芽吹きー38
あれから平凡な日々を過ごせて、幸せな毎日です。面談後に上映会をしたあの時から、ですけど。
帝国の影の方達は、記憶と帝国の影として覚えた暗殺術、体術、剣術他、普通に生きていくのに必要でない物の全てを神様が消去、虐げられていた記憶も緩和して、人間らしく新たな人生を送れるように色々とごにょごにょ(よく聞き取れなかった…)したそうです。皇弟とその従者の罪人2人は、まだ各国を回っている最中だとか。当分は帝国へ帰れない程、各国の貴族牢に訪問予定より長く滞在し、各国の貴族から平民の皆様に熱烈で手荒な歓待をされているそうです。ある意味自業自得?!
そうです、聞いて欲しいんです!ソルがすっかりオーキッド公爵家で生活する事に屋敷の皆が慣れてしまって、ソルは此処に居るのが当たり前になってしまったんです。元々、グラジーお兄様の友人で、食事とお茶目当てに通っていたからなのか、私の婚約者になっても違和感がなかったようで、皆が裏では「お嬢様の若君様」と呼んでいるのです。初めてその呼び名を聞いた時は、照れてしまいました。「お嬢様の」って最初に付いていたから。そのせいで、私は屋敷内のメイド達に増々からかわれているんですよ!赤くなる姿が可愛くって楽しいって!私は皆のオモチャではありませんっ!大きな声で叫びたいです…。
私もソルと毎日朝と晩は一緒に過ごして、寝る時のソルの添い寝に慣れてしまい、ソルがピーオニー公爵家へ婚約式や仕事の都合で泊まってしまうと、寂しくて寝付きにくくなってしまいました。
ああっ!そーじゃなくて!私専用の台所と調剤室が出来て、台所には食材に調味料、調理器具に計量器具が入りましたー。調剤室には薬草に調剤器具に、計量器具や薬草用保管棚が入っています。
台所が出来て、新しい(と言っても、この世界にない前世の知識から作った)料理をこの世界の似たような物で、まずは作ってみてから、この世界での食材と調味料、薬草(前世のハーブ)で(この世界に合うように)改良がしやすくなり、専用台所があるおかげで、今までよりも色々と楽になりました。
台所に入れるのは、私の許可があった者限定とした魔法の鍵を付けました。私が何を作っているか分からない様にする為に、台所全体に認識疎外魔法と幻影魔法の魔石の使用で、この国の料理を作っているように見せかけるようにしました。空調設備は、匂い消しの魔石を組み込んで、匂いから何を作っているのかとかがバレない様にしました。
台所を作るにあたり、広く便利にしたかったので、3部屋をぶち抜いて台所を作りました、1部屋分は台所と試食出来る様にして、もう1部屋分は冷蔵庫が3分の2で、残りの3分の1が冷凍庫になりました。残り1部屋分は常温の出来る食材の保管庫ですね。粉とか調味料とかです。発酵も出来る様に部屋の一部を発酵専用場所に決めました。そこには今、色々な所から見つけた酵母菌がガラス瓶に入って並んでいます。パンの酵母探しは現在も継続しているので、その酵母を育てて試作を繰り返しています。収納スペースだと、時間停止しているから発酵に適していないし。
まぁ、王家の影とか、間諜とか、つまみ食いをされない為の対策も兼ねているのですが。でないと、グラジーお兄様のご友人や同僚、軍務省等のお腹をすかせた人達が来るこの公爵家では、料理の匂いが漏れて誰彼構わず、この専用台所に訪れられてしまうのは、いろんな意味で危険だから。養女の私でさえ自分の必要経費を捻出する為に頑張っているんです。ぶっちゃけるとですね、新しい料理や調味料等の情報が洩れる危険性と、ただ飯喰らいに無限に食わせるつもりは私的に一切ないのですよ。それに、そのせいで、私を取り込もうとする者が新たに増えたり、誘拐監禁の危険性を増やしたりしたくないんですよ。
そうそう、冷蔵庫って空冷の魔石が組み込まれているんですよ。冷蔵庫を収納スペース並みに便利にしようと考えましてね、食材や料理の劣化を防ぐように、私オリジナルの、中に入っている物限定用時間停止魔石を組み込みましたー。もちろん、私オリジナルの魔石を悪用をされないように、私以外が魔石を触ると魔石が砕けるという条件を付けましたけどねー。
調剤室も同様な魔石を使って、部屋から情報が洩れないようにしましたー。フレッシュな薬草や苗も取り寄せてあるので、調剤室も台所並みに広く便利にしたくって、3部屋をぶち抜いて作りました。真ん中の1部屋部分を調剤する部屋、中を行き来出来る様にした両隣の部屋部分を壁一面、薬草用保管棚(乾燥薬草専用)にして乾燥魔石と中に入っている物限定用時間停止魔石を組み込みました。その中で3分の一ほど、薬草用保管棚(フレッシュな薬草、苗専用)として、空冷魔石と中に入っている物限定用時間停止魔石を組み込みました。この先前世の知識を活用すると、薬草も増えていきそうだし、まぁ、先行投資したんですよー。
今は、私専用の縫製室を作ってもらっています。1部屋分は布やレースやボタン、糸に紐等の資材置き場、もう1部屋は切ったり縫ったり出来る部屋にする予定です。5歳になったら神様との決まり事で、私は3日に1度の睡眠になるので、部屋の中で出来る事は増やしたかったのでした。この世界にあるのかないのか分からないけれど、作ってみたい物も一杯あるし。
台所が出来てからは、連日、前世にあったようなパンを焼いて、収納スペースへ半分、残り半分は食材の保管庫へしまいました。時間停止の魔石のおかげで、食材や料理が腐ったり虫が湧いたりしない様になっています。それに、私の苦手な虫や虫の卵は、私の許可がないので部屋に入れません。私専用部屋に運び入れた時点で、アレは強制排除されています。前世の様にひょっこり出会って、あらん限りの声で叫ぶ必要がなくなりました。今度は魔法のある世界で良かったです、ううっ、アレ、苦手なんです、というか嫌いなので出会いたくないんです。
匂いが漏れないので、何種類かのスープを作って収納スペースへ入れた後、ここ何日かは、カレーライスを作る準備として、カレーの素になりそうな薬草の組み合わせを試行錯誤しています。米も探さないと!
