芽吹きー24
宰相室の扉の前で、見学で会った秘書官の方と執事のマルスが待っていた。秘書官の方は何も言わずに案内をして、宰相に何かを耳うちしてから部屋の机のイスに座った。宰相室に着いた皆の空気を読んだのか、はたまたこのメンバーで来た事で何かあったのかを察した宰相に、まずはソファーを勧められた。この前、見学した時よりもソファーが大きくなっていて、大人数で座れるようになっていた。
皆が座ったのを見て、ジェイド陛下が話し始めた。
「ヒューゲルト侯爵が暴走して、国が滅亡する寸前だった。」
「大方、養女の手続き書類を王家との婚約届に偽装したのでしょう。」
「質の悪い事に、結婚届だった。相手は大神官。」父様が忌々しそうに言った。「なっ!!」ソルベール様が思わず声を漏らしてしまったようだった。
「そこまででしたか。変わりませんね、あの家は。」
「あぁ、まったく。」
「箝口令を敷いた儂が言うのも何だが、もうプリムラに何かあっても嫌なので、アノ時の事を詳細に話そう。」
「私も概要と処罰の内容を書類上で知っているだけですが。詳細までは知りません。」宰相が言う。
「グラジオラス殿やソルベール殿は全く知らないだろう。だが、王家とフリューリンク家、もしくはフリューリンク侯爵家とヒューゲルト侯爵家には何かあるとは噂で聞いておるだろう。」爺様が言った。
「はい。イリス姉上をストック義兄上とセイクリッド殿が取り合っただとか、元々仲が悪い両家で諍いが絶えないだとかは噂で聞いていました。」「私も似たような事を聞いただけです。」お兄様とソルベール様が返答した。
そこにすかさず、ジェイド陛下が言った。「それらは事実だが、正確にはその一部なだけでしかない。王家が関わっている話なのだ。コンジェラシオン、宰相としてそなたの息子に話しても受け止められるであろうか否かを問う。」「十分な資格はもうあるかと。」
「ワトソニア、我は王としてそなたに問う、そなたの息子にも覚悟はあるのか否かを問う。」「覚悟は既にございます。ご存分に。」
「ストックよ、マンサクは話すと決めたが、そなたの娘に聞かせても良いかを問う。隣の部屋に逃すか?」
「いいえ。いつかは娘にも家にまつわる話をしなくてはならないでしょう。それが今になったのだけと答えます。」
「プリムラよ、そなたは家にまつわる重い関係性を聞く覚悟が今、出来るであろうか否かを問う。」
「スキルを持って生まれたのを知った時に、何が起こるか分からないのだと思いました。今更、家の事が増えても構わないと思っています。ですが、私が3歳なのを配慮して、婚約者の方の手を掴んで動揺を抑える事を許可していただけると有難く思いますが。」
「そうだな。そこは配慮しよう。ソルベール、プリムラを支えてやれ。」
「承りました。」ソルベール様が私の隣に移動してきて座った。そして、私の右手を握ってくれた。
「秘書官達も聞く気はあるか?」「ここにいる秘書官は私共の身内の信頼できる者がいるだけです、他に漏らしたりするものはおりません。話の後、他言無用を誓約する書類に宣誓をいたします。」
「それでは、マンサク、話を始めよ。」「陛下の仰せの通りにいたします。」
そして、フリューリンク前侯爵マンサクが話し始めた。
魔法を重視するフリューリンク侯爵家、王家や神殿を妄信的に信仰するヒューゲルト侯爵家、この2つの家はもう何十廻(年)と敵対して揉めていた。ヒューゲルト侯爵家の方が一方的にフリューリンク侯爵家が魔法しか能のない馬鹿だと役立たずだと見下し、王家には貢献していないと敵視して、それをどこ吹く風だと言いたげにフリューリンク侯爵家が退けていただけなのが真実だとしても、周りからみると、立派な争いだったのだ。かねてからその事態を重く見ていた前王メタリオと前王妃リモナにも頭が痛い問題であった。だが、偶然にも次期当主になるであろう男児が両家に生まれた。王家でも同時期に今の王であるジェイドが生まれた。これを好機と捉えた前王メタリオは、王子の友人候補しいては将来の側近候補として、2人が4歳を迎えた頃に王宮へジェイドの遊び相手として初めて招いた。
