第二十三話 たった一つの願い
先制攻撃はその身を赤く腫れ上がらせ、体表の血肉を蠢かす巨体から行われた。
複眼の少し下から鋭い牙のある口を開き、糸を放つ。クリフへの攻撃と同じ順序ならば、この次に毒が来る。
ならば安心して受けられる。
両腕を拘束されるが、まあ構わない。
「ぅぐっ・・・」
まるで全身の血管の中に、マグマを流されたように熱い。その熱さは一瞬で鋭い痛みと倦怠感を引き起こし立っていられなくなる。
だがすぐにその後違う痛みが体を襲う。体中の骨という骨を砕かれたかのような痛み。
あまりの激痛に声すら出ない。
しかし、ふっとその痛みが無くなり、それと同時にさっきまで全身を襲っていた鋭い痛みと倦怠感が無くなる。
「これじゃだめか。」
クリフを一時再起不能に追い込んだ毒は、あっさりとライフイズペインによって無効化されてしまうことが確認出来た。
まあすぐに治療すれば治せるという話もしていたし、何となくそんな気はしていたが悲しいものだ。
体を襲う痛みがなくなったことにより、糸による両腕の拘束を振り払う。
本来ならば、勝てると踏んでいたブラッドスパイダーは困惑していた。
産まれてから狩りをしては寄生し、宿主が倒れては産まれてを繰り返してきた今までの人生の中、こんな経験は1度としてない。
確かに毒が効かない、抗体をもった生物はいた。
しかし毒が効いていながら、その数秒後に毒を体内から完全に排出する生物は見たことがなかった。
自身の狩りの方法の中でも、最高の流れを防がれたブラッドスパイダーにはじめての感情が芽生える。
それは高揚感であった。
全力の自分を凌駕するその力に震え、感動しそして際限なく高揚していた。
それは結果として、その身に進化を促すこととなる。
新たなる力を使い、もう一度この存在に挑もうとした。そして先刻の自分を越えようとしたのだ。
少年の体は関節の至る所が拘束された。糸は何重にも重ねられ、身動きがとれない。
今度こそは逃がさない。絶対的意思が感じられるその攻撃に、少年もまた感動する。
ただの魔物だと思っていた、そんな存在に明確な殺意を向けられたのだから。
もはや両者に言葉はいらない。殺そうとする者、殺されようとする者、その二者が揃ったのだから。
そしてそこに、待ち望んだように強化された毒が流し込まれる。
それは毒の効果としては、前までと全く変わらない物だった。
特筆すべき点はただ一つ、治るのと同時に再びその体を蝕むこと。
「最高だよ。」
少年はライフイズペインでも治しきるに至らない全身を襲う熱く鋭い痛みに襲われながら、笑っていた。
ブラッドスパイダーもまた、この毒ならば目の前の存在を越えられると嗤っていた。
だが残酷にも、それでも、届かない。
ステータスを開く、ライフは減っていなかった。
「あぁ・・・」
しかし動けない少年を、大きな口が狙う。
全身を咀嚼される感覚、鼻を抜ける鉄の匂い。
「食べられてる。やっとだ。」
それが声になっていたかは分からない。しかしその言葉は正しかった。少年は食べられていた。
そして、痛みと共にその体が再生する。
ただ少年は妙な安心感を覚えていた。
これが続けば、いつしか死ねる、そんな気がしてならなかったからだ。
ただしブラッドスパイダーは、この時点で侮ってしまう。目の前の存在を、無くならない餌と判断してしまった。
食べるために殺す、殺したから食べる。
そんな生物的本能が、闘争本能を上回ってしまったのだ。
違和感を感じた時には、気づいてしまった。
自身の体の急所を避けられ、丁寧に扱われながら食われていることに。
「許せない。」
願いは死。向けられるべきは殺意なのだ。
決して食欲なんて、チンケな物にその身を預けるつもりは毛頭ない。
しかし対抗する術はない。
毒により動けず、ただその身を弄ばれる。
「死なせてくれると信じていたのに。許せない。」
欲しい、この裏切り者をどうにかしてやる力が。
憎悪に心を支配された時、ステータスが強制的に開かれライフイズペインの項目が暗く光っていることに気付く。
目を凝らしてみると、その意思が通じたのか発動条件が表示される。
精霊系・常時発動型/条件発動型/代償発動型/限定条件下任意発動型
最後に見たことも聞いたこともない条件が追加されている。任意発動型ではないそれを見た時、スキルの名を口にしていた。
「ライフイズ・・・」
違う、これでは無い。感じる違和感。
今このスキルはこの名であってこの名ではない。
任意発動型スキルの使い方はただ一つ、そのスキルの名を呼ぶこと。
頭が理解した時には、正しい名を言葉にして紡ぐ。
「Life is pain "The wish freeze"」
瞬間、世界が凍る。
血と肉で出来たその巨体の全てを同時に凍らせる力。
全身が凍りついていくのを感じながら、その魔物は後悔していた。
もっと戦いに身を興じるべきだったと。
願わくば、もう一度、この存在との殺し合いを。
そんな儚い願いすらも凍らせる。
そしてその身ごと砕き、無かったことにしてしまう。
最後に残ったのは、離散した無数の氷の粒とそれに抱かれるようにして眠る少年だけだった。
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