第二十八話 心と体が通じ合うということ
意識が覚醒した時、そこはまるで海の底のような薄暗い世界だった。
体は動かず音は聞こえず何も感じない中で、目だけを頼りにどこにいるのかを探ろうとする。
しかし何もわからない。
急に重力という概念から解き放たれたかのように、体が浮遊感につつまれる。
海の底、という表現はあながち間違いではなかったのかもしれない。そこは水の中だった。
ただし呼吸をしていなくとも、苦しくなることは無かった。
しばらくすると視界の奥の方から何かが近付いてくるのが分かる。
途端にあたりを鉄のような臭いと生臭さが包み込む。
凄まじい速さで接近してくるそれは、遂には体にぶつかったかと思うと、反動で少し後方に下がった。
よく見るとそれの口から束になった細い糸が、枝分かれするようにこちらに伸びてきているようだ。
体が動かないからあっさりと捕まってしまう。
糸から何かが流し込まれる感覚。
それと同時に伝わってくる感情がある。それは失望だった。
駄目だ、これではこの存在を満足させることは出来ない!
焦燥感に包まれ、抵抗を試みる。
気づけば右手には1本のナイフが握られていた。
感覚を取り戻した右手を動かそうとすると、さっきまでのが嘘のようにあっさりと動き出した。
心のままに体を捕まえる糸を切り裂く事で焦燥感は消え去った。
ふと、目の前の存在に目を向ける。
全身を赤黒い肉に包まれ、埋もれるようにそこにある琥珀色の複眼は、じっとこちらを見つめていた。
さっきまではその眼に全く気づかなかったのに、今はそれがある事が安心感に繋がる。
再び糸が伸びてくる。しかし今度はあえてそれを受け止める。
糸から流れてくるのは感情ではなく、言葉だった。
━━━やっと目が合ったな━━━
それは、くぐもったような自分に似た声で伝えられた。
あぁ、お前だったのか。
唯一動く右手で、ナイフをその瞳に突き立てる。
すると喜んだような声を上げ、糸から毒々しい色の液体を流し込んでくる。
焼けるような痛みの中、目の前の存在との妙な一体感を感じる。
その一体感をより深く味わうために、痛みで目を瞑るようなことは決してしない。
安心したかのように糸による拘束を解放し来た道を戻るかのように、しかしこちらを見つめることをやめずに戻っていく。
手を伸ばして引き止めるようなことはしない。
それは必要のないことだと互いにわかっているから。
かと言って見送るようなこともしない。
なぜならば、常に一緒にいるのだから。
その時、本当の意味でその存在と通じあった気がした。それを確認出来たからか、不意にとてつもない睡魔が襲って来る。
抵抗は出来ない。いや、する必要なんて無い。
ここでやることは既に終わったのだ。
全て身を委ねゆっくり目を瞑った。
意識が落ちる。
すうっと目が開く。心地のいい爽快感と共に目が覚める。
朝の目覚めで、ここまで清々しい気持ちだったことは今まで無かった。
いつも生きていることを呪い、悔やんでいた。
これは見た夢が関係しているのだろうか。
そしてあれは本当に夢だったのか。
胸の宝石を見つめ、触ることで感触を確かめる。
すっかり慣れた硬いそれが、現実であったことを教えるかのように光り輝いた気がした。
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