー仕様で、初見の乙女を恐怖に叩き落としたギミックがあった。

 

 いや、でも今は普通の絵本だ。だよね?

 小さく当たりを見回して誰もいないことを確認してから、幸福の王国へと手をのばす。絵本の割には分厚くて豪華な装丁のそれは、ずしりとした重みと共に手の中に納まった。表紙には聞き覚えのない作者の名前と翻訳者の名前があり、デフォルメタッチで描かれた可愛らしい王冠が黒い布の上に置いてあるイラストが目を引く。これは設定集とかにもなかったから知らなかった、海外の翻訳本らしい。

 

 内容は、パラパラとめくってざっと目を通しただけだが、どこか物悲しい話である。

 とある王国に幸福と呼ばれる宝があり、それを第二王子が食べてしまった。食べられた幸福はその国から消え去り、王子は責任を取る形で城から出て幸福を探す旅に出る。

 ハッピーエンドであるはずなのに、なぜか少し悲しさが抜けない話だ。挿絵……絵本なので大半は絵だけれど、それがまたどこか物悲しい。


(……? あ、これ登場人物が全員笑わないんだ)


 最後には第二王子は幸福を見つけて城に戻るのだが、めでたしめでたしで終わっているはずなのにイラストは不満そうな表情の王子とその手に繋がれた「幸福」という名を冠する少女の泣き顔だ。

 何だこの話、全然幸福じゃない。ハッピーエンドっていうかこれはメリーバッドエンド、むしろバッドエンドテイストでは?

 なんでこれで幸福の王国なんてタイトルなんだろうか。


 無意識に、たぶん、私は絵本を見つめながら首を傾げていて。

 恐らくは、訝しげな顔をしていた。だからだろうか。


「……その本が、どうかしたのかな?」


 小声でかけられた声には、少し心配しているような響きがあった。

 決して聞き間違えることの無い声。その声が聞きたくて、姿を一目だけでも見たくてここまで来た。


「………………え?」


 呆然と見上げた先、首をかしげながら私を見る人とパチリと目が合った。

 自身も手に数冊本を抱えた百鬼泰成が、私をじっと見下ろしていた。

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