小話ー1
『セイクリッドの1回目のご褒美。』
王家の為に、ジェイド様の為に、クンツァイト様の為に、自分のする事が力添えになると思い詰めた結果、私の起こした結果で、ジェイド陛下を怒らせただけだった。今頃はクンツァイト様の耳にも入っているだろう。今日から7日間、ジェイド陛下から、私は自宅謹慎を言いつけられてしまったのだ。ただ、どうしてこんな事をしたのか、明確な理由が自分でも分からないのだ。
前ヒューゲルト侯爵の起こした事件のせいで、私以外の一族皆、表では流行り病での病死扱い、裏では王家の影に暗殺されたのだ。帝国に繋がっていた事が発覚した伯父のせいで、狂った思考の父のせいで、前ヒューゲルト侯爵一族は王家により、粛清を下されたのだ。
その際、何も知らずに駒として使い捨てにされたが、事情を知らない私だけが唯一人生き残ったのだ。
そして、私が成人してヒューゲルト侯爵家を名乗る際、ヒューゲルト侯爵家がこれから先、謀反や諍いをを起こす可能性が無い事を誰にでも分かりやすく示す為にも、ヒューゲルト侯爵家のこれからを切り開く為にも、王家との誓約をする必要があった。王家との誓約をすれば、病や故意でない事故で死亡しない限り、誓約から逃れられないのだから。故意である事故だと、どういう理屈か分からないが、誓約で縛られているので、死ねないのだ。
私は王家との誓約により、魔力暴走を起こさない事、他家とは争わない事、勝手に死ねない事、職務に逆らえない事を王家と契約させられたのだ。そして、罪を犯した一族から庇ってくれた王家に迷惑をかけまいと、王城にて、王家の庇護の下に生活を送った。口さがない者達に嫌味や文句を言われたり、嫌がらせや、いじめられたりしたが、表立って酷くて耐えられないものは無かったので、比較的、想像したよりはマシな生活を送れていた。そう、学院に入学するまでの私は、ただ静かに過ごしていたのだった。
学院に入学した後に恋したイリス殿には避けられ、ストックとイリス殿が結婚したので私は酷い失恋をしたが、その私を慰め、ずっと支えてくれたご令嬢がいた。そのご令嬢を私も好きになり、婚約を経て結婚した。2人目の子供を妊娠した妻に、一族の話をしたのだが、妻は私が話し終わるのを待ってから言ったのだ。
「婚約した時点で、ジェイド陛下にセイクリッド様の前のヒューゲルト侯爵家が起こした事を全て聞きました。その話を聞いて知った上で、私はセイ様と結婚したのですわ。セイ様がどんな方か私が知っています。あなたがそんな愚かな事をしないって。2人目も、もうすぐ生まれるのですよ、セイ様、しっかりして下さいな。」何でもない様に微笑む妻に、どれだけ私が救われていたか分からない。
その妻も、2人目を産んだ際に亡くなってしまったのだった。子供2人をどうしたらいいか分からなかった私を助けてくれたのは、夫を若くして亡くして伯爵家を切り盛りしていた亡き妻の母だった。
その伯爵家も妻の母のミスティカ殿と妻だけしか居なかったのだ。私が妻を亡くして落ち込みながら、子供達に振り回されて、おろおろしている間に、ミスティカ殿は伯爵家の領地と爵位を王家に返還して、ヒューゲルト侯爵家の屋敷に住みこんで、子供達の世話をしてくれたのだ。
そうして、少しは落ち着いた頃に、私の様子をジェイド様が見に来てくれたのだ。その際、何かを話していたのだが、話題の中に爵位を返還した義母、ミスティカ殿の話が出たのだ。今のままではミスティカ殿が平民扱いになってしまうと、ジェイド様からの指摘で気付き、急いで私の母としての養子縁組をして、ヒューゲルト侯爵家の一員としたのだった。
子供達、長男のハインリヒも次男のアルジャンも義母のミスティカ殿に懐いていて、母がいない寂しさも乗り越えて、大きくなってきている。そんな中で、私の思い込みで、ヒューゲルト侯爵家を、国を亡くしてしまう所だったのだ。今から考えると、どうして行動を起こしたのかが増々、分からないのだ。
自宅謹慎して何日か経ったある夜、ベッドに入って眠ったはずの私は、真っ白くて大きい部屋の中にいた。私が周りを見ると、子供達2人と義母のミスティカ殿もいた。
事態を把握しようと警戒をしながら、皆を守るように魔法で結界を張った。そうすると、どこからか声が聞こえた。
『セイクリッドよ、ここは我の許可した者しか入れない聖域だ。そなた達家族を害する者はいない。結界を解いて、目の前に現れる者を見よ。そうすれば、我が誰だか解るであろう。』
