第九話 男は如何にして立ち上がるのか
<アンガス&ミリーナside>
「ありゃ」
「いっでぇぇえええ」
「うげェ・・・」
やってしまった。
斬り落とされ宙を舞う少年の右腕を目にした瞬間、二人の脳裏に浮かんだのはそれに尽きる。
”あの”ロイ・アレクベルクが保護した少年に大怪我を、ましてや死なせるなんてことがあってしまっては英雄の顔に泥を塗ることと同意義である。
アンガスは後悔していた。
自身の命令で大切な自分のギルドの冒険者の経歴に傷をつけてしまったことを。
大切な英雄の友人が信頼して預けてくれた客に怪我をさせたことを。
年端もいかぬ少年に一生治らない大怪我を負わせてしまったことを。
ミリーナは信じられなかった。
ギルドマスターの命令とはいえ、結果的に自分の手で少年の腕を斬り落としたという事実を。
今すぐにでも駆け寄ってその腕に治癒効果のある魔法をかけてやりたい、その気持ちはあれどあまりの恐怖に足が動かない自分自身を。
しかしこの二人の失敗は当然と言える。
なぜならば、こんなにも”弱い”はずがないのだ。
あの龍をも退け街どころか、国を救い団長にまで上り詰めたあの男が気に入りギルドに凱旋するなんてことは前例のない、例外中の例外であった。
つまりは相応の力があるものだと考えるのが当たり前なのだ。
そんな心の言い訳をしたことさえ、目の前の凄惨な光景で後悔に変わった。
彼らは冒険者だ。戦争にも赴いたことはあった。ミリーナは経験が浅い方だが、アンガスにとって若い頃は戦うことが日常だった。
そんな彼らでも、その日に言葉を交わしただけとはいえ、見知った少年が片腕を無くし血塗れになりながらのたうち回る姿は恐怖に、焦りに、混乱に頭が支配されるには十分すぎたのだ。
だが、数秒後に起きた出来事で、彼らの恐怖は別の恐怖に塗り替えられることとなる。
ピタッとさっきまでの狂乱が嘘のように少年の体が止まった。すると少年の体は薄暗い霧に包まれる。
霧はどんどんその色濃さを増していき、少年の周囲のみがまるで世界から隔離されたかのように感じられた。
「なんだよォ、あれは・・・」
あまりにも異常な光景、この時アンガスが声を出せたのは一重に経験から成せたことだと言える。
ミリーナは直前の恐怖と合わせて、異常さに心を囚われ呼吸すらも忘れていたほどだ。
やがて霧が薄れ、再び少年の姿が知覚できるようになった時にはその右腕があっただろう空間にぽっかりと穴が空いていることに気づく。
見えないのではない。空間が無いのだ。
その無くなった空間に視線を奪われ、無に吸い込まれそうになる感覚に二人が陥った時のことだ。
「なんで・・・」
少年の声が聞こえた気がした。
瞬間、錆び付いた機械が動くかのようにゆっくりと少年の左腕が、無くなった空間を掴んだ。
「は?」
少年が目を見開くのが見えた。ふと違和感を感じる。二人がその違和感の原因に気づくのに数秒の時間も有さなかった。
彼の右腕は確かにそこにあった。斬り落とされる前と何も変わらずそこにあったのだ。
彼はまるでそれが当然のように、右腕を使い立ち上がりこちらを見つめる。あまりにも悲しそうな顔をしながら。
「おめェ・・・何者だよォ・・・」
申し訳ないことをした自覚はある。後悔もある。
しかし未知の恐怖に怯え、震える傍らの少女のために、アンガスはギルドマスターとして冷たく尋ねたのだった。
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