作りたい物が作れる毎日を堪能しているだけに見える私ですが、これでも貴族の子女なので、やらなくちゃいけない事はこなしているんです。
私の1日の予定は、午前中は勉強、午後は勉強をしてから、調剤室か台所で作業。夜も夕食後に本を読んで勉強するか、縫物をしています。
普通の貴族子女は刺繍の勉強を5歳から始めるそうですが、私は基本をデルフィお婆様から3歳から教えてもらい始めて、道具も何もかもを収納スペースに入れてあるので、ちょっとした合間にも取り出して、刺繍の練習をしているので、今更刺繍を始めなくても問題ありません。最近は合間を見つけて、刺繍の模様の本を読んだり、見たりして、新しい刺繍が出来ないかと更に自主的に練習しています。分からない所や工夫をしたい事などをまとめて、デルフィお婆様に尋ねて解消してから、更なる練習をしています。
やりたい事、作りたいモノが沢山あるのに、これから5歳になって、(母様や、その親友のビュンター侯爵夫人カメリア様情報で知った)高位貴族へ刺繍を教える肩書のある先生から、(先生が収入を長く得る為に引き延ばされるから、)のろのろと進まない刺繍の勉強を習い、そうして、一々ご機嫌をとるためにお世辞を言う先生と会うのだけは勘弁です、面倒です。そんな先生から教わって、刺繍だけに刻(時間)を盗られるのはイヤだったのですよ。それに、ハンカチーフにする刺繍はイヤって言う程、もう、しました、収納スペースへかれこれハンカチーフが100枚位入っていますもん!
ソルには婚約したすぐ後にハンカチーフを渡したら、もの凄く喜んでくれました。踊り出すんじゃないかと思ったぐらい、でしたー。婚約者や妻からの刺繍入りハンカチーフは、男性の愛されてるアピールと、ある種の愛情ステータス披露みたいなモノだそうです。成人男性は皆、見せびらかす様に持っているそうです。ソルも今まで自慢げに見せびらかされていたそうで、悔しかったと言っていました。これで皆に見せびらかせるぞ!とギラギラしていた姿は、私が見なかった振りをしておきましたけど。男性にも色々とあるんだなぁー、と思いました。
その刺繍入りハンカチーフですが、季節ごとにハンカチーフを婚約者や夫に渡すマメな方もいるそうですが、大半は1廻(年)に1枚を渡すのが普通の様です。私の場合はストックがあるのでマメに渡しても大丈夫そうですが、季節ごとに渡すのを私がうっかり忘れたら、たった1枚のハンカチーフであんなに喜んでいたソルが、凄くガッカリする姿を想像してしまいました。うっかりからの渡し損ねを考えると、季節ごとに渡す事が出来ません。
そのソルなんだけど、ここ最近、何かを期待しているのかソワソワといつもより落着きが無いんですが、その原因が分かりません。ソルだって、もうすぐ行われる婚約式の準備と仕事も忙しいんですけどねー、私を見て何かを言いたそうで言わないんで、いくら考えても、私にはさっぱり分かりませんでしたー。
婚約式と言えば、お絵かきロールケーキの練習もしていますよー。焼いた時にロールケーキの図案に沿った色がなかなか思ったように出せず、困っています。悩んだ私は、「私が作っているお菓子で思うように色が出せないので、お婆様に相談したい」と書簡を送ったら、私が帝国の手先にまだ狙われている可能性が高く、用心の為に屋敷から出れない事を知っているデルフィお婆様が、今日の午後から来てくれると書簡の返信をくれました。書簡の返信を2日前にもらっていたので、今日のデルフィお婆様の訪問が楽しみなんです。
ロールケーキに熱を加えた状態での焼き色、その色素を色々見つけられたら、食べられる色素の原料イコール布に染色しても問題がない染料としても流用出来るからなんですよー。お婆様の知識と経験は、私にとって宝の山に匹敵するものなんです、お婆様は私の尊敬出来る師匠でもあるんですよー。
お婆様が来るまで、ソルに婚約式で(今はまだ内緒!)プレゼントするマントに刺繍をしています。マントも私が縫ったんですよ、表が黒で裏が深紅、銀糸で刺繍をメインにして、他の色も使っています。ピーオニー公爵家のシンボルの芍薬を使って、緑色の糸で葉や蔦を、赤い目の小鳥とピンク色の目の小鳥が仲良くソルの名前が入ったリボンを銜えて飛んでいる、そんな図案です。婚約式も近いしソルに内緒で作っているから、ロールケーキも、こちらもソルのいない日中に頑張って作っています。後は自分用に婚約記念として何を作ったらいいのかをお婆様に相談するだけなんです。
