第二十六話 惹かれあう者達
誰もが動けずにいた。
今何かをしてこの存在を怒らせることは、間違いなく死に繋がると悟っていたからだ。
死にたがりの彼でさえ動けずにいた。
彼は死ぬことが願いではある。だが誰かを巻き込むことは本意ではない。
それに万が一にでも自分だけが生き残り、周りの人間が死んでは寝覚めが悪い。
誰もが息を飲むことすら忘れそうになる緊張感に全身を震わせる中で、その原因の存在はゆっくりと音すら立てず空から地に降り立つ。
光沢のある黒い鱗を輝かせながら、まるで何かを探すかのように首を振っている。
飲み込まれるように深く蒼い瞳で、その場にいる者の顔全てを伺うように見渡した後、一人の少年のいるただ一点を見つめる。
次の瞬間その口から、少年目掛けて霧が放たれる。
その霧の速さは、その場にいた誰の目でも追うことが出来ない程の勢いだった。
瞬間、黒い水飛沫と血飛沫が舞う。
その光景を最後に凄まじい風圧が起き周りの人間は目も開けられず、中には立てなくなるものさえいた。
咆哮が聞こえた時には、龍はその場から姿を消していた。
その龍の吐息に直撃した少年もまた、姿を消していた。
残された者達には、ただただ自分が狙われなかったことに安堵し胸を撫で下ろす事しか出来なかった。
胸が熱い。いや冷たいか。
どちらかも言えない奇妙な感覚で目を覚ます。
気づいた時には森の中で倒れていた。
違和感を覚えた胸に手を当てる。
指に伝わってくるのは、異常な程に硬くそしてやけにツルツルとした感触だった。
ゆっくり頭を下に向け、胴体を見る。
衣服は裂け、うっすらと湿っている。
そして肝心の胸部から首にかけてが赤黒い結晶になっており、鳩尾のあたりには琥珀色の宝石が埋まっていた。
その宝石を見つめると、目が合ったような気がした。
どうやら胸元にしまっていた宝石が、結晶ごと自身の体に癒着して一体化しているようだ。
もしかしたらブラッドスパイダーの毒が、ライフイズペインで治しきれなかったのと何か関係があるのかもしれない。
龍によって与えられた衝撃は確かに感じたのだ。しかし傷が治り、痛みを感じるあの感覚は訪れていない。
これはこの宝石が自分の体の一部になった、ということなんだろう。
「しかしあのドラゴンなにが目的だったんだ?」
口に出して何か分かる訳じゃないが、何となくその疑問を頭で整理したかった。
「ドラゴンだと?おいナイ!その話聞かせろっ!」
思いがけずその言葉に返事があった。
振り返ると腕にうっすらと血を流しながら、それでも騎士らしい姿の中年男が焦った様子で立っていた。
「関所近くを襲っている魔物数体をその場にいた冒険者と倒していたところ、周りの人がドラゴンと呼ぶ魔物が現れました。魔物は辺りを見回した後自分に霧?のような物を放ってきました。
その後は気づいたらここで倒れていたのでその後どうなったかは分かりません。」
「それはドラゴンブレスだな、なんでナイがそれに耐えられたのか分からないってその胸どうした!?まるで・・・」
「ブラッドスパイダーの眼のようですか?」
「あぁ、まさか寄生されたのか?」
「いや、ブラッドスパイダーは闇の精霊王のスキルを駆使してなんとか自分が倒しました。これはその時に出た宝石です。もしかしたらそのドラゴンブレスから守ってくれた代わりに体に混ざってしまったのかもしれないです。」
「なるほど、一部の魔物の素材にはスキルを取得できるものもあるからな。代償発動型で効果は持ち主の身代わり。予想はそんなとこか?」
「ええ、そうですね。」
「っと話が逸れちまったな。そのドラゴンが現れた時に黒い霧か黒い雲が出ていなかったか?」
「確かに空が黒い雲に覆われてました。」
「なら俺が一撃もらった時に逃がしちまったブラックミストドラゴンで間違いないだろう。名前に黒を背負うだけあってクラスブラックのとんでもねぇ魔物だ。急に何かに引き寄せられるように飛んで逃げちられまってな。」
「その後こちらに来たということですか。しかしあのドラゴンはまるでこちらを探しているようでした。」
「黒い霧ってのは闇の精霊王とそのスキルを持つ者のみの特権なんだ。スキル同士が惹かれあったんだろう。力試しでもされたのかもしれないな。」
ロイはそう言って笑いながら話す。
しかしすぐに顔を引き締めた。
「俺からした話だが、こんな話してる場合じゃないな。ブラックミストドラゴンがまだいるなら・・・いや、暗い話はやめだ!とにかくまずは関所に行こう、ついてこれるか。」
「頑張ります。」
「よし!」
距離を離されつつもなんとか関所につくと、その場にいた冒険者や騎士の雰囲気はとても暗かった。
ロイが話を聞くと、幸い王国に被害は出なかったらしい。
ちょうどミリーナがいたから聞いてみるか。
「ミリーナさん、今大丈夫ですか?」
「あーナイくーん。大丈夫じゃないよ!ナイくんがドラゴンに襲われて死んじゃったんだよ!」
目を真っ赤にして、涙を浮かべながら自分の死を伝えられる。
そうか!俺は死んだのか!やったぞ!
いや生きてるわ・・・
「ミリーナさん・・・」
「なにー?」
「今話してるのは?」
「ナイくーん!」
「死んじゃったのは?」
「ナイくーん!ええっ!!ナイくん二人いたの!!」
「いや死んでないんですよ。俺の左腕だけじゃなく両腕切り落として試してみます?」
「うわーんっ!!もうそれやめてよー!あたし的ショックだったことナンバーワンなんだからー!!」
そんなミリーナの声を聞いて、冒険者達が集まってくる。
しかし皆が皆、薬草喰らいのナイは名誉の死亡を遂げた。彼は少年でありながら王国を守ったんだ。とまるで呪詛のように唱えていたので誤解を解いて回る。
そうこうしてるうちに、アンガスをはじめとした高クラスの冒険者達が関所に戻ってきた。
腕に自信がありそうな冒険者ばかり、胸の宝石について聞いてくる。
せっかく暗くなる前に一段落ついたというのに、これじゃどうやら説明だけで明日になってしまいそうだ。
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