芽吹きー41
今日は婚約式の前日です。
デルフィお婆様とイリス母様の元へは、爺様、父様から寂しいから帰って来てくれとそれぞれ書簡が今朝早くに届いたそうですが、2人は私の婚約者に対する態度が悪いのでお婆様も母様もまだ帰らずに今日以降も宿泊するそうです。
鍛錬を終えて、朝食後に王城に仕事へ行くソルを見送ってから、ひたすらお絵かきロールケーキを焼きました。神様にも渡す分まで焼かないとならないので、魔法も使ってフル回転で作っています。
合間に、ハンカチーフに刺繍をします。
明日の婚約式は午後からです。でも、朝から支度をして忙しいのです。支度で鍛錬も出来ないです。午後から夕方まで婚約式が行われて、その間にフルコースの料理が振舞われます。分かりやすく言うと、前世で言う結婚披露宴に、この世界のお茶会がくっ付いたみたいなものでしょうか。
18歳の私のお披露目の機会を神様と相談しておかなくちゃ。また前みたいな罰は受けたくないし。
夕方までにはお絵かきロールケーキも多めに作り終わって、刺繍入りハンカチーフも同じ刺繍で2枚出来ました。1枚は使ってもらって、もう1枚は見せびらかし用の見せるだけのハンカチーフらしいです。1枚でいいと思っていた私にイリス母様から2枚必要だと教えてもらったのでした。その後は、髪形やら衣装の最終打ち合わせをしてから夕食でした。ソルは夕食が済んでもまだ帰宅しないので、神様との打ち合わせをしましょう。
自室で、王家の影や他国の間諜に覗かれない様に、幻影魔法と盗聴防止魔法をかけてから、「神様ー!明日の婚約式で18歳になる機会は、どうしたらいいですかー?」と呼びかけた。
『婚約式は明日かー。どのタイミングにしようかねー。ドレスや小物は揃っているかい?』
神様から、そんな返事が来た。「これです。」収納スペースの一角に、18歳の婚約式用一式と銘打って用意した物を見せた。
『予備の花はあるのかな?大きくなると、必要な花が増えるし。リボンは予備から選んでおこう。』
「花は明日朝、予備を多めにしてもらってあるのが届きます。それを入れておけばいいですか?」
『そうしてくれるといいな。うんうん、どのタイミングにするかは、ソルベールと愛し子には知らせるから、大丈夫。…ん、ソルベールが急ぎ足でプリムラの部屋に向かって来ているようだ。では、な。また明日。』
ハンカチーフ欲しさ?『そうみたいだね。頑張れー。じゃあねー。』
神様が帰った途端に、部屋の扉がノックされました。「ただいま、プリムラ。」ソルの声です。扉を開けると全開の笑顔のソルが居ました。
神様が言っていた刺繍入りハンカチーフを期待されているんでしょうねー。机の上に置いておいたラッピングした包みを何も言わずに笑顔でソルへ渡しました。中にはハンカチーフが2枚入っています。
ソルが破顔しながら受け取りました。「開けても?」私は頷きます。いそいそとソルが包みを開けると、同じ刺繍がされた2枚のハンカチーフが出てきました。婚約式でも見せびらかせる様に、刺繍されている量が多いハンカチーフです。ソルは刺繍されているハンカチーフを丹念に見ています。ソルがニマニマしているのは嬉しさを隠し切れないからでしょう。瞳が爛々と輝いています。よっぽど嬉しかったんでしょうか、ハンカチーフをそっと置いたら、私をギューッと抱きしめました。
「こんなに素敵な刺繍がされたハンカチーフを貰えるなんて!皆に自慢して歩きたい!」すごく喜んでもらえたー!!イリス母様、ありがとうー!!私まで、ニマニマしてしまいましたー!!えへへー!!