前王メタリオの狙い通りに仲良く遊ぶようになった3人。ジェイドが悪い事や非常な事をしそうになったら止めてダメなことは断固拒否する、ジェイドに対し常に正直に接して媚びへつらわない態度で支えるストック、ヒューゲルト侯爵家の王家に対する忠臣ぶりを発揮してジェイドを褒めたり、何かあると喜んだりする、肯定的なセイクリッドは、周りからの期待の重圧の中で耐えるジェイドにとっての支えとなっていた。この3人はこれで上手くいっていると思っていた前王メタリオ。その中で、ジェイドが5歳になったある日、セイクリッドが魔力暴走を起こした。その際、3人の仲睦まじい姿を見ていた前王妃リモナがジェイドとストックをとっさに庇ったのだ。前王妃リモナの傷が酷く、治療してもどうしてか中々よくならず、傷が原因の寝たきりになってしまった。後日、寝たきりで体力低下をおこしていた前王妃リモナは、流行り病にかかって、あっけなく亡くなってしまったのだった。
前王メタリオは傷を負った前王妃を心配しながらも、すぐにその事情を聴こうと、魔力暴走を起こしたセイクリッドと、前王妃に庇われて殆ど無傷なジェイドとストックを呼び出した。そこで、ヒューゲルト侯爵家の闇を見る。
「あんな家のやつに、王家の傍をうろつかせてはならないと父上、母上、伯父上、皆が言うんだ!!だから僕の魔法の方があんな家のやつより優れているのを証明できる石を、石を、父上と伯父上からもらったんだ!!」「そんなものを使うな!!」「お前なんかより僕の方が優れているから石を使いこなせるって、王様もジェイドも褒めてくれるって皆、いってたんだあーーー!!!わあああああーーー!!!」
その時の魔力のゆがみ等の後始末をしたのがフリューリンク侯爵マンサクだった。使われた石は、闇で出回る得体のしれない魔力増幅石で、魔力暴走を起こす危険な石として魔法省と軍務省共同で内密に調査していたものだったのだ。明らかになった事実から、フリューリンク侯爵家の次代であるストックを亡き者にして、その魔力暴走の罪をフリューリンク侯爵家へ擦り付け、家を潰すつもりだった事が判明した。
その際、ヒューゲルト侯爵家のセイクリッドの父である当主への更なる事情聴取が進められていた。その呆れる理由に誰一人同意を示さなかったが、悔しそうに語る姿が異様だった。
失敗して、あの忌々しい家に打撃を与えられなくて悔しかった。セイクリッドには兄と弟がいるので、他にスペアのいるセイクリッドがどうなろうと構わなかったのに失敗しやがって。王家の傍にまとわりつく邪魔な虫が掃えるのなら、あいつもヒューゲルト侯爵家の者なのだから喜んで犠牲になったはずだ。と供述した。
前王妃の事についても、王さえいれば、どんな女でも子を産めるのだから、王も王妃が使えないと分かったら、すぐに若い女でスペアをお作りになるだろう。あの女はもう何廻(年)も子を産まないし、そろそろ潮時だったのだ。わざわざ取り換える手間が省けて良かったものだ。私がした事に王は存分に喜んでくれたでしょう。少しはお役に立てたでしょう。ヒューゲルト侯爵家は王の為になら何でも出来るのだ。と。
そして、ヒューゲルト侯爵家はセイクリッド以外を流行り病により一族郎党亡くしたと発表されたが、真実としては王家の影により、ヒューゲルト侯爵一族郎党は秘密裏に処理されたのだった。
残されたセイクリッドには、おのが一族が起こした罪の事実が告げられた。その上で、王家との誓約により、魔力暴走を起こさない事、他家とは争わない事、勝手に死ねない事、職務に逆らえない事を王家と契約させたのだ。そして、罪を犯した一族から庇ってくれた王家に迷惑をかけまいと、学院に入学するまで、セイクリッドは静かに過ごしていたのだった。
