芽吹きー27
ソルベール様が応接間の扉を開け、中に一緒に入っていくと、ぐったりしながら苦笑いのグラジオラスお兄様と、飄々と受け流しつつ、ほほ笑んでいる執事のマルスの2人が、サラベルナール様に構い倒されている最中でした。
「母上、2人で、長く話し込んでおりました。」
「先程は、はしたなくも気を失い、申し訳ありません。」すいません、羞恥心がいい仕事をしまして…。
「可愛い婚約者の護衛2人を構って待っていたから、大丈夫よ。気にしないで。あれは、貴族のご令嬢なら仕方ない事だわ。」ほぉっ、気にされてなくてよかったー。
「今日、正式にご子息と婚約いたしましたプリムラ・ルブルム・オーキッドと申します。末永くお付き合いの程、宜しくお願い致します。」カーテーシー。ドキドキ。
「可愛いらしいのにキチンとした挨拶をなさって、ますます気に入ったわ!私はサラベルナール・ロズ・ピーオニーですわ。あなたのもう一人のお母様だと思ってね。」ぶっ飛び元お婆様、父様より強気な母様がもう居ます。お気持ちだけで、結構です…。
「ありがとうございます。私には他の方々よりも母が多いので、素敵な毎日が送れそうです。」社交辞令を…。
ソルベール様にソファーへ座るように勧められて、ソルベール様の隣に一緒に座った。
「ちょっと!ソルベール!偉いわ!素敵だわ!」あのー、おっしゃっている意味が少しも分からないのですが…。
「母上のおっしゃりたいことは分かります。でも、歳相応なのも見かけると、とっても可愛いんですよ。」
んにゃ、私にはちっとも分かりませんでしたー。ソルベール様には分かるんですねー。この方も癖が強そう…。
「ソルベールの言う通りです。可愛い妹で自慢です。」お兄様、ナイスフォローをありがとう。
「グラジがそこまで言うのも、珍しいわ!」へ?そうなの?
「それで、執事のラングは?この部屋には見かけないけれど。」
「さっき、コンジェラシオン様がお帰りになったから、出迎えに行かれたわ。」
「父上はこちらに来られますか?」
「もう来ると思うわ。来たら、お茶を淹れてもらうから、待っていて。」
お兄様達のカップの中のお茶もなくなったようだ。これから、姑のサラベルナール様を呼ぶのに、何て呼んだらいいんだろう、お義母様じゃ違和感ありありだし、聞いてみるかなー。
「お尋ねしたいのですが、サラベルナール様をお呼びするのに私は何とお呼びしたらいいでしょうか?」
「そうねぇ、お義母様じゃ、まだ早過ぎね。名前じゃ他人行儀だし、何がいいかしら。」
「そんなの、自分で決めたら?」投げやりなソルベール様。
「サラ大姉様っても呼んでもいいですか?」おかしくないよ、ね。キャリアウーマン風だし。
「あら、どうして?」
「養女になる前は姉がいました。3歳上の。ですが、これから、その姉よりも歳が上になるのです。それに養女になった先が母の実家で、実の母を姉とは呼びたくないので、サラベルナール様さえよければ、大姉様呼びしたいのです。ダメですか?」一生懸命にお願いする。お義母様なんて姑感が出まくりだってーの!
「試しに呼んでみてちょうだい。」さぁ、頑張れ私!3歳児らしく!
「はいっ!サラ大姉様!」
「その調子で、他にも言ってみて!」もう一回!
「サラ大姉様、ソルベール様を産んで育ててくれて、ありがとうございます。私、今日、一つ幸せになりました!」ソルベール様に出会わせてくれて、ありがとー!!を心を込めて言ったぞー!
「堪んないわー!この娘いいわー!」美女がプルプルしてるー!眼福ー!
「そうでしょう、一々やる事が可愛いんですよ。」ソルベール様に手を握られたー。ちょっと照れるー。
「良かったな、プリムラ。」お兄様にも褒めてもらえたー!
「はい!お兄様!無事、大姉様を手に入れました!お姉様ですよ!嬉しい!」えへへ!美人は好き!
「もうー!何で座っている場所が離れているのかしら!抱きしめられないじゃないの!」
「母上、私のプリムラです!」
「まぁ、大人げなくてよ。」
「母上こそ。私ので・す!」えへへ、ソルベール様、独占欲を感じて、嬉しかったです。ありがとー!