私達の前に、白い塊が現れた。モヤモヤとした白い塊が2つ現れたと思ったら、その塊が段々と人の形になり、妻と、見知らぬ男性の姿になった。私や義母が驚き過ぎて動けない中、子供達が挨拶をした。
「お母様!お母様でしょ!僕、ハインリヒだよ!」「始めまして!お母様!ぼくはアルジャンです!いつもお婆様の見せてくれる絵姿で、お母様を見ていたから知ってるんだ!」長男のハインリヒも次男のアルジャンも興奮している。
目から涙が零れた。「ミュウ、ミュウなのか…。」子供達と抱き合いながら、妻が「忘れてしまったの?ふふっ。」と、冗談めかして聞いてきた。私を見ているのは妻のミュウだ。ミュウと私と子供達で、義母がどうしているか気になって見てみると、見知らぬ男性と抱き合っていた。
「あの男性は私のお父様よ。セイ様、もう少ししたら、ご挨拶してくれませんか。私の夫だと。」あの見知らぬ男性は、私の義父にあたる方なのか。では、ここに私達を呼び寄せたのは、もしかして、まさか………。
『今宵は、我の愛し子のプリムラ嬢がヒューゲルト侯爵家の幸せを願ったので、実現したのだ。愛し子の婚約を邪魔して、我の使いであるクンツァイトと結婚をさせようとした罪は、通常なら重いが、セイクリッドは、帝国の皇弟の策略により、あのような書類のすり替えを行うように暗示をかけられ、魔法をかけた契約書を渡されただけなのだ。セイクリッドが望んでした訳ではないのでな、今回は、そなたに落ち度はない。理由も分からず、不安であったであろう。それを労わりたいと思うていたのでな、愛し子の願いを聞く事にしたのだ。戻す刻(時間)はベッドに入った頃に戻すので安心して欲しい。ここでは刻(時間)制限はないが、子供達を寝かせられるベッドも用意してあるので、大人達は心置きなく話すがよい。では、帰りたくなったら、声をかけてくれ。我はこれで下がるのでな。』
『ああ、そうだ、言い忘れた事があった。セイクリッドの妻が、セイクリッドの一族の罪を注ぎたいと、2人目を産んだ時に、どうせ死ぬのならと自分の命をかけて贖ったのだ。立派な妻で良かったと褒めておこうと思ってな、セイクリッドに伝えておくことにした。ではな。』
では今回の私は、帝国の策略で罪を起こそうとしたというのか。だから、いくら考えても、あの書類すり替えの件の理由が思い付かなかったのか。また帝国のせいで、私達一家が危険に晒されたのか。そして、妻は死にそうな時でさえ、私達を守ろうと命を懸けてくれていたのか。今回助かったのは、妻のおかげなのかもしれない。
何だか、目の前が涙でぼやけ過ぎて、よく見えない。そう思ったら、声を上げて泣いてしまった。膝立ちで泣いていた私が、3人に抱き着かれていた。妻と子供達だ。
「泣き虫なお父様ね。ハインリヒ、アルジャン、お母様の代わりにお父様を支えてね。」
「うん!頑張るよ!僕!」
「ぼくもー!」
「ミュウ、ハインリヒ、アルジャン、ありがとう。」
「セイクリッド殿が泣くのを初めて見たわ。」義母のミスティカ殿に言われた。
「お母様ったら!セイ様を揶揄わないで!」
「ミュウは変わらないわね。」
「お母様こそ、変わられていないわ。子供達をここまで育ててくれて、ありがとう。いい子に育っていて、嬉しいわ。これからも、宜しくお願いします。」
「あら、ありがと。これからも頑張るわよ。」
「僕もー!」
「ぼくも頑張るー!」
「2人共、いい子ね。」妻のミュウが子供達の頭を撫でている。こんな光景を見れる時が来るとは思っていなかった。
そうして、私は義父にミュウの夫として挨拶をして、子供達を紹介してから、家族団らんの時を過ごした。子供達がいつの間にか用意されていたベッドで寝ている間に、大人達は沢山沢山話をしたのだ。そうして、私もいつの間にか眠ってしまった。気付いたら自室のベッドの上で寝ていて、いつもの様に目が覚めたらしい。
周りを見回すと、ベッド横のサイドテーブルの上に私宛の妻の字で書かれた書簡が載っていた。昨夜の再会は、私の夢や想像が作り出した嘘ではなかったんだと思い、その書簡を読んだ。
『愛しのセイ様へ。
セイ様、久しぶりにお会い出来て、とっても嬉しかったです。子供達も、あの頃より大きく成長していて驚きました。セイ様と母に感謝をしています。父も、セイ様と母や孫にまで会えて、とても嬉しかったそうです。ありがとうございました。
今回の再会を願って下さった愛し子のご令嬢には、私と父の分まで、お礼を述べておいて下さいませ。