明日の婚約式で胸元のポケットにハンカチーフを入れて、見せてくれと言われたら見せびらかすのだそうです。ただ、ハンカチーフとして使うのが勿体なくて使えないと、ソルが嘆いています。
そこまで喜んでもらえたので、私的にも刺繍を頑張った甲斐がありましたー。
ふふふっ、明日はソルに、内緒で作っていたマントもイヤーカフもお絵かきロールケーキも渡すつもりでいるのですよ!驚き過ぎなければいいのですが、ねー。ステッキも、コンパクトミラー改めミニミラ(サラベルナール様命名)もお披露目ですし、頑張らなくちゃ。ケークサレも婚約式のフルコースでお披露目されるのでしたねー。
だからなのかー、今日お屋敷の厨房が休みなく動いていたのは。明日のケークサレを用意する為にフル回転で動いていたのかー。フルコースで出す分と、明日の手土産で持たせる分を焼いていたのかー。メイドに聞いたら、ケークサレと、人参の様な野菜を摩り下ろりして色鮮やかにして、カボチャやサツマイモの様な野菜を甘く煮て刻んで具にして入れたパウンドケーキをセットで手土産にする為に動いていたそうです。
今日はソルも5日に一度の睡眠の日なので、2人して早く寝ました。
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朝起きると、屋敷の中が落ち着かない様な慌ただしい雰囲気でした。メイド達のテンションが高いです。なにせ、クリナムお母様、イリス母様、デルフィお婆様、アゲラタム姉様、そして今日の主役の私。いつもなら、クリナムお母様と私の支度だけで済むのに、着飾る対象が2人から5人に増えているのです。メイド達のテンションが高いです。男性陣は、ワトソニアお父様、グラジオラスお兄様、エリシマム兄様、今日の主役のソルベール様です。従僕も執事もテンション高めです。婚約式の主役2人を自分たちの屋敷から送り出せる名誉があるからだそうです。
支度の合間に、メイド達のギラギラ視線が怖かったです。余った生花を収納スペースへ入れて、最後の仕上げにフード付きの長いケープを着せられました。フードをかけられる前にとっさに状態維持の魔法をかけた私!グッジョブ!髪形が崩れたり、ドレスに皺が出来たら嫌なのですよ。
ピーオニー公爵家に出発する刻(時間)よりも早く、私の支度が終わったので、メイドさん達が部屋から引き揚げていきました。
その合間に、魔石だけしか組み込んでいなくて意匠がいまいち物足りなかったイヤーカフに、魔法で彫金を施して、イヤーカフを完成させました。シルバーのイヤーカフには濃いピンク色の魔石と赤い魔石が並んでいます。イヤーカフには前世の桜の花びらを意匠した彫金を施して、舞い散る桜のイヤーカフが出来ました。ただ魔石が付いているだけのイヤーカフよりは華やかなものになりました。
神様に渡すお絵かきロールケーキにはリボンをかけて、収納スペースへ入れてあるのも確認しました。ついでに、私専用台所の中からも良さげなワインを見繕ってリボンをかけてあります。お祝いだから神様にお神酒ならぬ、ワインもお絵かきロールケーキと共に渡そうと思っています。
そこまでした私が応接室へ出向くと、皆の支度が終わってお茶を飲んでいました。なので、出発予定刻(時間)よりは早いのですが、余裕をもってピーオニー公爵家に早めに行こうとなり、何台もの馬車で分乗して向かう事になりました。私とソルはピーオニー公爵家から来たピーオニー公爵家の象徴の芍薬の描かれている馬車にマルスを護衛に従えて、オーキッド公爵家の蘭の描かれている馬車でワトソニアお父様とクリナムお婆様、グラジーお兄様が。フリューリンク侯爵家の馬車が停まっていた中から従僕のジニアが出て来て、デルフィお婆様とイリス母様、エリシマム兄様とアゲラタム姉様をエスコートして乗せて行きました。フリューリンク侯爵家の執事のアセボは、ストック父様とマンサク爺様の担当ですとアセボが馬車の出発前にキッパリと断言していました。これは、イリス母様かデルフィお婆様の指示に拠るものだろうと思いました。2人の笑顔が黒かったので…。
そうそう、主役の私達の服装は、お披露目までは内緒になっているので、フードの付いた長ーいケープというかコートみたいな物を着ているので、婚約式の衣装が外からは見えない様になっています。服装や髪形が乱れない様に魔法をかけてあるので、羽織っている物で崩れたりしません。安心です。支度をしたメイド達も何かを言いたそうにしながら、沈黙を守っていました。馬車に乗る前には、屋敷の皆が見送ってくれましたが、料理長はいませんでした。料理長は朝一番に手土産と大量のケークサレを持って、準備の為にピーオニー公爵家へ向かったそうです。
私が持ち込むお絵かきロールケーキは、デザートで最後の方に出るので、ピーオニー公爵家に着いてから両家の料理長に説明をして渡せば、切って並べるだけなので、間に合うそうです。
