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俺はドMに目覚めない   作者: 幸運を殺す者
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第二十一話 男の覚悟

目の前の不規則に脈動する血肉の集合体は、まるで様子を伺うように琥珀色の複眼でこちらを睨み続けて動かなかった。


「これ、やるなら今じゃねぇか?」

「あんた何言ってんの、これが何かわかってる?」

「男の覚悟無駄にする気か、今のはお前もふざけて俺だけ行く流れだろ。」

「やっぱり死ぬ気だったんだー?クリフだめだよー。受付嬢としてそれは見逃せないなー。」


「あの、これ蜘蛛ですか?」

「あぁ、ナイ。お前にも教えておかないとな。これはクラスホワイトのブラッドスパイダーだ。レッド以上の魔物に寄生してる事が稀にあるらしくてな、その稀が今だったって訳だ。」

「クラスホワイトですか、一応先輩方に聞きたいんですが勝算は?」

「無いに等しいね、それは間違いないよ。ホワイトってのはほぼ伝承の存在さ。あたし達とミリーナで全力で突っ込んであんた一人が逃げる時間が稼げるかどうかすら分からない。」


「最高に絶望的ですね。」

「それを最悪っていうんじゃないのー?」

「動き出したぞ、冗談言ってる場合じゃ無さそうだ。」


危なかった。つい本心が出てしまった。

しかしどうするか、この三人を逃がしてから死ねるか試すにもクラスグリーンの自分では説得力に欠ける。

そんなことを考えてる間にも、ブラッドスパイダーは移動を開始していた。


脚を動かす事にねっとりとした水音があたりに響き、血生臭い悪臭が漂ってくる。

まるで心臓のような見た目で鼓動する胴体がゆっくりと開き、びっしりと牙の埋め尽くされた口が姿を現す。


「来るぞ!唾液と牙には毒がある!気をつけろよ!」

「あの脚も鋭いから注意ね、それとあの体の血には触れないように!」

「つまり全部気をつけよー。」

「わかりました、近づかず触れずに倒せと言うことですね。」

「ナイ!言葉にすんな、諦めそうになる。」


そんなふうに言葉を交わしながら、急に速度を上げ突進してきたブラッドスパイダーを皆全力で躱す。


「まずは目を潰せ!」

「わかってるよ!」


リンダは避けながら流れるように矢をつがい、複眼を狙う。


「当たりが多けりゃ狙いやすいね!」


しかしその矢が狙いを捉えることは無かった。

脚だけを残し一瞬だけ液状化したのだ。放たれた矢が奥の木に当たる音が虚しく響き渡る。


「こりゃあたしは役に立てそうにないね。」

「あの速さの矢が役に立たないなら誰でも無理だろ。ってミリーナ!」


リンダに続くようにして流れるように刀を構え抜刀、脚を目掛けその刃が抜き放たれる。

しかし十分に力を溜めてはいないその一撃では傷をつけることは叶わなかった。


「うーん当たりはするけどかったいねー。」

「ミリーナさんも見てたんですね。」

「うん、あたしの武器ならそこまで近寄らなくても狙えるからねー。自然と見てたよー。」

「なるほどな。ナイじゃそもそもリーチが足らねぇ、ミリーナじゃ威力が足りねぇ。リンダじゃ動く脚は狙いにくい、かといって胴体には有効打なし。」

「クリフ待ちな!」


返事をせずにクリフは目いっぱいに大剣を振りかぶり、一回転して勢いをつけながら脚に強襲した。

本能から二度の回避で侮っていたのもあったのだろう。イビルスパイダーは意識外のその一撃に体がぐらりと傾く。

八本ある脚のうち一本は、この攻撃によって奪い去られた。


結果、赤く蠢く肉の中にある複眼が、唯一体に傷をつけたクリフを捉えた。

剥き出しになった口がすこし縮まったかと思うと、そこから糸が放たれる。

全力の攻撃を放ったクリフにそれを回避する余力は残されていなかった。


「クリフウゥゥゥゥッ!!」


リンダの叫び虚しくクリフの体は糸に搦め取られ、その糸を伝い毒が放たれる。

糸が伸びた時から動き出してはいたが、ナイフの短い射程では糸を切る事は出来ても毒が流されることを止めきることは出来なかった。

即効性の毒なのか既にクリフはぐったりとし気を失っている。


「くっすみません、間に合わなかったです。」

「いや、十分さ、毒の全部が全部を体に流された訳じゃないよ!まだすぐに治療できる場所に運べば治せるかもしれない!」

「でも運べるのって体的にあたし達二人が抜けないとだよー?」

「あーもうどうすればいいのよ!」


これは好機だ。ミリーナを使おう。彼女はその力の片鱗だけだがライフイズペインを知っている。


「ミリーナさん!ここは任せて下さい、実力が及ばないのは分かっています。でもスキルの闇の精霊王の贈り物があります。あなたなら、いやあなただから分かるはずです!時間は稼ぎます!」

「ナイくん…」


その言葉でミリーナの脳裏に、彼女のトラウマとも呼べる光景が浮かぶ。

それはまさしく今話している少年の右腕を自分が斬ってしまった思い出。

そして、信じられない光景を目にした記憶。切れた体がその場で再生するという意味のわからない超常の力。

だがそれは、この場において説得力を生む。


「あのスキルで本当に防げるの?」

「ええ、そんな気がしてならないんです。」

「なに二人で話してるんだ!無理だ!クリフの二の舞に、いやもっと酷いことに!」

「リンダ黙って!!いいんだね、ナイくん。」

「早く二人でクリフさんを連れて逃げて下さい。アイツがいつまた動き出すかも分からない。」

「わかった。ただ約束して。」

「なんです?」

「死なないで。絶対生きて帰ってきて。」


ミリーナさんが、伸び伸びと話をしていない姿を初めて見たかもしれない。

そんなことを考えながら、クリフの両脇を二人が、いやミリーナが強引にリンダごと運んでいくのを邪魔されないよう視線を遮るように立つ。


「いや、分かってるよ。この身長じゃさ、視線は遮れないよな。でもお前は待ってくれる気がしたんだ。」


後ろを振り向き、ミリーナ達の姿が見えなくなったのを確認。すぐに眼前に姿を捉え、通じないのは百も承知で言葉を紡ぐ。


「タイマンと洒落こもう。その脚で、牙で、血で、毒で俺を死なせてくれることを祈ってる。」


もしかしたら、その言葉の意味は通じたのかもしれない。まるで返事をするように牙を鳴らしてから、口を大きく開いたその表情は嗤っている様な気がした。

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