第三十二話 単純な者ほど罠にかかりやすい
風が吹き抜ける。
辺り一面を乾かしてしまうような冷えたその風は、巨大な石像によって遮られた。
足元には赤い華が咲いている。
その華を踏む存在は、石像だけに思われた。
「あぁ、こんなこと言うのも何だけど、それじゃあ死ねないんだ。」
刹那、石像の両腕が二本の強靭な糸によって捕縛される。
周囲に生えるどの木よりも巨大な石像であっても、強烈な毒によってその繊維の隙間を埋められ強化されたその糸は、簡単には引きちぎることは叶わない。
石像と少年が向かい合う。
頭とも胴体とも呼べるそこから土が零れ落ち、吸い込まれるような暗闇が隙間から見え隠れする。
きっとそこには目があるのだろう。
見つめあうこと数秒、糸が凄まじい力で引き寄せられる。
「力比べか、生憎得意じゃない。そのまま続けると振り回されるぞ?」
宣言通り力任せに引き寄せられた糸の先にいる少年が、その巨体に振り回される。
その勢いのまま巨体に似合わない速さで、石像が回転を始める。
回転の中では力を込めることは出来ず、やがて糸の捕縛は解けていき少年の体が宙へと投げ出された。
それを追うようにして、石の塊で出来た不格好な足を力強く踏み込み追撃をかける。
「タックルは猪のがまだ上手だったぞ。」
糸もストリングも、強化するための毒もまだ解除していない。
飛ばされながらも木々にその糸を巻き付け、ブランコのようにはるか空高くへとその身を飛ばす。
既に突撃を始めていた石像は勢いを殺せず、自分の頭上を越えていくその小さな存在に手を伸ばすことすら出来ない。
両手から出したままの糸を一本の木にまきつけ、そのまま螺旋状に勢いを殺しながら降りてゆく。
「あいつに殺してはもらえないが、こっちもあいつを殺せないな。」
はじめの全体重を乗せた踏みつけで死ぬことは叶わなかった。
つまりそれ以上はこの石像から期待できない。
かといって、毒が効くかと言われればそうでもない。
強化するためとはいえ、毒が染み込んだ糸で両腕を捕縛していたのだ。
結果全く気にも止めずに振り払われてしまったが。
「唯一の狙い目は、あの暗闇か。」
亀がその柔らかい体を守るために甲羅を持つように、蝸牛が殻を持つように、硬い物の中身は柔らかいと相場は決まっている。
ただし、その巨体を持ってしても少年に追いつくほどの速さを持ち合わせた石像の目に当たる部位を狙うことは難しい。
まさしく針の穴に糸を通すような繊細な動作だ。
「まずは動きを止めないとだな。」
ブラッドスパイダーに対して有効打になった眷属武器召喚は、この硬い体相手にはナイフが折れるだけだろう。
とはいえ単純な糸による捕縛では、同じことの繰り返しだ。
「いや、そうか。動きを止めるのに正々堂々捕まえる必要なんてない。」
少し離れた木の二本に糸を張る。
自分がかからないよう、身長よりも高い位置に張っても、あの巨体ならば膝あたりだろう。
簡単な話だ。罠を張ればいいのだ。
正面突破が不可能なら策を講じればいい。
少し考えれば分かることでも、いざその状況になるとなかなか浮かばないものだな。
逃げ回りながらいくつかの木に糸を張っては解除。
それらの作業を糸製造のみで行なう。
両手で糸を使い毒とストリングを併用すると、発動に対し一回あたり最大20の魔力を使ってしまう。
糸のみであれば片手なら2の消費で済むのだ。
最初の捕縛からタックルの回避で一度最大値消費してしまっている。
念の為半分は残したい。ならば目標を散らしたところで意味はないだろう。
転ばせるための罠を一定の範囲に絞る。
「さあ、鬼ごっこの始まりだ。」
小石を拾い、投げつけ挑発する。
相手は見た目通り石頭の頭でっかちだ。
それだけで簡単にこちらを追いかけてきた。
最初の数本は、跳躍により回避される。
しかしそれまでだ、後方から振動と共にその巨体が倒れる音がする。
「俺を殺せないんだ。その程度だよな。」
両の手で糸を出し、素早く手足を縛り付ける。
しかしこの巨体相手では抑えつけるのにも時間の限界があるだろう。
素早く糸を切り離し、頭部へと走る。
「じゃあな。血毒の防皮、糸製造、毒製造、ストリング。」
両手からは糸と毒が、腕からはまた別の毒が流れ糸を伝っていく。
二種類の毒が混じり合い、それを運ぶように糸が暗闇の中へと入っていく。
吸い込まれるように、スルスルと奥まで糸は進んでいく。
やがて限界まで糸を伸ばした時、それを伝っていた毒もまた石像の体内へと浸透を始める。
その時だった。
何かがちぎれる音がする。
両手足を拘束していた糸が、力任せに引きちぎられたのだ。
だが、石像が立ち上がるよりも毒がその体に回りきるほうが早かった。
流し込まれた毒により、体表の石は変色し腐食していく。
抵抗するように、もがいていたその体はぐったりとし始め、腐食した石は剥がれるように崩れ落ちた。
その巨体が見る影も無くなり溶けだした頃だろうか、中から人間の頭ほどの大きさの黒く綺麗な石が転がり出てきた。
これがきっとこの魔物を討伐した証になるのだろう。
バッグを地面に置き、出てきた石を仕舞う。
「さて次か。」
次は鉱山の中へと向かおう。
足早に来た道を戻っていく。
これから一週間の野営となるのだ。
拠点となるべき雨風をしのげる場所は、早いうちに確保しておきたいのだから。
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