表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/55

1:プロローグ


 あれ、ここ知ってるなぁ。

 それがまず、実際にこれから通う無駄に大きな校舎を見ての第一声ならぬ、第一印象だった。

 だけど知っているといえば、知っていて当たり前なのだ。この広くて色んな施設を併合していて大学までくっついている高校は、全国でも有数の進学校なのである。全国各地の小中学校に高校案内と銘打ったパンフレットが確実に置いてあり、どの学校でもここの高等学校に入れる生徒が出れば箔が付くと成績優秀者にはとりあえず奨めておく高校のひとつだった。

 そんな有名な高校──正式名称を柊希(しゅうき)学園高等部というのだが、何故か私が知っていると思ったのはパンフレットや学校見学では絶対に知られないもので。


「……たしか屋上が、庭園になっていて」


 ぽつりとつぶやいたそれは、パンフレットには載っていない。もちろん、学校見学でも見に行くことはできなかった場所だ。

 屋上庭園は生徒会長のお気に入りの昼寝スポットで、裏庭にあるベンチに住み着いてる白猫の名前は粉雪、理科準備室には先生の泊まり道具が常備されていて、食堂は三店舗入ってる店から選べる形式で。あと保健室のベッドはいつもひとつ使用中。

 そんな誰に聞いたんだろうと思う情報ばかり、なぜか知っている。

 ぽんぽんと浮かぶそれらに目を回していると、唐突に思考が開けた。


(ここ、私の知ってるゲームの舞台だ)


 そう思った次の瞬間には、自分がここではない世界に生きてきた記憶も思い出していた。







 とはいえ、である。


 どうやらゲームの世界に転生したらしい、ついでに朧気ながらも前世の記憶持ちで。それを飲み込むのに一週間ほどかけて悟る。


(小山悠(こやまはるか)、なんて名前聞いたことないし……こやま、はるか……関連するような事件も多分ない。うん。私モブだわ)


 このゲーム、記憶が確かなら「あやかしがたりの姫」というタイトルの学園モノ伝奇系乙女ゲームなのだが(ちなみに「あたり姫」という、なにその頭悪そうな名前は、となること請け合いの略称がある)、主要キャラとはべつに結構な数の登場人物が出てくる。というのも、このゲームの内容が七不思議や都市伝説をメインシナリオに持ってきている為だ。


 ヒロインことデフォルトネーム『語部彩姫(かたりべあやひ)』は攻略対象の方々と様々な心霊現象や怪奇現象、事件に立ち向かい彼らと交流を深めていくことになる。


 お分かりいただけただろうか、心霊現象や怪奇現象や事件なのである。あたり姫では全部ひっくるめて「怪異」と呼んでいたが、ヒロインたちが解決する問題の数だけ目撃者や被害者、関係者がいたりするし、シナリオに関わってくるのだ。

 そしてこのゲームの売りは膨大なシナリオと美麗なイラスト、豪華声優陣だった。

 結構な数の登場人物はこの膨大なシナリオ内で色々な役回りを演じるのである。更には攻略対象のキャラによって遭遇する事件が違ったり、同じ事件でも内容と結末が違ったりしていて、金太郎飴ゲームにならないよう作り込まれた作品だった。普通にノベルゲームとして出していても高評価を得たであろうボリュームと出来栄えの乙女ゲームだったのである。 


 もともと都市伝説や七不思議は好きだったため、前世ではとてもやりこんだ。隠し要素もすべて出し、各ルートにおけるバッドエンド回収もすべて抜かりなく、シナリオ解放率一〇〇パーセントまでやりこんだ。そしてそこまでやりこんでも足りないと何回もクリアしたゲームだった。

 そんな中で、私の名前は全く記憶にない。忘れているだけでは、と思いもしたが、一部を除き各キャラの名前はその事件の内容に掠めたものになっている。たとえば「放課後のメリーさん」という七不思議の目撃者は籠野メアリだし、「鷹木十字路の首なし屋台」は首塚タカヤだ。スタッフもキャラ数が多いのでそういう風に覚えやすいよう名付けたとインタビュー記事に書いてあったので、それを考えれば忘れている可能性は低かった。小山も悠も文字を掠めた事件はシナリオ内にはなかったはずだ。


(……何にも巻き込まれないという幸運をありがたく思うべきかな、これは)


 私はモブだったのだと理解して。主要人物ではないのだと悟って。

 そうしたら、少しだけがっかりして、少しだけ気楽になった。よくラノベやゲームにあるような、何かの使命を持って生まれた訳では無いのだ。この世界でそれはすなわち七不思議や都市伝説、いわゆる怪異の解明になるわけだけど、それも私の仕事ではない。

 それにざっとあげただけで両手両足の数を超える怪奇現象やら事件やら、そんなものに巻き込まれたくはないので、結果オーライなのではないだろうか。誰のルートに入っても、ヒロインは最低でも六回、攻略対象はシナリオ内の事件ほぼ全てに巻き込まれるのだ。命がいくらあっても足りないではないか。