デルフィお婆様がだけオーキッド公爵家にやってくる刻(時間)が近付きました。玄関先までデルフィお婆様を出迎えする為に向かうと、執事のマルスと一時的に私の護衛をしているグラジーお兄様の他にクリナムお母様までがいました。
内心「あちゃー!」と思ったのは私だけではなかったようで、お兄様の目が動揺して泳いでいました。お兄様は2大怪獣大戦争でも想像しているから動揺なんてするんだと思った私が、マルスを見ると、こちらも何故か汗を何度も拭く動作をしているのに、その汗が見えません。マルスも動揺しているようです。ちっ!男連中は使えん!ここで見捨てよう。そう決意した私は、デルフィお婆様は常識人だから、嫌味を言われても受け流してくれるだろうと期待しておく事にしました。その場にならないと予測もつかないし、それまでは私だけでも自然体でいようと決めたのでした。
馬車が到着して、従僕が玄関の扉を開けた瞬間、こちらから見えたデルフィお婆様の顔が瞬間的に無表情になった。次の瞬間には微笑みを浮かべた笑顔になって2人で挨拶を交わしていたが、なんつー高等テクニックだ、瞬時に判断して最適解を出して挨拶の準備をするとは、すごーい!でも、私にはまだ出来ない。イリス母様は出来そうだけどなー。怖い怖い。
考えていて、話を聞いていなかった私が、クリナムお母様とデルフィお婆様の話を聞き始めたら、まだ挨拶の最初の方だったようで、安心した。
「いえいえ、プリムラの為にいらして下さって、こちらこそ宜しくお願い致しますわ。」クリナムお母様がお茶会とかの社交でもないのに普通に見える!チラッとお兄様を見ると、目を見開いている!ちょ、早く普通の目付きに戻してよ!バレたらグラジーお兄様、クリナムお母様からの文字通りの雷が落ちるよ!魔法で雷を落とされたくないでしょうに!あ、マルスに脇腹を突かれて元に戻った。その間にも、2人の会話が続いている。そろそろ私の調剤室に案内したいので声をかけよう。
「クリナムお母様、デルフィお婆様に私の調剤室を見せたいので、これくらいでご挨拶を終わらせていただけないでしょうか。」
「そうね、プリムラが見せたがっていたわね。では、私はこれで失礼致します。ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとうございます。プリムラの調剤の勉強が滞っていたので、今日からこちらに何日か通わせていただきますわ。明日からはアゲラタムもこちらに泊まって一緒に講義を受ける許可を、前もって、こちらのご当主様から頂いていましたの。暫く賑やかになりますが、宜しくお願い致しますわ。」ナイス!明日から姉様に会えるー!
「まぁ!アゲラタムも!」うわ、前もって許可をとってあるとは流石!
「イリス様も顔を見せに毎日来ますので、お母様はお茶を頼みますわと、私に伝言してきて下さっていましたわ。」デルフィお婆様、策士ですわ!クリナムお母様が更に嬉しそう。
「予定がないので、いつでもお茶にとイリスにお伝えくださいませ。」
「ええ、帰宅しましたら必ず伝えますわ。」デルフィお婆様の笑顔が仄かに黒い。反撃の隙も暇も与えずに、か。
「では、今度こそ、失礼致しますわ。」足早に浮かれたクリナムお母様が去って行った。
「ああ、アゲラタムの部屋の準備と姉上とのお茶会の準備で喜び勇んで行ったか。」
「お兄様!あの目付きはバレたら雷モノでしたわ!気を付けて下さいまし!」
「ぶふっ!プリムラはしっかりしてきたわね。」
「デルフィお婆様、ありがとうございます!」
「プリムラ様、ご準備は要らないのですか?」
「ええ、調剤するし、台所で試飲や試食もするので大丈夫です。それよりも私が調剤室や台所に入ったら、護衛しなくても大丈夫なので、グラジーお兄様は寛いでいてください。マルスにもお婆様に許可を頂いたら、新しいお茶を差し入れするので、仕事をしながら待っていてください。」
「承りました。」
「では、私はお二方をプリムラ専用調剤室までお送りしましょう。」
「お願いしますわ、お兄様は大変ですね。」お兄様を労わるデルフィお婆様。
「理解して頂き、感謝いたします。」お兄様の返答が納得いかないんですけどねー!
そうして、お兄様に私の調剤室前まで送ってもらい、私とお婆様の2人は調剤室へ入りました。