15
放課後は、教室で待機なのである。
鳴瀬さんはすぐに来て、現在百鬼先輩を待っているところだ。いつもは終業後すぐに来るのに、珍しく先輩はまだ来ていない。
「たーのしみだなー、噂のナキリ先輩!」
にっこにこ顔でそう言った鳴瀬さん、好奇心が隠せていないです。
彼氏彼女という間柄ではないことは何度か念押ししているのだが、何故か鳴瀬さんはあんまり信じてくれていない気がする。どんな人なの、から始まり、図書室では何してるの、いつも帰り迎えに来てくれるってどう思ってるの、等々いろいろと、それはもう根掘り葉掘り聞かれた。私の答えはもう一貫して「百鬼先輩は命の恩人であって、彼氏など畏れ多い」なのだけれど、どうしたら信じてくれるのだろうか。
「ふふふ、もうすぐ来るかなー?」
「いやもう本当に鳴瀬さん私の話を聞いて……」
「ちゃあんと聞いてるよ。命の恩人の、図書室でオススメの本の感想を言い合う、毎日登下校一緒にしてる先輩でしょ?」
圧がすごい、と引き気味だった私に、鳴瀬さんは「本当に分かってるよ」と笑った。その笑顔はさっきまでの面白そうなものではなく、優しい感じがした。
からかってるだけ、ということだろうか。そうであってほしい。先輩が来てから「付き合ってるの?」をされたら気まずい事この上ない。
「私はほら、悠と喋るようになったの最近だけど、それでもキミとは友達だって思ってるわけなのね」
人差し指を唇に当て、考えるポーズでそう言った鳴瀬さんは、だからキミの懐いてる先輩を見てみたいのだ、とにこにこしている。そこに、面白がっているような空気はない。
もしかしたら、心配もしていたのだろうか。目を細めて私の方を見る彼女からは、ただからかいたいだけ、というような雰囲気はなかった。
「私も友達多くないからさ。ていうか今友達宣言したから言うけど、そろそろ悠も私の事カナリアって呼んでよね〜」
「えっ、あ、えーと、カナリア……さん?」
「さんはいりません、カナリア。ほらリピートアフターミー、カナリア!」
「か、カナリア……」
どもりながらも名前で呼んだ私に、鳴瀬さん……カナリアは、よしと笑った。ついでに両手で私の右手を掴んで大きく振る。
そうしたタイミングで、教室の入口からくすくすと笑い声が聞こえて、二人共に振り返ると。
「おや、いいね。美しき友情かな?」
百鬼先輩がにこやかにこちらを見ていた。
「百鬼先輩」
「あ、噂のナキリ先輩!」
カナリアの声に首を傾げながらこちらに歩みよってきた先輩は、はじめましてかな、と穏やかに言った。カナリアは私の手を離して、はじめまして〜と百鬼先輩に向き直る。
「どうもー、悠の友達の鳴瀬カナリアです」
「百鬼泰成です、どうも。気軽に好きなように呼んで」
「こっちもお好きに呼んでもらって~」
にこやかに軽やかに二人の自己紹介が終わり、あっさりとじゃあいこうか、と二人息ぴったりに振り向いた。カナリアにはとくにからかったりとかそういう気配はなくて、本当に百鬼先輩を見てみたかっただけのようで。とてもあっさりでちょっとぽかんとしてしまった。
二人して、ほら、と手を差し伸べてくれるので、私は慌ててその手を取る。
「……いやごめんなさい焦ってましたこれはない」
右手は百鬼先輩、左手はカナリアに繋いでいる状態である。これはない、わかる、ないない。どんな焦り方をしたんだ、と我に返ってパッと離す。
「そのままでもいいのに」
「私も構わないのに〜」
言いながらも百鬼先輩はすっと一歩分離れて、吹き出して笑いながらカナリアは、もう一度私の手を取る。三人で手を繋ぐのはちょっとアレだが、女子二人なら、まあ、有り……だろうか。ちょっと友だちっぽいのでは、ないかな、とか思ったりしながら握り返してみると、カナリアは嬉しそうに笑って手を引いた。ついでに何故か百鬼先輩もにっこにこだった。
「そういえば、店の場所はどのへんにあるのかな」
並んで歩いている百鬼先輩に、カナリアは「鷹木十字路の裏手にあるんですよ~」と説明している。
聞き覚えのありすぎる地名に、思わず彼女を見てしまう。
「どしたの?」
「え、あ、ううん」
鷹木十字路は、首なし屋台という怪異の現れる場所で、ついでにこの怪異、プレイヤーのアイテム購入場所だった。
なぜ首なし屋台なのかというと、店主がずっと茶色い紙袋を被っているのだが、その下に首がないのだ。目のところに二箇所穴の空いた紙袋を興味本位で取ってしまうと、店主はおどろおどろしい声で「見ましたねぇ……?」と襲ってくる。紙袋を故意に取らない限りは良い店主なので、下手なことをしなければ害はない。店主が何かドジをやらかして紙袋が取れた場合(実際に好感度イベントでいくつか存在する)、ヒロインは見てないか、忘れさせられるか、気のせいだと思うの三択だった。
ちなみに、御札やらお守りやら、あとは特定の怪異にのみ効果を発する固有アイテムなど、対怪異用のアイテムを常時買えるので、あたり姫をプレイしている時は随分お世話になった記憶がばっちりとのこっている。
「すっごい可愛い小物が多くてね。悠も気に入ってくれるといいなーって思ったんだよ」
「へえ、いいね。俺もちょっと見てみようかな」
いつの間にやら随分と仲が良いふたりの会話を聞きながら、私は今から行く店が普通でありますように、と考えていた。