 正直、この世界が自分にとっての現実になった今ではヒロインに同情するレベルだ。この世界、怪異が怪異として認識されている上に日常と紙一重なのだ。テレビのニュース番組で怪異についての事件が「○○市で、鬼と童の迷い家が確認されました」と言うように普通に取り上げられるのである。とても怖い。


 というわけで、モブにはモブの生き方があると悟った私がすべきことは。というよりも、したいことは。


「とりあえず……一回くらいは推しに会いに行こっかな!」


 現実に生きる推しに会いに行ってみたいな、という、オタク心満載のことだった。

 だって仕方ない、このゲームは私が一番やりこんだゲームだったのだ。推しに会いに行きたいと願うのは、多分当たり前のことだ。多分きっと。

 もちろんヒロインに成り代わろうだとか、代わりにイベントを起こそうだとかは思っていない。

 あたり姫の攻略対象は、メイン五人とファンディスクでルート解放された人気キャラが一人の計六人だけれど、それぞれがだいぶ個性的で。ついでにトラブルメーカーなのである。


 ざっくりどんなキャラたちか説明すると、まずヒロインの幼なじみの過保護でヒロイン溺愛な狐野陸(このりく)

 爽やか頼れるお兄さんな生徒会長の犬飼光牙(いぬかいこうが)

 少しチャラくて人懐こい後輩の安倍公親(あべきみちか)

 一匹狼で情に厚い不良先輩、鬼塚真昼(おにつかまひる)

 癒し系おっとりお兄さんの保健医の蛇目紅弥(じゃのめあかや)

 そしてファンディスクで攻略対象に昇格したヒロインに色々と噂を教えてくれるサポート枠でありクラス委員長の眼目(さっか)かなめ。 


 覚えにくい名前が多いとお思いだろうが、これらも一応意味のある名前で、且つスタッフ的には覚えやすいようにと名付けられたらしいのだ。

 苗字から察している方もいるかもしれないが、彼ら全員が怪異憑き、或いは祓い屋の家系なのである。


 こちらもざっくり説明すると、人間でありながら妖狐の器である狐憑きの幼なじみ、犬神憑きの家の次期当主である生徒会長、陰陽師の家系かつ本人も陰陽師見習いの後輩、退魔師の末裔で祓う力が強い不良先輩、蛇に祟られて半身が蛇憑きとなった保健医、百目鬼の血筋のクラス委員長、という感じになる。


 彼らのこの背景を語られるまでもなく知っていてほいほいと近づくのは、さすがに無理である。正直とても怖い。いのちだいじに、ガンガンいこうぜはヒロインにおまかせする。

 また、どんなに彼らが素晴らしく萌えたキャラと同一であっても、それはそれ。二次元と三次元では大いに異なる。画面越しになら臆面なく話しかけられるし会いに行けるが、それが現実となるなら無理ですごめんなさい、というところだ。そもそもヒロイン以外に対する接し方は基本冷たいのだ、彼らは。

 ヒロインにはみんな最初から興味持っていたし、ツンケンしてても割かし早めに懐に入れてくれたけれど、モブである私にそれが適用されるはずもないので、成り代わってやろうとか考えるのは無謀というもの。私は私をよく知っている、平々凡々の私はたまにすれ違うくらいがいい距離感なのだ。というかあの顔面偏差値最高値な彼らと面と向かって話すとか、めちゃくちゃ無理寄りの無理である。

 それに彼らに関わると否応なく怪異が「こんにちは!」と元気よく登場してくるので、遠くから見つめる、近寄らないがおそらく私の大正解。


 そしてもうひとつ、私の推しの出てくるシナリオは結構厳しいというか、展開がしんどいのである。主に命の危機という方向性で。さらに言うなら、ルートの関係上おそらくヒロインでないとあのシナリオは開かないし攻略できない。

 私は推しを遠くから眺めているだけでも嬉しいし、きっと楽しい。本心は彼に救われて欲しいけれど、モブにはモブ相応のキャパシティしかないので、物語に関わったとしたって新しい被害者になるのが関の山だ。

 卒業、もしくはヒロインがエンディングを迎えるまでにちょっとだけでも話せたら嬉しいな、とは思うけど、それは高望みというもの。なので遠目からちらりと見られれば良い。

 そうして、出来れば。出来れば、この後二年の春に転入してくるヒロインが、一周目ではシビアすぎる攻略法をがんばってやり遂げてトゥルーエンドに向かってくれればいいな、と思っているけれど。もしもそれで彼を救うことが出来るとしても、それは私ではないことくらいわかっている。


 とりあえずは、今を生きる推しを一目見てみたい。

 会話などいらない、見るだけで良いのだ。生きているということを実感し、推しがいることを神に感謝するためにちゃんと存在しているのだと確かめたいだけなので。


 というわけで、昼休みになったら彼が良く立ち寄る第二図書室の絵本コーナーへ行ってみようと思う。


 

 



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