コンジェラシオン様と執事?(正式な紹介がまだなので)のラングらしき人が応接室へ入って来た。
「賑やかでいいな。女の子が1人増えただけで華やかになる。」
「おかえりなさいませ、コンジェラシオン様。」
「おかえりなさい、父上。」
「おじゃましています。」
マルスは黙礼をした。
「おじゃましています。今日は、色々とありがとうございました。」まずは今日のお礼を言って、次はソファーから立って、挨拶しなきゃ!
「今日、正式にご子息と婚約いたしましたプリムラ・ルブルム・オーキッドと申します。これからも宜しくお願い致します。」カーテーシーをする。
「では、私も。コホン、私はピーオニー公爵家当主のコンジェラシオン・マキシマ・ピーオニーと申します。私達の息子にこんなに可愛らしい婚約者を迎えられ、とても喜んでおります。これから宜しくお願いします。」コンジェラシオン様は隣にいる男性に視線を向ける。
「私はこのピーオニー公爵家の執事のラングと申します。お坊ちゃまの婚約者にこんなに可愛らしい方を迎えられ、爺は嬉しゅうございます。公爵家使用人一同よりもお祝い申し上げます。宜しくお願い致します。」私は無言でカーテーシをして、ありがとうの意を示す。コンジェラシオン様がソファーに座った。それを見て、私もソファーに座る。
「では、ラング、皆様にお茶を。」コンジェラシオン様が執事のラングさんに指示を与えた。
「かしこまりました。」やっと、お茶が飲めるなー。緊張して喉が渇いたし、飲みたかったー。
「ラングがお茶を用意しているうちに話したいことがあるんだ。」さっきのステッキとか鏡の話かな?
「宰相室で、父上には婚約式で使う色の話をしましたよね。」あー、メインカラーの話。
「あれは着眼点がいい。早伝令で、昼前には家に伝えてある。手配にももう動いている。そうだなラング。」
「はい、既に動き出しております。」さすが、宰相様、ぬかりなし。
「プリムラが一生懸命考えてくれた事を話しましたよね。それ以外にも婚約の招待客に配る手土産の事も考えていてくれていまして。」
「それを含めて相談しようと思って、今日は来てもらったのだ。プリムラ嬢に何か考えがあるのか。」
「プリムラ、さっきの品物を出してもらえないか。」
「はい、ソルベール様。」収納スペースから、コンパクトミラーとステッキの見本を出す。
「これらは?」
「プリムラ、さっきのようにもう一度、説明をお願いする。」ソルベール様の頼みなら。
「はい、こちらの小さな丸い物は、このように開けます。中に小さな鏡が2つ、開けた両面についています。片面は普通の鏡ですが、もう片面の鏡は映したものが拡大されて見えます。ドレスの小さなポケットに入る、お化粧の様子を確認出来る鏡です。閉じた時の蓋にあたる部分に彫金での細工を施したり、絵を入れたりして、一人一人の個性が出せます。私は今日、口紅を初めて塗ったので、この小さな鏡で大丈夫かどうかを何度か確認しています。」
「メイドを呼んで確認したり、大きな鏡まで行かなくても確認出来るのね。便利そう、見せて下さる?」
「こちらを婚約の記念にと、サラベルナール様にプレゼントするために持ってきました。」赤いリボンをかけた小さな包装された箱をサラベルナール様にお渡ししました。
サラベルナール様はプレゼントを開けて、中を見た。中からは、芍薬の花が咲いているように見えるデザインの、芍薬を濃ピンク色、葉は薄い黄緑色、周りの色を薄いピンク色の全体がキラキラして見えるコンパクトミラーが出てきたのだ。そのコンパクトミラーを開けて、鏡を覗き込むサラベルナール様。今にも鼻歌を歌いだしそうだ。どうやら、気に入ってもらえたように見える。「まぁ!可愛らしいわ!ありがとう。」
「その小さな鏡は、何処にも出回っていないので、衣装や小物にこだわりのあるサラベルナール様にお渡ししようと思っていました。」
「この小さな鏡も可愛いし、その心意気が良いわ!」よしっ!つかみはOK!
