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 突然のことについていけない、とフリーズしていれば、やれやれというふうな顔をした犬飼さんが立ち上がる。


「百鬼、彼女が驚いているだろう。まだ本調子でもないんだ、離れろ」

「……わかってる。ごめんねハルカ」


 ぐいっと彼の肩を引いて私から引き離すと、犬飼さんは私の方へと視線を向ける。

 百鬼先輩は素直に離れて私の隣に座って、無事でよかった、と笑った。

 なんで百鬼先輩がいるんだろう。そう思った私の表情を読み取ったのか、先輩は少し眉を下げた顔をして「眼目が呼びに来たんだ」と言った。

 眼目さんが、なぜ百鬼先輩を呼ぶことになるのか。新しい疑問が増えてしまった。


「ひとまず、百鬼が今日からきみの送り迎えを担当する」

「……えっ」

「ちゃんと家の前まで送っていくから、心配しないで」


 そんな心配はまったくしていないのだけれど、なにがどうしてそうなったのか。なんで百鬼先輩が、私の送り迎えをするのか。

 全然わからないその言葉にぽかんとしていれば、犬飼さんは眉を寄せた顔をして「取り敢えずの妥協策だ」と言った。何が、いや何の妥協策なのだろう。

 どういうことだろうかと続きを待てば、犬飼さんの隣に眼目さんが来る。鬼塚さんは壁際に寄ったままだが、犬飼さんの後ろに蛇目先生がいて、大変に落ち着かない。イケメンだらけの生徒会室にひとりモブの私である。そんな場合では無いのは重々承知なのだけれど、圧がすごい。


「きみは、怪異に呼ばれている可能性がある」

「理由は分からない。普通、調べただけで呼ばれるなんてあるわけが無いんだ」


 渡り廊下の怪異に呼ばれている、と彼らは言う。理由がわからないとも。

 眼目さんがいうのなら、間違いなく私は怪異に呼ばれているのだろう。彼の目になにか見えたに違いない。


「きみが眠っている間にほとんど決まっていたんだ。きみの話を聞いて本決まりになった、ということになるかな。あまりこの学校内で一人にならない方が良いと俺たちは結論づけたんだが、百鬼が校内でも外でも、その役目は俺がやるんだと言って聞かなくてな」


 犬飼さんが百鬼先輩をちらりと見遣り、やれやれというように首を振る。

 話の続きを百鬼先輩が引き継いで、私の顔を見てにっこり笑いながら続けた。 


「きみの登下校はどうしようかという話になったんだよ、ハルカ。ここにいる誰かを付けることになるって話だったから、俺が立候補したんだ。もちろん、昼休みも図書室へは俺が迎えに来るよ」


 そこまで聞いて、わからない状況の中でどうにか把握したのは、私は一人でいると危ないらしい、ということと、そのせいで百鬼先輩をどうやら巻き込んだらしい、ということだった。

 サッと青ざめたのが自分でもわかった。

 前世でどれほど心を砕いたか分からない人に、私が、他でもない私が迷惑をかけているのだ。そもそも、今回のことだって私が調べようとしたりしなければ、こんなに大事にはならなかった。

 自分の失敗に泣きそうになる。けれど泣くのは許されないだろう、泣いて許してもらおうなんで思ってはいないが、私が泣くのはお門違いだ。


「ご、めんなさい、先輩……」

「うん? なにを謝るの」


 謝るべきは百鬼先輩だけではなかったけれど、口を着いて出たのは先輩の名前だった。

 前世で、繰り返しプレイするほどに推したひと。救われて欲しいと何度もリロードして、些細な選択肢の違いだって全てのパターンを試して、多分ゲーム内に存在する全ての「百鬼泰成」というデータは拾っているくらい、惚れ込んだひとだった。

 そのひとに対して、モブでしかない私が迷惑をかけているのだ。

 やっぱり、一目見るくらいで満足しておくべきだったのだ。ここまで深入りする前に、図書室に通うのを辞めるべきだった。


「わたし、私が勝手なことしたから、先輩に迷惑を……」


 図書室への送り迎えもすると言ってくれたけれど、もう辞めるべきだろう。一人にならなければいいのなら、学校にいる間は基本教室にいればいいし、放課後に残ったりせずに他の生徒が帰宅するのに合わせて帰ればいい。

 送り迎えは要らないと、そこまでしてもらうのは私が許せないと、そう言おうと顔を上げると。


「ハルカは、たまによく分からないな」


 少し眉を寄せた顔をした百鬼先輩が、私を見下ろしている。

 そうしてにこりと笑う。ゲームでよく見た、貼り付けたような美しい笑みだ。

 最近では見なかった、他人を寄せ付けない笑顔。


「迷惑じゃないし、ハルカはわかってないみたいだから言っておくけど、これは決定事項だからね」

「決定事項……?」

「そう。怪異が関連してるんだから当たり前だけどね。きみには現状、拒否権はない」


 頭に、言葉が入ってこなかった。

 見上げた先にある百鬼先輩の顔が、なぜか恐ろしく感じてしまって、思わず両手を握りしめる。

 先に続けるはずだった言葉を飲み込んだ私に、先輩はいつもの、見慣れた笑顔を浮かべた。


「それに、図書室できみと話すのは楽しいんだ。取り上げないで欲しいな。俺がしたくて送り迎えするんだから、ハルカは気にしなくていいんだ」


 はい、とも、いいえ、とも答えられなかった。黙ってしまった私に、犬飼さんがため息混じりに「気にするな」と言った。


「悪いのは怪異であってきみじゃない。百鬼も言っていたが、決定事項だ。そう決められたから、と従っておけばいい」

「従っておいた方が身のためだよ。先輩が気にしないって言ってるんだから、そのまま受け取っておきなよ」


 呆然と顔を見返すしかできないでいれば、眼目さんも犬飼さんに同意する。

 はい、以外の答えを封じられている状態に、それでも答えられないでいれば。

 百鬼先輩が握りしめられていた私の手を取った。そっと手を重ねられ、思わず手を引こうとしたところを引き止められる。

 そうして、彼は輝かんばかりに眩しい笑顔を私に向けた。


「ちゃんと俺が責任もって送り迎えするから、きみはうんって頷いてくれればいいんだよ。ほら、頷いてごらん」


 ひ、と悲鳴を飲み込んだ私の顔を覗き込んで、先輩は顔を近づけてくる。

 近い近い、ちかいです先輩! 

 思わずぶんぶんと音が出そうなほどに首を縦に振れば、先輩は「よく出来ました」と満足気に頷いて、ぱっと手と身体を離して犬飼さんに言質をとったよと報告していた。

 

 

 私の推し、こんなに押しの強いひとだったかしら、と思わず斜め方向のことを考えているうちに、百鬼先輩は私の担当として決まってしまった。

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