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東方開拓都市イスカの民話集

恵みの幼霊

作者: 笹本廉太郎

イスカの街より馬車で1日、サブニカという漁村がある。

内海の向こうにカンラ火山を望むサブニカは海水も暖かく、イスカ近辺でも一番の良漁場である。

ここで水揚げされた魚は足の遅いものは水樽に入れられ、朝一番でイスカの市場へ。

足の速いものや水揚げ時に死んだ魚は塩漬けにして保存食となりこれもまた市場へと送られる。


さて、少し昔の話だ。

サブニカの漁師にナンバという男がいた。

ナンバはイスカ開拓事業に参加した開拓民の2世代目で腕っぷしも強く、腕利きの漁師だったが早くに妻を亡くし男で一つで娘を育てていた。

ある日のことだ、ナンバが沖合に仕掛けて置いた網を船へと上げるとその日もいつものようにたくさんの魚がかかっていた。

今日も調子がいい、これはいいことだとホクホクしながら魚を仕分けていたナンバであったが魚の中に泥に塗れながらも鈍く光る2つの金色の物体を見つけた。


ナンバには学がない。

開拓民であった子供時代は学ぶことより生きることのほうが大変だったし、大人になってからは亡くなった妻の代わりに子供の面倒を見つつ金を稼がなければいけなかったからだ。

それでも彼は知っていた。

東方開拓事業の開拓範囲にはかつて古代の王国があり、今でも遺物が発掘されているということを。

だから、かれはその物体も何か価値のある、金の遺物だと考えた。


実際にはそれは錫で作られた小さな像で特段価値のあるものではなかったが若い男女の姿をしており、ナンバは男の像を網本に渡し、女の像は娘の遊び道具程度にはなるだろうとを家へと持って帰った。


ナンバが像を持ち帰ってから暫く、村に不思議なことが起こり始めた。

聞けば深夜に誰かを探す声が聞こえるのだという。

不気味なことは不気味だが、日中は声も聞こえることはなく人々は不気味ながらも普段と同じ生活を行ってきた。

ひと月ほどすると、深夜の声はおさまったが代わりにだんだんと魚の取れる量が少なくなっていった。


同時にナンバの家でも不思議なことが起きるようになっていた。

最初の異変は彼の娘だった。

夜中になると、突然悲しくなりしくしくと涙を流すのだ。

最初は泣いている女性の夢を見るといったものだったが、徐々にそれは夢から突然夜中に泣き出すというものになっていった。

村の僧侶に相談したところ、母親を早くに亡くしたことと、父親が漁で家を空けることが多い事が原因で精神的に弱っているのだろうと言い、

ナンバにはしばらく家で娘と過ごすように言って心を落ち着かせる香を渡した。


優しくも爽やかな香を焚き、不漁もあって漁を休んだナンバは数日の間、娘とゆっくり過ごすことにした。

香か効いたのか、父親が近くにいることに安心したのか娘の夜泣きも落ち着いていき日々はいつもの日々へと戻っていくかと思われた。

そして、ナンバが漁を休んで1週間たったころ。

再び誰かを探すような声が村に響き始めた。

そしてそれに呼応するようにナンバは不思議な夢を見るようになったのだ。

ぽつんと荒野の中心で女が泣きながら男の名を呼んでいる夢。

誰かを探しながら涙を流す女の顔はは夜泣いていたころの娘の顔によく似ていた。


あくる朝、ナンバは夢の事を娘に話すと娘の見ていた夢もそれと同じものだったという。

不思議なこともあるものだ、何が原因なんだろうと部屋を見回すと彼はあるものに気が付いた。

海から持ってきた女の像である。

網にひっかかったときは泥だらけの像だったが、家に持ち帰った後彼の娘がきれいに泥を落とし、今の棚に飾られていたのだ。

しかし、彼の目に入ったそれは、ぴかぴかに磨かれていた像の顔が黒く曇っており、その中に一筋何かが垂れたような跡があったのだ。


その時彼は気づいてしまったのだ、夢の中で見た女の顔の主が誰なのか、そしてその泣き顔は愛する者と引き裂かれる悲しみを湛えていたのだと。

彼は像が男と女と二つあったことを思い出し、引き上げた自分が彼らを分かってしまったことを悟った。

愛する者との別れの辛さを知っているはずなのに、彼は無意識のうちに物言わぬ夫婦を引き裂いてしまったのだ。

おそらく、村に響く呼び声はもう片方、網本の持っている男の像だと考えた彼は網本と僧侶を呼び、自分にも起きた不思議な話と像をまた一緒にしたいと訴えた。

しかし、時は遅く大した価値もないと判断した網本は像を溶かし庭の飾りにに作り変えてしまっていたのだ。


取り返しのつかないことをしてしまったと悔いるナンバに対して、僧侶は一つの案を出した。


彼らはおそらく古代の人々が祈りをささげていた二つで一つの像だったのでしょう。

男と女の営みが新たな命を産むように、自分たちが生きている自然の恵みもこの男女の精霊、彼らにとっては神かもしれませんが……が生み出したと考えたのでしょう。

この悲しみに暮れる男女に対しては私に考えがあります。

貴方たちはその像と飾りをもって鍛冶屋に行き、私がこれからいう形の像を作ってもらいなさい。


それから後少し後、網本の指示で港に小さな祠が作られた。

その内部はゆりかごのような形をしており、中にはすやすやと幸せそうに眠る赤子の像が安置された。

そして、祠を作ったころから漁の取れ高は以前にも増して増え、ナンバと娘は幸せに暮らしたという。


今でもサブニカの村にもその祠はあり、「恵みの幼霊」として村人たちは漁に出る前にこの像に祈りを捧げ豊漁を願うのだという。



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