「サラベルナール様には、この小さな鏡の名前を付けていただきたいのです。」コンパクトミラーじゃこの世界の人には覚えにくいだろうし。
「考えておくわ!」乗り気なようで、目が爛々と輝いている。美人は何をしても美人でいいなぁ。
よしっ!次はステッキの説明だー!
「まずは、この見本を見て下さい。見本をみると分かりますが、金属の違い、彫金での模様、彫るモノの違い、宝石を嵌めたり飾ったりして、一人一人の意匠に合わせた物を作れます、男性用のお洒落の為の杖です。」説明はこんな感じかな。
「マントや服に、身につけた小物とも合わせれば、お洒落の統一感が図れます。このお洒落の為の杖をステッキと名付けました。熟練の職人にはステッキを主力に、若い職人ならさっきの小さな鏡を主力にして作れるでしょうし、若い職人の腕を上げる機会にもなると思います。若い職人が修行をしながら、その作品を売る事が出来るという利点もあります。領地の新製品として、婚約式でお披露目出来ませんでしょうか?」
「これ程考えられているとは、いやはや、特産まで知っているのか。」
「父上、プリムラのこれからは、私達が支えてあげられませんか。」
「これ程のご令嬢を射止めたとは…。くれぐれも大事にしろよ、ソルベール。」
「よく分かっています。」
「それで、あの、コンジェラシオン様にも婚約の記念にお渡ししたい物があるんです。芍薬の花のモチーフで出来たステッキなんです。さっき言い忘れましたが、鏡もステッキも服を着替えるように、気分に合わせて変えられますよね。1人がいくつも持っていてもおかしくないですよね。そういう特産品にゆくゆくはしたいと思っています。コンジェラシオン様、これをどうぞ。」ステッキの入った包装された細長い箱を渡した。
コンジェラシオン様に渡したステッキは、芍薬の花をモチーフにしたシルバーのステッキで、持ち手に水晶のような透き通った石(火魔法で鉱石を圧縮していったら出来た石)を使ってあります。石の周りはゴールドの飾りで装飾してあります。透き通った石を削りだした時に出来た小さな石は、サラベルナール様のコンパクトミラーに(キラキラしていて、ラインストーンみたいだし、もったいなかったので)使ってみましたー。
「因みに、コンジェラシオン様とサラベルナール様の芍薬の意匠は、ご夫婦なので同じモノにしてみました。」
私の説明を反芻しながら、コンジェラシオン様がプレゼントを開けた。ステッキを繁々と見ている。
「これはいい物をプレゼントしてくれた。ありがとう。」笑顔がソルベール様に似ていて、かっこいい。
「気に入っていただけて良かったです。見本は片付けます。」見本用のステッキと鏡はさっさとしまった。
皆、お茶を飲んでいるから、説明も終わったし、プレゼントも渡したし、私も飲もうっと。あー、美味しー。
「もう婚約したのだから、プリムラでいいかな。プリムラは、良く思いつくね。」ほほぅ、探りに来たなー、宰相様ー。
「神様がその時が来たら色々と勧めてくれるんです。その中から選びます。選ばなかったものは忘れちゃうんです。他に何かあった事だけは覚えているんですけど。」知らないでーす。神様次第でーすと、誤魔化しておく。いつもありがとう神様!近日中には神様にお供えを贈呈いたしますっ!
「そうか。では、ありがたく手土産の方はこちらで動こう。ラング、見ていたな、分からなければ私と妻の所へ。」
「はい、動きます。では、先に出来る手配を致しますので、この場を少し離れます。」ラングさんが部屋から出て行った。代わりの執事がお茶のおかわりを淹れてくれている。
「ドレスは聞いた色で作るわ。明日、ここに2人共いらっしゃい、服飾職人が明日の昼過ぎに来るわ。採寸と衣装の相談をする予定よ。あの小さな鏡の名前も考えておくわ。」
「宜しくお願いします。サラ大姉様。」
「いいわー。癒されるわー。」まずは、第一関門を突破できたかな。ふぅ。
「婚約式の色決めも良かったし、品物のセンスもあるし、可愛いし、何故うちに産まれなかったのかしら?」あれれ、そっちの考えにいっちゃいましたかー。トホホ。
「私が結婚するからですよ。兄弟に産まれたら、結婚出来ずに誰かに捕られてしまうじゃないですか。」
「そんな惚気話が聞きたいんじゃないのに。」えっ!惚気だったの!?
