17
シンプルな門柱に、丁寧に整えられた庭、そうして扉の前には木製のメニューボードがある。ボードには白いチョークで、辛うじて読めるような崩れた文字で「ようこそおいで下さいました。入口はこちら。ノッカーを鳴らしてください。」と書かれている。
正直に言おう、この店の見た目、不気味で怖い。一人でここに通りがかったなら、絶対に入らない自信がある。見た目からは何の店なのかもわからないし、私一人であれば避けて通るであろう外観をしていた。
「ここ、ここ。ここだよ」
カナリアは笑顔のまま扉の前まで歩いた。指さした先にある鈍色ドアノッカーも、なんだか恐ろしいお顔をしたライオンである。
え、これ怖くないんですか?
「こ、ここなの……?」
思わず及び腰になってしまった私に、カナリアはからからと笑って、大丈夫だよと言う。
「中は普通だし、本当に可愛い小物多いんだよ。怖くない怖くない!」
明るい声でそう言うカナリアに嘘をついている感じは無いので、言った通り中は普通なのだろう。恐る恐る近づくと、入口で待っていたカナリアが私の手を取った。百鬼先輩も後ろについてくれていて、厳重警護のようになってしまっている。
「大丈夫だよ、行こう!」
ビビっている私の手を取ったまま、カナリアはノッカーを二回鳴らした。ゴン、ゴン、と鈍い音が響き、数秒置いて扉が開いた。
「ようこそおいで下さいました」
中には燕尾服を来たおじいさんがいて、扉を押えて私たちを中へと促す。中へ入ると古い木の匂いがした。少し薄暗い店内の雰囲気と相まって、ファンタジーのお店のようだ。
あちこちに置かれた商品はどれも年代物と言った感じで、真新しいようなものはあまりないようだった。
「凄い……雰囲気のあるお店だね……」
「いいでしょ? 悠も気に入ってくれたらいいな」
触って壊しでもしたら大変なので、距離を開けつつゆっくりと歩いて店内を見て回る。
螺鈿細工の小物入れ、七宝焼の飾り皿、奥の方には飾り細工の施された天蓋付きベッド。香木に彫刻を施した木彫りの室内飾りや、石膏像なんかも置いてある。多種多様の商品が、互いが邪魔をしないよう、うつくしく映えるよう置かれている。ちなみにこれらのお値段はゼロが五つほど並んでいたので(ベッドや香木に関しては六つ並んだお値段だった)、遠目から観察している。現在私の財布には四千円程しか入っていないし、お年玉貯金を崩しても弁償などとても出来ないので、触らない近寄らないが正解だ。
確かに可愛い小物も多い。レジ前にカナリアの言っていた小物も並んでいるが、こちらはお手頃価格だ。高価なものと安価なもので並びが分けられているのか、この辺りは手を出しやすい値段ばかりだった。
真鍮製のペンダントトップを、手に取らずに眺めてみる。透かし模様のティアドロップ型で、花と蔦の飾りが大変可愛らしい。値段も千円ちょっとと学生にも優しい値段だ。
可愛い。お財布の中身を考えても、買ってもいいかもしれない。
どうしようかなと少し悩んでいたら、百鬼先輩が後ろに来ていて、買ってあげようか、と笑った。
「いえ、大丈夫です!」
「そう?」
店内なので小声で叫ぶというよく分からない行動をしつつ、両手を振ってそんなことをしてもらう理由がないと断る。断るのも胸が痛いと思うのだが、ただでさえ送り迎えをさせて迷惑をかけているのに、奢ってもらうなど言語道断である。クレープ屋でも同じやり取りをしてどうにか言いくるめて自分のお金で買っているのだが、先輩ちょっと後輩に甘すぎませんか。
あ、しょんぼりしないでください心に刺さる。残念そうにされると前言撤回したくなるので、いつもみたいに笑っててくださると嬉しいです先輩……!
そんなことを百鬼先輩と繰り広げていたら、ねえ見て、とカナリアに声をかけられた。
「これ、やばくない? めっちゃいい!」
カナリアが指さしたのは、ひとかかえほどもある鳥籠だった。蔦の絡んだ意匠の鈍色のそれは、見覚えのある形をしている。
「え」
あれは、あの鳥籠は、ヒロインが来てからではなかっただろうか。そう考えて、いやでも購入時期は確かに明かされていなかったような気がする、と遠くなってしまった記憶を引っ張り出す。
店内を満遍なく見て回った私が鳥籠を見つけられなかったことについては、おそらくはこの鳥籠の「持ち主たり得る人の元へ来る」という特性だろう。
カナリアは「やすーい! 可愛いーこれ買っちゃおうかな!」とテンション高く鳥籠を褒めちぎっている。
止める必要性は、全くない。なぜならこれでカナリアは、彼女の家に入り込んだ悪霊から救われるからだ。
ちらっとお値段を見たら、まさかの千円台だった。安い。
しかしさすがに両手で抱える大きさを持って帰るのは無理があると思ったのか、カナリアはうんうんと考えている。
「すみませーん、これって郵送とかできます?」
カナリアの中で買いたい欲が勝ったのだろう、先程のおじいさんのところに鳥籠を抱えて行った。郵送はできるらしく、カナリアは大喜びで伝票を受け取っている。
それを見ながら、私はさっきまで悩んでいたペンダントトップを手に取った。