その間に、フリューリンク侯爵家では神殿を任せられる神官が生まれていた。それがストックの弟だった。名は神に取り上げられた今は、名を語ることも思い出せもしないが、その弟が神託を3歳で受けたので神殿を任せられると判断され、神殿内で育てる事になった。フリューリンク侯爵家では幼い事を理由に抵抗したが、ヒューゲルト侯爵家が事実上ない現在の神殿をまとめる者がいなく、王命で無理矢理連れて行かれてしまったのだ。その神殿で育てられていたストックの弟が7歳になった時、ヒューゲルト侯爵の庶子である者に殺されてしまったのだ。神殿内にいた者は悉く自害、もしくは他殺されており、生きている者が見当たらなかった。今まではこのような事は起きなかったから任せたのに、何をしたのかと神託をして問う神に誰一人答えられる者はいなかった。悲しんだ神は、ストックの弟の名を自分の元へ戻すと宣言され、人々はその名を語ることもその名を思い出しも出来なくなった。
フリューリンク侯爵家では悲しみに耐えきれず、しばらく一族で喪に服すと前王メタリオに言いおき、登城を取り止め、一族皆が喪に服したのだった。そして、この出来事で、フリューリンク侯爵家一族は王家の王命による強制命令においそれとは従わないと決めて、内密に守られる事になった。何があってもすぐには従わないと、一族総意で決められたのだった。
セイクリッドが学園に入学して2廻(年)目の春、セイクリッドは17歳で、オーキッド公爵家ご令嬢イリスに一目惚れをした。2歳下のイリスに積極的になれず、どうしたらいいか分からないセイクリッドが、前王メタリオに自分の初恋を相談した結果、フリューリンク侯爵家とオーキッド公爵家に王家からの書簡が届いた。
身内を亡くしたヒューゲルト侯爵になる予定のセイクリッドを支えるために、ストックとイリスの婚約を破棄し、イリスはセイクリッドと、ストックは選り取り見取りの中から新たに選んで、それぞれ婚約して結婚すればいい。王家からの書簡にはそう書いてあった。そんなふざけたのか馬鹿にしたのか分からない内容の書簡を守る必要はない。王命でもないと一蹴し、フリューリンク侯爵家一族は知らない振りをする事にした。当然のようにストックは翌廻(年)イリスと早々に結婚。すぐにエリシマムが生まれた。
オーキッド公爵家では、ヒューゲルト前侯爵の起こした事件でイリスとストックが知り合い、婚約し、交流しながら、後は結婚だけを楽しみに待っていた中の、王家からの書簡に驚き、だが王命でもないのだと気持ちを切り替えて、イリスの意思確認をした。イリスはストック様と結婚出来ないのなら、修道院へ入る覚悟をしております。と語ったので、フリューリンク侯爵家と内密に話し合い、表面上は交流が途絶えたように装って、密かに結婚式の準備をして、結婚へと進めたのだった。
セイクリッドは、王家からの書簡でイリスとストックの交流が途絶えた事を知り、すぐさま何度もオーキッド公爵家へ婚約打診の書簡を送ったが、娘が乗り気ではないと躱し続けられた。翌廻(年)結婚したストックに憎悪を滾らせるが、王家との誓約により手出しできず、失意の日々を送った。その失意の日々を送っていたセイクリッドを支えてくれたご令嬢と幸せな結婚をしたが、そのご令嬢も2人目を産んだ時に産後の肥立ちが悪く、儚く亡くなってしまったのだ。
「そんな話だったのだよ。軽々しく話せるものじゃなかろうて、王家の醜聞まで入っておるからの。」マンサクはそう言うとこれで話はお終いだと、目を瞑り、口を閉じた。