「あ!神様からお祝いだそうです。次に生まれるのは女の子だから産みなさい。私が保証しよう。って言ってます。」あー、暴走停止させる要因が生まれると。相変わらず、突然だなー、神様。
「私にも聞こえました。父上、母上。来廻(年)中に産まれそうだと。だから、任せると言っています。」
「私には保証しようまでしか聞こえなかったです。」ソルベール様と仲良くなったのかな。
「女の子には言わせたくない言葉だったんだろう。がっかりしない。」神様って、結構、細やかだよね。
「じゃあ、お祝いの言葉を胸に留めておこう。」コンジェラシオン様が言った。
「そんなお祝いもあるのね。ふふっ、素敵。」嬉しそうだな、サラベルナール様。
「女の子の物が沢山用意できますね、サラ大姉様。」少しは効果があるかな?
「ありがとう。姉妹でお揃い、色違いも出来るわ。」私と義妹さんでお揃いか、それぐらいなら良いや。
ああ、お兄様が宰相夫妻の仲の良さにあてられて、口から砂糖を吐き出しそうな顔をしている。マルスは平気そう。執事って凄いなー!でも、ソルベール様は妹が生まれるって聞いてもあんまり動じないなー。あ、何かを念話で宰相様に伝えている。宰相様が赤くなった。「分かっている!言われなくても…。」今度はサラベルナール様と話している。うわ美人の妖艶な微笑み!「当り前よ。他にいないわ。」
「私は今日から婚約者にベッタリします。かかりきりになります。だから、ハッキリ分かったら、きっとノワールが喜ぶと思います。」あーぁ、お兄様が固まった。友人の惚気る姿を見て、今度は固まったか。
「そうか。ノワールが、な。」
「ええ、必ず喜びます。」
「父上も母上も良い報告をお待ちしています。私は婚約者で気持ちが一杯ですし、浮かれて幸せ過ぎて、ふわふわです。しばらく夜はこちらに帰りません。もしかして、オーキッド公爵家に住み込むかもしれません。神の神託です。ここに来る前に私の部屋で神託を受けました。今日から半廻(半年)のプリムラが5歳になるまでの期間は、プリムラから夜は離れてはならないと厳命されました。明日、必要な物を取りに来ます。採寸には来ますが、オーキッド公爵家で部屋をもらえることになったので、その手配があり、こちらに来る刻(時間)は昼以降になります。臨時休暇中は神託による必須な事をするので、全く連絡がつかなくなります。」神託の件をソルベール様が言いだしてくれて助かったー。私からは言い出しにくかったし。
「ソルベール様と私に先ほどより前に神託があり、計算間違いをしていた事をご連絡されてきたのです。」
「グラジ、明日夜から3日間2人して添い寝で篭るから。オーキッド公爵家で料理を作ってもらえるか。私はプリムラが5歳になるまでは、5日に1度の睡眠で動けるようにしてもらったから、食料や飲み物が必要になる。私達、2人分だ。寝ていても、食べたり飲んだり出来ると神に聞いたので。マルスも頼む。」篭るつもりなんだ!私は眠っているだけ。でも、眠っていても成長する栄養は必要だもんね。
「マルス、寝ていても成長するのに食べ物の力が必要なの。私からもお願いします。」
「友人と、妹の頼みなら聞くよ。」「お嬢様の為に力になりましょう。」
「それでは、ピーオニー公爵家からは、食材をお持ち帰り出来るように致します。うちの坊ちゃんの分は必ず出さないといけません。特産の食べ物もあります。減った分はまた明日、入荷いたしますので、ご心配なく。」いつの間にか戻ってきていた執事のラングさんがそう提案してくれた。
何だか、あっという間に決まったので、よく解っていないのだけど、ソルベール様に任せておこう。あとはピーオニー公爵家の身内だけでのお祝いパーティーに顔を出すだけだし。お茶菓子が欲しいけど、収納スペースから出すと減っちゃうし、お祝いで何か食べれるだろうし、お茶でしばらくは我慢しよう。
「お祝いでたっぷり食事が出ますので、こちらを召し上がって、お待ちください。」出来る執事がここにも!ラングさんは、ゼリーやババロアをテーブルに並べた。ソルベール様が私にゼリーを取って、渡してくれたので、美味しくいただきました!