セイ様も、もっと素直な気持ちで過ごしていらしたら、暗示にかからなかったのに。相変わらず、我慢に我慢を重ね過ぎているから、つけ込まれたのですわ。それでは、お元気で。
愛を込めてミュウより。』
妻の字だ。妻からの手紙をそっと鍵付きの引き出しにしまい、その後の謹慎期間を穏やかに過ごしたのだった。
*****
「今夜、ヒューゲルト侯爵一族の夢に出て、今の話を厳かに話せないかな。そうしたら、変わりそうな気がするんだけど!」
『いい考えだね、やってみるよ。』
「王様と王弟にもついでに見せると、手間が省けると思うよ。専任の影は要らないって断りも一緒にお願いします。」
『そうだね、説明が面倒だし、そうしよう。ついでに専任の影を断っておくよ。』
「ヒューゲルト侯爵一族の神託を覗き見する王と王弟にしたら演出し過ぎかな?」
『たまには神託を変えてみたかったんだよねー。その案を採用!!採用!!たまには趣向を変えよう。楽しみ。まだソルベールは悩んでいるか。ちょっと、様子を見に行ってくる。待ってて。』
プリムラの案を採用して良かったよ。説明する手間が省けて。さて次は、大きな衝立の向こうで覗き見をしていたジェイドとクンツァイトの番か。
*****
『ジェイド王よ、クンツァイトよ、セイクリッドに罪はない。内々で今回の一件の処理を頼めないだろうか。もちろん、愛し子の保護者には真実を明かして構わない。』
「いきなり連れてこられた時には驚きましたが、セイクリッドには落ち度がなかった事が分かったので、収穫はありました。」ったく!ビックリしたってもんじゃねぇーの!セイクリッドの家族とのやり取りを見て、泣きそうになったってぇーの!危なかったー、クンツァイトの前で泣いたら、兄としての面目が保てないじゃないか!それにしても、帝国のアノ皇弟か、あいつか!畜生!もうすぐショービ国に使者として来るんだよな、厄介なんだよな。ストックとセイクリッドには前もって話しておくか。
「セイクリッドには落ち度が無かったのが判明したので、これからも神官省長官としての務めを果たしてもらえそうで、良かったです。」書類すり替えを兄上から聞いた時は、凄ーく焦ったんだからっ!余計な事をするんだな帝国って。さっきのセイクリッドは、幸せそうだった。あのセイクリッドなら、わたしも余計な緊張をせずにいられるかもしれないな。
ああ、2人の心の声が駄々洩れだ。神様だから、聞こえちゃうんだよねー。あ、専任の影を断っておかないとー。
『ひとつ、言い忘れていた。王家からの専任の影を付けると、我がプリムラと話がしにくくなるのでな、付けないで欲しいのだ。こうやって、ここへ呼びだしてしまうと、愛し子が行方不明になったと騒がれる心配があるのでな。』
「兄上が計画していらしたのですか?」兄上!余計な事をするとわたしが神に怒られるんですよ!
「ああ、そうだ。だが、神から否定されたので、付けられないな。」ちっ!新たに作る物の情報が手に入れられないではないか!プリムラ嬢に接触した者に、監視を付ける事は今まで通りに出来るとしても、王家としては、あの情報が欲しいのだがな。
王家としては惜しいのだろうが、プリムラは、最初から王家には嫁ぎたくないと言っていたからな。欲をかき過ぎると碌な事はないのだぞ。釘を刺しておくか。
『ジェイド王よ。我が愛し子のプリムラは、物を作っても一人占めをした事はないのではないか。愛し子を手に入れられなかった王家としては不本意であろうが、余りにも欲をかき過ぎるのは、国家に亀裂をもたらすであろうなぁ。我も愛し子から頼まれているので、こうしてショービ国に目をかけているが、天罰を下す用意等なくても、今すぐにでも天罰を下せるのだぞ。ジェイド王なら、我が全てを語らなくとも、分かっておるであろうな。』
「は、はい!」やべー!俺のせいでショービ国からスキル持ちが未来永劫産まれなくなる所だったー!
「兄上も、お戯れが過ぎます!神が寛大だから、命拾いをしたのですよ!」兄上は何してんだー!神を怒らせて天罰まっしぐらなんて、勘弁して欲しいー!兄上のせいで、国まで滅亡する所だったんだぞー!気を付けろよー!
よし、よし、効いてる効いてる!暫くは大丈夫そうだなー。プリムラとの約束はこれで済んだなー。でもなー、あの皇弟が来るのか。ふむ、どうしようか。まずは、この兄弟を戻すか。
『ではな。また何かあれば、神託を受けてもらおう。クンツァイトには、我の使いとして世話になるが、これからも頼んだぞ。では2人を戻そう。』
そうして2人を戻した後に、しばし考えるのだった。