私はマンサク爺様の話を聞いて思った。王家には1度ならず、2度も煮え湯を飲まされているフリューリンク侯爵家、ヒューゲルト侯爵家とは因縁の相手としか言えない仲の悪さ。だから、王命でも娘を王家にはやらないと平然と言うのか。フリューリンクと聞いたヒューゲルト侯爵の今までとっていた冷ややかな態度と、父様と爺様の凍った態度の理由が分かったな、と。その上、さっき、セイクリッド様が神に逆らってまで王家に私を娶らそうとした事に思いっきり腹が立つ、国の存亡をかけてまでする事じゃない!!って。
「壮絶な話で。」ソルベール様が言う。
「父である前王メタリオの失態で、王家は個人的に信用されていないんだ、フリューリンク家に。」陛下が言う。
「二の句が告げません。」執事のマルスがぽつりと言う。
「概要を知っていても、そこまで知りませんでした。」宰相が言う。
「婚約破棄の書簡を見た時は、目眩がした。」ワトソニアお父様が言う。
「姉上と義兄上にも色々あったのですね。」グラジオラスお兄様が言う。
書記官達はしょっぱいモノを食べたような何とも言えない顔をしている。だが、空気を読んで、無言を通している。
「プリムラちゃんはどう思った?」陛下が少しふざけたように言う。
「何があっても王家には嫁ぎたくないですね。イリス母様が言うことに同意します。ソルベール様と一緒になれなかったら、修道院へ入りますし、ソルベール様と離れるようなことが起きたら、一生、再婚をしないで修道院へ入る覚悟もあります。」
「あー、親子だねぇ。啖呵の切り方が同じだ。」陛下は怒ってはいないようだが、相変わらず食えない掴めない人だ。
「それに、好きでもなく嫌っている人との結婚なんて、絶対嫌です!」うんうん頷いて同意しているストック父様。
「宰相権限で陛下は一切、聞かなかったことにしよう、プリムラ嬢の本音を言ってもいいよ、許可しよう。」コンジェラシオン様が私の苛立ちを残さない様に言ってくれたみたいだ。
「暴言お子ちゃま成長なしの王弟なんて、死んでも嫌っ!!!」ぜーったい嫌だーー!!!
「ほほぅ、さすが。では他には?」宰相様に促される。「よく見てるね。偉い偉い。」ソルベール様にも頭を撫でてもらえた。
「んー、会ったこともない知らない王子も本当は凄く嫌っ!!」恋愛結婚したいの!!
「会った事もないなら、そうだよね。もっと言っていいんだよ。」宰相様ならいいかと続ける。
「オレンジ色金髪は、姉様と気が合いそうだし乱暴そうなのを隠してそうだったし、白メッシュ入り金髪は、ジェイド様と同じで抜け目なくて油断できない食えない感じに育ちそうだったから、ぜーったい嫌っ!!!」あーー!すっきり!!もう一つあった!
「王子にはいつ会ったのかな?」宰相様に聞かれた。
「1歳のお披露目パーティーで、無理を言って押しかけてきた陛下のお供だったの。」
「そうなんですか。1歳で。ヒューゲルト侯爵には、何かありますか?」
「拗らせ過ぎ、夢を見過ぎ、いい歳になっても何をしているの?って思う。現実を見たり真実に気付いたら、後でベッドの上で転げまわりたくなるほど恥ずかしいとは思わないのかなー?あんなに大人なのに!私はあんな父様やお父様、爺様でなくて本当に良かったー!!!ふぅ。」これでいいか、すっきり!!
「プリムラ嬢、手続き書類を調えますから、隣の控えの間にソルベールと、行っていてもらえますか。お祝いの雰囲気に戻すために。」宰相様が笑顔で言った。
「今日はティーセットもご用意してありますので、ごゆっくりどうぞ。」秘書官さんも言った。
「あぁ、少なくとも1刻(時間)は、のんびりしたらいい。」そうだよね、婚約手続きに来たのに、散々だったわ。仕切り直しは助かるなー。
「父上、皆様、失礼します。」「では、後で宜しくお願いします。」そう言って、2人して隣の控えの間に入った。
「では、大人は大人だけで出来る話をしましょうか。」宰相室では、宰相が残った大人達に向けて、そう発言した。