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カルテ

作者: 藤峰子



 私にとってヒトの貴賤は一枚の紙にある。


 学生の頃、大学近くの歯医者で受付をしていた。医院といっても規模はさほど大きくない。院長も世襲制だ。まさに「まちのお医者さん」といった感である。だが駅も近く、まあまあ利便な土地柄とあり、繁盛していた。

 受付といっても、肩書は歯科助手である。直接患者に施術をするわけではないが、器具の洗浄やセット、予約や会計、諸々の管理はすべて私が行っていた。


 K院長とその夫人が経営する、このK歯科では、いくつかの問題があった。

 まず医者、衛生士、歯科助手、いずれもその入れ替わりが頻繁だということ。その原因はK院長いわく各人の忍耐にあり、奥様いわく雇用の条件にあり、私いわく人徳にあった。

 そして人材が不足しているのだから、必然既存の人間は過労働になる。他にも業務上の問題は多々あったが、特筆すべきはこれらであろう。

 当時私は大学二年生であったが、すでに受付嬢の中では三番目に長く、K医院に勤めていた。


 その日は水曜日だった。

 本来私の勤務日ではなかったが、当番のA子さんと連絡がつかないらしく、私が代わりに出ることになった。聞くところによると、前日に会計が合わずK院長が「合うまで残した」らしい。

 授業が終わり、午後四時ごろにK歯科を訪れた。器具は散々、カルテは山積み、返し忘れたのであろう保険証に「Tel」と付箋が貼ってあった。


 八時過ぎ、すべての診療を終え、一日の片付けをしながら、奥様と談笑した。

 「今日は急に呼び出しちゃって、ごめんね。助かったよ」別に、今に始まったことでもなかったので「いいえ、こちらこそ、稼がせてもらえましたよ」なんて気の利いた返事をした。

 

 カルテを順にしまっていると、ひとりの患者に目が留まった。

 「先生、この方のカルテ、白じゃなくて赤ですよ」奥様はあら、といってカルテを確認すると、赤い紙を指し、書き換えといてと言った。

 「T中さんね。この人ね、すごい不安症なのか、たくさん質問されたから覚えてるわ。M岡さんっていう、前に来てた患者さんにそっくり。覚えてる? なんだか落ち着きもなくてね。人間、どんな職業でも立派だと思うのよ、私。だから、こうはなりたくないわよね」


 会計を終え、身支度をして先生に挨拶をした。ふと「そういえば、昨日はいくら合わなかったんですか」と聞いた。

「千円よ」帰りの道中、コンビニに寄って肉まんを買った。ポケットから千円を出した。




 久しぶりに、ひとつ文章を書いてみました。


 小説というにはあまりにも短く、日記というにはあまりに喜怒哀楽に欠ける。さながらぬるま湯のような拙著ですが、「まあこんだけ短いならちょっと見てやるかグヘヘ」と目を通していただけるのなら、読みかけのジャンプを裂けるチーズのように裂ききるほど、有頂天になることでしょう。


 さて、最近私はどうも変わってしまったようです。今よりずっと傷つきやすかったころに、ずっと胸の中にあった漠然とした怒りが、近頃とんと姿を消してしまいました。

 これは決して私が聖人君子となったわけではありません。ただ、シラけるんです。

 今まで友達とビール片手に発散していた「クソったれたこと」が、なんだかゴミみたいに自分の体内に、胃に、腸に、肝臓に、溜まっているような気がしました。


 書くことをただの憂さ晴らしにする気はありませんが、「クソったれ!」と書いているときが、今の私にとって一番人間らしい瞬間なのかもしれません。


2019.12

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