馬車の中では、私は緊張しっぱなしで硬い笑顔でした。ソルは満面の笑みで余裕がありそうに見えて、私は羨ましかったです。余裕なんてありませんもん。
馬車が停まりました。ピーオニー公爵家に着いたようです。ソルのエスコートで馬車から降りると、コンジェラシオン様とサラベルナール様、ストック父様とマンサク爺様が出迎えてくれました。執事のラングさん以下お屋敷の皆さんも出迎えてくれました。挨拶を交わして、今日は宜しくお願いしますと頭を下げると、コンジェラシオン様とサラベルナール様に「こんなに素敵な婚約式が準備出来たのだから、頭を上げて欲しい。」と言われました。
そうして挨拶が済んで応接室へ案内される前に、ピーオニー公爵家の執事のラングさんへ話しかけました。
「あの、打ち合わせをしておいたデザートの話をしたいので、厨房へ行きたいのです。」
「では、坊ちゃまのエスコートで、厨房前まで行きましょう。坊ちゃまには厨房前で待って頂いて、話が済んだらまたエスコートを頼みましょう。」ラングさんはソルには内緒の仲間なんです。もちろん、料理長達も。
「ソル、エスコートをお願いします。オーキッド公爵家の特産品のケークサレとかの説明をしたいのです。宜しくお願いします。」
「特産品だし、内部秘もあるだろうから、厨房前までエスコートしましょう。婚約者殿。」今日はご機嫌なノリの良いソルです。
厨房前までエスコートをしてもらい、厨房まではラングさんにエスコートをしてもらいました。両家の料理長にまずは収納スペースから、お絵かきロールケーキを1つ出しました。「これは、見事!」ピーオニー公爵家の料理長が褒める。「さすがです、お嬢様。」これはオーキッド公爵家の料理長。「プリムラ様は、お坊ちゃまの心を掴んで離しませんね。」ラングさんまで褒めてくれました。
まずはこのまま出して、ロールケーキの絵が見える様にする。その場で切り分けて、フルーツとクリームを添えて供すると言うデモンストレーションを行うといいのではないかと話す。収納スペースからは、私オリジナルのローズヒップティーの茶葉を出す。説明しながら、ロールケーキを切ってフルーツとクリームをデコレーションしたものとお茶の淹れ方を書いた物をラングさんに渡して、お茶を淹れる。ハチミツを出して、少し入れてから3人の前に並べて試食に試飲してもらいました。
「これは目に鮮やかなお茶ですね。甘いケーキと合います。淹れ方はこの用紙に書いてある通りですね。屋敷の者に周知させます。」ラングさんには受け入れられたようだ。
「美容に良いし、身体にも良い薬草で作った私オリジナルの茶葉です。調剤スキル持ちの祖母であるデルフィニウム様に試飲して頂いていますので、問題ありません。酸味があるので、最初からハチミツを入れてもらうのがいいと思います。」
「このケーキも、この様に飾り付けてその場で皿に盛ると、私達の仕事を見てもらえるきっかけになりますね。ケーキもキレイで、美味しいです。」ピーオニー公爵家の料理長に褒めてもらえたよー。
「お嬢様に師事したいです。」ちょ、今は関係ないってばー!
「もしかして、このケークサレも野菜の甘いパウンドケーキもプリムラ様が?」ラングさん、照れちゃいますー。
「どっちもお嬢様の発案で、私は試食させて頂き、作り方を教わりました。」うちの料理長の発言で、あれ?両家の料理長の目がギランと光ったようなー気がするー。あははー。
「今朝早く試食させて頂きましたが、プリムラ様の発案でしたか。私も師事したいですね。」ピーオニー公爵家の料理長が言う。
「やりたい事が多過ぎて、勉強するだけで一杯一杯です。うちの料理長からはまだ私の方が色々教わっている所です。」私はこの世界の料理の基礎を教わっている所ですよーと逃げ道を作る。
「将来有望で、オーキッド公爵家の料理長が羨ましいです。」いやいやいや。
「私はフリューリンク侯爵家から母の実家の公爵家の養女になったので、フリューリンク侯爵家の料理長からも色々教えてもらっている所です。」
「ほほう。あの家の料理長は同期なんですが、彼が自慢していたお嬢様とはプリムラ様だったんですね。なるほど。」ピーオニー公爵家の料理長が何かを納得している。厨房前に待たせているソルが気になるし、婚約式前の両家の顔合わせをしないとならないし、ここで刻(時間)を取られる訳にはいかないし、ラングさんに刻(時間)が無いと目配せをする。
私の目配せに気付いたラングさんが、「婚約式前の顔合わせに送れる訳にはいかないので、プリムラ様を連れて行きます。」と両家の料理長に言ってくれた。私は収納スペースから、お絵かきロールケーキを多めに出して、「足りなければ、ラングさん経由でお知らせ下さい。」と言って、厨房を出ました。ラングさんからは「お祝いを言い忘れるほど、料理長に気に入られましたね。」と苦笑されてしまいました。